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<水無瀬葉月>

「葉月のおねだりは張り合いがねえ」

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「欲しいものがあるんです。おねだりしてもいいでしょうか」

「んな!!?」

 遼平さんが大声を出し肩を跳ねさせる。
 車がキキーッと急ブレーキを掛けて路肩に止まった。

「何をだ!? なんでも言ってみろ! なんでも買ってやる! なんでも言え!」
 思いっきり肩を押され、ガラス窓に頭を打ち付けてしまった。

「一つじゃありません。たくさんあります」
 打ち付けた頭を摩りながら俯いて言う。

「おう! なんでも買ってやるから言ってみろ。服でも靴でも宝石でも、いっそのこと庭付き一戸建てでもいいぞ!! すげえローンになりそうだけど頑張るから!」

 庭付き一戸建て!!??
 遼平さん、いくら出世しなきゃならないからってそこまで頑張らなくても……。
 使い捨ての駒にまで大金をはたいてたら出世はできても破産するよ。

 遼平さんってホントに優しくて真面目な人だなぁ。
 きっと、これまでの人生も損ばかりだったろうな。僕と同じだ。
 しかも、遼平さんは僕よりだいぶ年上だ。僕よりずっとずっと長い間苦労してるんだ。

 お疲れ様です。

 僕より高い位置にある頭を撫でる。
 遼平さんが何度も僕にそうしてくれたように。

 わ、髪、硬いな。僕の髪と全然違う。

 遼平さんがクク、と肩を揺らして笑った。

「二十年ぶりぐらいに撫でられたな。もう一回撫でてくれ」
「うん」

「葉月の行動は予測不能だ。突飛すぎて次が全くわかんねえ」
 そうかな?
「で? 欲しいものって何だ? 早く教えてくれ」

 うん。
 きっと目に力を入れて遼平さんを睨みながら言う。

「まず一つは、磁石です」
「磁石」
「それから、チェックした場所が消えるペンと下敷き。
 それからそれから、ビー玉の詰め合わせも欲しいです!
 ジグソーパズルとトランプも!」

 遼平さんが自分の足に腕を付いて項垂れてしまった……。

「お、多すぎたかな? じゃあ一つ減らすよ。チェックした場所が消えるペンと下敷きを諦める」

 消えるペンは教科書の単語などを暗記する時に使う便利アイテムだ。僕は学校を卒業しているから二度とテストも無いし、教科書に向かって暗記することも無い。ただ、クラスメイトが使ってるのを偶然見かけて、完全に消えるのが不思議で一度使ってみたかったんだ。

 実用する機会もないのにやってみたいから欲しいだなんて贅沢すぎるな。諦めよう。

 ところで、あれって正式名称は何て言うんだろうね?

「違うよ!! もっと、こう、あるだろ!? そういう駄菓子屋で買えそうな消耗品じゃなくて……、あ、そうだ、携帯なんかどうだ? そろそろ欲しくないか? 月料金も払ってやるぞ」
「いらないです」

「お前が持っててくれたらいつでも連絡が取れて便利なんだが」
「いらないよ」

 携帯を持つなんて怖い。
 変な操作で海外に掛けて数十万の請求が来たりしたら取り返しが付かない。

「えーと……じゃあ、テレビはどうだ? ゲームも一緒に買うから」
 首を振る。

「パソコンは? タブレットは? カメラはどうだ? 一眼レフカメラ!」
 首を振る。

「葉月のおねだりは張り合いがねえ……」
 ハンドルに項垂れてしまう。
 欲しいものを6個もお願いしたのに張り合いが無いってどういうことだろうか。

「せめてビー玉は一番綺麗なのを買おうな。んで、パズルは5000ピースぐらいあるでっかいのにしよう」
「えええ!? そんな大きいのは無理だよ。小さいので十分」
「俺も一緒にやるからいいだろ? 俺もパズルへたくそだけどさ」
 一緒に?
「う、うん、それなら、大きいのがいいな、楽しみだよ」

 誰かと一緒にパズルができるなんて夢みたいだ。
 路肩に止まっていた車が走り出す。

「遼平さん」
「ん?」
「ありがとう」

 運転をする横顔にお礼を言う。遼平さんはちらっと僕を横目で見て顔を緩ませた。

「ゲームでもするか。『好き』って10回言ってみろ」

 あ。このゲーム知ってる。
 『ピザ』って10回言った後、ヒジを指して、『ここは何?』と質問されるゲームと一緒だ。
 小学校の頃にレクレーションでやったことがある。

「好き、好き、好き、好き」

 どんな質問が来るのかな? 
 僕は、遼平さんだけじゃなく、二本松さんにも静さんにも生まれたての心配なヒヨコ扱いされている。
 こんなクイズぐらい見事に正解して名誉を挽回しよう。

「好き、好き!」

 よし、10回言ったぞ。
 さぁ、何でも来い!

 …………?
 …………あれ??

 身構えたのにいつまで待っても続きが来ない。にやにやしてるだけだ。

「遼平さん? 質問は?」
「無い。葉月に好きって言わせたかっただけ」

 えっ。

 脳内のブレーカーが落ちた。
 そして、再起動。

 からかわれたのだという事実にようやく思い当って、じわじわと悔しくなってきた。
 後頭部からも髪を引っ張り、熱く火照る耳を隠す。
 よし。仕返しをしよう。

「じゃあ、り、り、りょうへいさ、ん、も、す、すすす、好き、って、10回、言ってください」

 力が入り過ぎた。

 しょうがない。僕は遼平さんが大好きなんだ。

 でも、遼平さんにはその気持ちは隠しておかなきゃいけない。

 男同士だから遼平さんだって気持ち悪いだろうし……何よりも、血が汚れた僕が人を好きになっていいはずもないんだから。

 今日一日だけは悔いの無いように全力で甘えるって誓ったから言えたけど、いつもの僕だったらこんなお願いは絶対にできなかったな。

「葉月、好きだ」

 う。

「葉月が好きだ、葉月が大好きだ、葉月を――」

「もういいです!!! ちょっと、心臓に、わる、心不全、しぬ」

 心臓がドキドキどころかバグバグ鳴ってるよ、苦しい苦しい。

「まだ三回しか言ってないのに」
「三回も言われたら死ぬよ!!」

 生まれてこのかた人と触れ合ったことさえ無かった。
 体に触ってくれたのも撫でてくれたのも手を繋いでくれたのも遼平さんだけだ。
 そんな人間が一気に三回も好きって言われたら心臓発作で死んでもおかしくない。

「!」

 太くしっかりした指の関節が頬をたどる。

「触っただけじゃ心不全にならなくなったから、好きって言われるのもそのうち慣れるな」
「そうかなあ」

 グー、と、遼平さんのお腹が鳴った。

「やべえ、腹減って死ぬ。さきに飯食うか」
「え!? お昼にバイキング行くのに朝ごはん食べるなんて駄目だよ、食べれなくなるよ!」
「そうか?」

 そうだよ。あ、そうだ。

「僕のマシュマロをあげるからこれで我慢してください」

 おやつに買ったマシュマロを取り出す。中にチョコレートが入った高級マシュマロだ。10円なのにすごく美味しいんだ。

「食わせてくれ」
 あーん、と口を開けた。

「えと……、ご自分でどうぞ」

「運転中だから無理」

 さっき片手で運転してたのに。

「僕が触ったのを口に入れるなんて、僕の毒素で喉が爛れ胃が焼けて腸が溶けるよ」

 遼平さんがまた横目に僕を見る。今度はイラっとした顔で。
 シートベルトをしてたのに体が傾くぐらいの力で腕を引っ張られた。

「やっ……」

 りょ、遼平さんの舌が、ゆゆゆゆ指先に、あ、熱い……、ぬるってする……!

「遼平さん……!」

 どうしてだか背中がゾクゾク痺れた。

 僕の指を押しつぶすみたいにゆっくりと奥歯に力が入っていく。
 びゃ。
 喉の奥から変な悲鳴を出して遼平さんから離れた。

「葉月は甘いな。砂糖菓子みたいだ」

 甘い?

「僕を食べたいなら食べていいよ」

「え!? いいのか!?」

 遼平さんがものすごく喜んだ。

「うん。太ももの内側がいいかな? 柔らかそうだから」

 沈黙。

「違う……!! そうじゃねえ! 食人的な意味で食べたいわけじゃねーよ!! 葉月の体を切り取るなんて絶対嫌だ。怖い想像させないでくれ」
 どん、と、ハンドルを叩く。

「うん……?」

 食人的な意味じゃないなら何だろう?
 聞き返す前に、さっきよりも大きな音で遼平さんのお腹が鳴った。

「大声出したらますます腹減った……眩暈もしてきた……。葉月、頼む」

 眩暈!? 大変だ。事故で遼平さんが死ぬという心配が現実になってしまう。
 慌ててマシュマロの封を切り口元に持って行く。

 マシュマロは一瞬で食べつくされ、続いて口にいれた三角のイチゴのあめはバリバリと噛み砕かれてしまった。

 遼平さんって、意外と猛獣なのかもしれない。

 ちゃんとご飯をあげないと指の一本ぐらい簡単に食いちぎられそうだ。

「俺が買ったおやつも開けてくれよ」
「うん。どっちがいい?」
「甘いものの次は塩気だな」
「了解しました」

 遼平さんが買ったのはトンガリコーンとポッキーだ。

 トンガリコーンの厚紙の包装を開く。
 中身は更に銀色のビニール袋に包まれていた。
 それも開いて三角形のお菓子を取り出した。

「はい、どうぞ」
 遼平さんの口元に持っていく。
「違うぞ、葉月」

 違う? 何が?

「そのお菓子の正式な食べ方は指にはめることだ」
「ゆびにはめる?」

 どういう意味だろう?
 丁度信号で止まって、遼平さんが「こう」と僕の指にはめてくれた。

「おおおおお!?」
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