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<水無瀬葉月>

喜んで欲しいなんて傲慢だ

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「い、いまの、ど、どして、」

「葉月君が無警戒に乗ってくるからだよ。今のでわかっただろ? 車は密室だし走り出したら逃げ場も無くなるんだから今後は肝に命じて置くこと。世の中には悪い大人もいるんだ。遼平とオレと二本松以外の車に乗っちゃ駄目だぞ」

「わかりました、二度と乗りません、静さんの車にも乗りません……!!」
「あらら、警戒されちゃった」

「するに決まってます! 怖かったです! あのまま首をへし折られて殺されるんじゃないかって……!」
「え、そっち? そっちなの?」

 そっち? 他にどっちがあるのかな?
 困ってると静さんが続けてくれた。

「貞操の危機が先でしょ」
「低層? 低層の危機って何ですか? 低層住宅? 二階建て住宅の危機?」

 不動産価格の暴落ぐらいしか思いつかない。が、今の状況にまるで当てはまらなくて混乱してしまう。

「……。葉月君、十八だったよね? サバ読んでない? 本当は十二歳ぐらいじゃない?」

「よ、読んでませんけど……」

 静さんがハーっと大きな溜息を吐く。

「いろいろと心配な子だな。何かあったら絶対遼平に相談しなさいよ。オレでも二本松でもいいからさ。遠慮せずに」
「はい……?」

 エンジンがかかり、ようやく車が動き出した。

 は、しまった、リックをきつく抱き締めてしまった。プレゼントの袋、ぐしゃぐしゃになってないかな?
 慌てて確認する。よかった、平気そうだ。

 その後は何事も無く家まで送ってもらった。

 今日は遼平さんが帰ってくるまで待って一緒に晩ご飯を食べようっと!


 ご飯と明日のお弁当の下ごしらえを済ませ、お風呂に入る。
 充分に暖まってお風呂から上がる頃、こちらに近づいてくる車の音が聞こえた。

 遼平さんの車の音だ!

 部屋を出てそっと階段を下りる。
 見慣れた車がバックで駐車場に入るところだった。

 すぐに遼平さんが車から降りてきた。

「お帰りなさい、遼平さん」
「ただいま。今日はホコホコ葉月だな。風呂から上がったばかりなのか?」
「うん!」

 差し出された遼平さんの手を握り、手を繋いで階段をあがる。静さんの体温は怖かったけど遼平さんは安心するなぁ。

 プレゼントはいつ渡そうかな。
 今すぐ渡しちゃおうかな。
 それともご飯の後がいいかな。
 喜んでくれるかな?
 遼平さんの好みじゃなかったらどうしよう。
 今つけているネクタイは細い斜めストライプの入った紺色だ。
 僕が買ったの、地味すぎるかな。

 …………。

 喜ぶのを期待するのはやめておこう。
 僕が自分の趣味で選んで勝手にプレゼントするものに、喜んで欲しいなんて傲慢だ。

 受け取って貰えるだけでも充分に嬉しい。
 付き返されたら静さんに押しつけよう。今日の殺人未遂の仕返しだ。

 遼平さんがタオルと着替えを手にお風呂に入る。

 今のうちにご飯の準備をしないと。
 今日の晩御飯は手羽先とゆで卵を甘辛く煮たのと、酢の物、胡麻和え。そして遼平さんの好きなお味噌汁。

「腹減ったー、今日も良い匂いだなぁ。あれ、一緒に食ってくれるのか。珍しいな」
「今日は、僕も、帰ってくるのが遅かったから」

「仕事が長引いたのか? まさか、誰かと遊びに行ったんじゃ」

「静さんと二本松さんに何も聞いて無い?」

「聞いて無いぞ。そういえば、二本松の奴、会議中に電話で抜けたんだったな。あの電話は葉月だったのか? 静も途中で消えやがったし……」
「えと、その話は、ご飯の後で。冷める前にお召し上がりください」

「いただきます! けど、心配になるからちゃんと話してくれよ」
「うん」

 静さんに心配され、遼平さんにも心配され……、皆からしたら、僕は、歩くことさえ覚束ないヒヨコみたいな存在なんだろうな。
 社会人なのに情け無い限りだよ。皆が安心できる様にしゃんとしないと。

 遼平さんは難しい顔をしながらも、いつも通りに真っ先に味噌汁を呑んだのだった。
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