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<水無瀬葉月>

二人目の友達!

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 ぼーっとしてたらいつの間にかお昼を過ぎてた!

 大変だ。料理に取りかからねば。

 小走りにアイランドキッチンに入り冷蔵庫から食材を取り出して並べていく。

 静さんが持ってきてくれた野菜はどれも新鮮で美味しい。
 こんなに美味しい野菜を箱一杯も送ってくれるなんて太っ腹なご両親だ。

 息子さんが野菜を食べて無いんじゃないかと心配しているのかもしれない。
 今日は静さんにも一杯食べてもらえるように頑張らないと。

 リクエストされた料理が『ミートボール』『卵焼き』『ちくわを揚げたの(カレー味)』『ハンバーグ』『ナポリタン』と、野菜メインの料理が無いのが困りものだけど……。

 同時進行で煮物、ミートボール、ポテトサラダを作っていく。
 広い台所だと料理も捗って楽しいな。それに、ここ、男の人の部屋とは思えないぐらいにキッチン家電が充実してる。

 ミルサー、ホームベーカリー、フードプロセッサー。ジューサーまである。

 遼平さんの話では、「テレビの通販で衝動買いした。料理が手軽に出来るような気がして買ったが、実際使うと面倒くさくて数回しか使ってない。しかも出来上がった料理が不味かった」らしい。

 ホームベーカリーに至っては一回も使ってないとのこと。

 ところで、二本松さんの話なのに、自分の事のように話すのはなぜかな? 仲良しだからかな?

 家電も、いろんな種類のお皿も遠慮なく使わせて貰い料理を盛り付けて行く。

 あ、丁度七時だ。そろそろ遼平さんが帰ってくる!

 皆の口に合えばいいなぁ。

 料理を並べ、テーブルの上に三人分の食器を準備していると、突然、昔の家の光景がフラッシュバックした。

 透明な写真でも重ねるみたいに三人分の食器と四人分の食器が重なる。


 お父さんと、お母さんと、弟と、兄の食器だ。



 食器を並べるのは僕。だけど、僕の席は無い。
 僕はいつも全員が食べ終わってから台所の片隅で皆の食べ残しを食べていたから。

 巨大な口が四つ、目の前に現れた。
 全部が僕の頭ぐらい簡単に食いちぎりそうなぐらいに大きい。

 息を止めて、一歩下がる。


 これは幻覚だ。
 怖くない。落ち着け。

 指が震える。落としたら床を傷つけてしまうので、手にしていたナイフをテーブルに乗せた。

 昔から僕は何度と無く幻覚を見てきた。
 僕の妄想だった幼稚園の頃の友達も、遼平さんの姿が見えなくなるのも、幻覚の一つだ、

 この大きな口は、僕が生まれて初めて見た幻覚だった。
 幻覚だと気が付くまでに何年も時間がかかってしまった。

 家族の怒りが形になっているとばかり思い込んでいたから。
 口しかないのに、本物の家族なのだと信じて疑ってすらなかった。

 唇を噛んで目を閉じる。
 目を閉じても幻覚は消えない。

 続いて耳元で鳴り響くのだ。

 お父さんの罵声と、お母さんの金切り声、兄弟からの罵倒が。鼓膜が破れるぐらいに大声で。
 体を硬くして、言葉を待った。



『汚い血が流れている子供を』『あんたは家族じゃない』『気持ち悪い』『触るんじゃねえ』『きったねえ』




 ……あれ?

 幻聴が遠い。
 いつもはもっともっとうるさいのに。

 ……ひょっとして、家を出て一ヶ月程度しか経ってないのに、皆の声を忘れかけているのかな?
 ……ひょっとして、いつかは全部忘れられるのかな。

 震える指を強く握りこんだ。


 僕は――忘れていいのかな?

 ふらりとよろけ近くにあったソファに倒れ込む。
 座らせていたぴょん太が僕の顔の上に倒れてきた。

 フカフカ、もふもふ。本物のウサギと同じ手触りのヌイグルミだ。

 そっと抱き締める。

 あれ? 背中の中にスイッチみたいな手触りがあるぞ。気が付かなかった。なんだろう?
 フカフカの毛並みの上からカチリとスイッチを押す。

『こんにちは、君の名前を教えて!?』

 僕の腕の中でゆらゆら揺れながらぴょん太が喋った!!

「ぴょん太、喋れたの……?」

『君の名前を教えて?』

「ぼ、僕の名前は、葉月。水無瀬葉月だよ」

『はづきくん。ボクの名前を教えて?』

「君の名前はぴょん太」

『ボクの名前はぴょん太。よろしくね、葉月くん。ボクの名前はぴょん太だよ』

 おおおおお!?

「ぴょん太って、おしゃべりヌイグルミだったんだね……!! 知らなかったよ、よろしくね、ぴょん太!」
『ぴょん太は葉月くんと友達になりたいな』

 ぴ、ぴ、ぴ、ぴょん太……!!!


 キンコーン。

 やわらかいチャイム音が室内に鳴った。
 僕がドアを開く前にガチャリとドアが開き、

「ただいまー葉月」

 遼平さんの声がした!

 ぴょん太を抱っこして、ダッシュで玄関まで駆け抜ける。

「おかえりなさい!! 二本松さん、ぴょん太っておしゃべりするヌイグルミだったんですね……! ありがとうございます! 僕の二人目の友達です……! 絶対、絶対大事にします!!」

 二本松さんにぶつからんばかりに詰め寄り90度近く頭を下げた。

「ふ、二人目の友達?」

 遼平さんが繰り返した。

「うん! ぴょん太、僕達、友達だよね?」
『うん。ぴょん太は葉月くんとお友達になりたいな』

「ね、ね!? 僕と友達になりたいって言ってくれたんだ。僕の友達第一号は遼平さん、二号はぴょん太だよ! 嬉しいなぁ……」

「ちょっと待ってください」

 二本松さんが眉間に皺を作った。

「葉月君とはほんの少ししか会話をしていませんが、私は貴方と友人のつもりでいました。そのぴょん太はお近づきの印です。葉月君の友人第二号は私です」
「オレも葉月君の友達のつもりだったよ。なんたって名前で呼び合う仲だし? これって仲良しってことだろ? オレが友人第三号ね。ぴょん太は四号ってことでヨロシク」

「え、ぅ」

 に、二本松さんと静さんが僕の友人だなんて、そ、そんな。

「友人一号がイタリアンマフィアで二号がヌイグルミなんて悲しいよ。オレや二本松みたいな普通の人間も入れてくれないと」

「誰がイタリアンマフィアだ」
「じゃ、チャイニーズマフィア?」
「マフィアじゃねー!! 俺の面だと本気で誤解されるんだから冗談でも言うな」

「ぴょん太と名前を付けたんですね」
 言い合いをする遼平さんと静さんを背に隠し、二本松さんが一歩前に出た。
 ぴょん太の頭を撫でてくれる。

「はい。ウサギだから」
「可愛い名前ですね。よろしくぴょん太、私の名前は二本松です」
『よろしく、二本松君』

「お、すげえ。他の人間の声も聞き分けられるのか? オレの名前は静デスヨー」



『黙れ下等生物が』



 僕等の言葉には可愛く左右に揺れて答えていたぴょん太が、凍りつく海よりも冷たい声でそう言い放った。
 咄嗟にぴょん太を手放してソファの影に逃げ込んでしまった。

 ぴょん太が、ぴょん太があんなことを言うなんて。

「貴方の声を聞いたら罵倒モードに変更するように初期設定をしておきました」
「まっちゃんったら酷すぎない!?」
「余計なことすんな! 葉月が怖がってるだろうが!」

 物陰に隠れてびくびくする僕を遼平さんが引っ張り起こした。

「判りました。この設定は消去しておきますので」
 チ、と舌打ちしつつも設定を変更したようで、『シズカ君の設定を削除します』とぴょん太が呟いた。

 ぴょん太の表情も残念そうに見えるのは僕の気のせいだろうか。

「急に留守番をさせて申し訳ございません。不便はありませんでしたか?」

「は、はい、不便どころか、道具が色々で助かりました」
「それはよかった。ここにある道具は、料理なんか作れもしないのに通販の売り文句に騙されて買った物ばかりでして……。それも、一回で懲りればいいのに、アホ丸出しで二度、三度と同じことを繰り返しヨーグルトメーカーまであるんですよ。笑ってしまいますよね」

 よどみなく言葉を発する二本松さんの横で、遼平さんがイラッとした顔をしてる。
 どうしたのかな? いや、それどころじゃない……!

「ヨーグルトメーカー!? 牛乳だけでヨーグルトが出来ると噂の……!?」

 実物見たことないぞ。ちゃんとヨーグルトができるのかな? どんなのが出来るんだろう。
 この間、遼平さんが買ってくれたヨーグルトはめちゃくちゃ美味しかった。あんなのが出来るのかな!?

「やってみますか?」
「い、いいんですか!?」

 嬉しい。やってみたい……!

「二本松さんのお部屋って宝箱みたいですね。こんな場所で料理をさせてくれてありがとうございます。楽しかったです」

「それは良かった」

 二本松さんがにっこりと笑顔になった。

「やっぱり葉月君の卵焼きは超美味いねぇ」
「絶品だ。一人三切れだぞ」
「えええ? リクエストしたのはオレなのに。遼平はいつでも食えるんだから遠慮しろよ!」

 あ。
 遼平さんと静さんがつまみ食いしてる……。

「あなた達は小学生ですか? 行儀の悪い」
「こんな美味そうな飯を前に我慢できなかったんだもん」

 せっかく笑顔になってたのに、また、二本松さんが顔を顰めてしまった。こめかみに血管を浮かせ静さんを締め上げる。
 は、早くご飯の準備をしなくては。

「食器が3セットしか出て無いぞ。まだ途中だったのか?」

 遼平さんが食器棚から茶碗とお椀を取り出す。

「3セット出てるよ? 他に誰か来るの?」

 料理多めに作っておいて良かった。あと一人ぐらいなら増えても余裕がある。

「俺とお前と二本松と静で4セット必要だろ」

 え?

「ぼ、僕はいいよ。まだ準備もあるし」

「どうして。お前も一緒じゃないと寂しいよ。準備ぐらい俺も手伝うから一緒に食おう」

 ごく当たり前みたいに、テーブルの上に僕の席が出来る。


「あ、ありがとう……!!」


「どうした。顔真っ赤だぞ? どこに照れる要素があったんだよ」

 いっぱいあるよ。
 大勢で食べる場所で僕の席ができるなんて生まれて初めてなんだ!
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