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<水無瀬葉月>

手作りのお弁当

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 僕は震えるぐらいの全力で腕を突っ張ってるのに、引き寄る遼平さんはティッシュの箱を持っている程度の涼しい顔なのが悔しい……!!

「チッ。キス待ちだと思ったのに」
「ち、違うよおお!」

 キスしないって話をしてたのにキス待ちをするわけない!
 でも誤解される行動をしたのは僕で、遼平さんに申し訳ないやら恥ずかしいやらでまた目がグルグルしてしまう。

 話題を変えなくては。

 ご飯、そう、朝ご飯食べなきゃ。

「ご飯が冷めちゃうから、早く食べよう」
「飯!?」

 あ。単なる誤魔化しのつもりだったけど予想以上にご飯に食いついたぞ。

 僕が先にお風呂場を出る。後ろからゴン!と鈍い音がした。またも遼平さんが額をドアにぶつけていた。

「っだ……、久々に頭ぶつけた……。ちょっとぶつけただけなのにすげえ痛いのはなんでだ?」

 頭を打ったのが本日三回目だからです。

「うっわ、朝飯も豪華だな……!」
 ご飯を並べたちゃぶ台に嬉しそうに声を弾ませてくれた。

「遼平さんが食費を一杯くれたからだよ。足りなかったら言ってね。昨日のマカロニサラダが少し残ってるから」
「それも食いたいです」
「了解です」

 メニューはハムエッグに小松菜のしらすあえ、ごぼうのサラダとお味噌汁。遼平さんは体が大きいからウインナー多めのアスパラ炒めも準備して、ついでに市場で買ったお漬物と納豆も添える。

「いただきます……!!」

 遼平さんはどうやら味噌汁が好きらしい。
 初めて作ったお味噌汁は豆腐、そして、昨日の晩御飯はジャガイモ、今日はなめこだ。
 全部違う具なのに、絶対一番最初に口を付ける。

「お前の味噌汁ってほんと美味いな……」
 そして、ほっとしたような表情で褒めてくれる。

 僕の料理はそこまで美味しい料理じゃない。
 両親からも兄弟からも褒められた事なんてないぐらいだ。

 美味しそうに食べてくれるのもいっぱい褒めてくれるのは遼平さんだけだ。

 一緒にご飯を食べるのが凄く楽しい。またここに泊まって欲しいな。

 いつでもいい。本当は今日がいいけど、そんな贅沢は言わないから、一週間後でも、一ヵ月後でもいいからまた泊まって欲しい。
 でも、さすがに、それは言い出せなかった。

 食事が終わると部屋を出る準備に取り掛かる。

「あのね、これ、作ったんだ。よかったら食べて欲しいな……」

 遼平さんに二段重ねのお弁当を差し出した。

 実は前から気になってたんだ。

 遼平さんが買って行くお弁当は毎朝『唐揚げ弁当』と『お握りセット』だ。
 この二つにはご飯とお肉しか入ってない。あとはつけ合わせのたくわんとお握りの中に入ってる梅干がせいぜいだ。

 いくらなんでも栄養が偏ってしまうよ。

 バランスのいいお昼ご飯を食べて欲しくて、前からお弁当箱を準備しておいたのだ。

 準備したのはいいけど、余計なお世話だと鬱陶しく思われるのが怖くて作る勇気が出なかった。

 今日ぐらいはいいよね。

「ご飯はお握りにしてるから」

「………………」

 遼平さんが硬直してしまった。
 しまった。やっぱり迷惑だったかな。

「あ、その、無理にとは」

 おたおたしつつお弁当を持ったまま回れ右をする。
 『ホコホコ弁当』は食べ物の持込が禁止だから僕はお弁当を持っていけない。

 これは冷蔵庫にしまって晩御飯にしよう。

 一歩を踏み出す寸前で、後ろから周ってきた腕に引き寄せられた。

「わ、あ、や、」
 せ、背中に遼平さんの体が……!!

「ありがとう」

 パニックに陥りそうになる僕とは正反対に、落ち着いた声が頭上から降ってきた。

 冷静なんじゃない。
 一人も友達が居なかった僕でさえ理解できるぐらいに、『嬉しい』って気持ちがたくさん溶かし込まれた声だった。

「すっげー嬉しいよ。米粒一つ残さず食う」

 ぎし、って、緊張した体の筋肉が軋む。
 それでもなんとか腕を上げ、遼平さんの掌に触れた。

 遼平さんの嬉しいって気持ちが僕にまで流れ込んでくる。
 唇が勝手に釣りあがり、笑いそうになってしまった。
 人って、幸せで溜まらない時って声を上げて笑いそうになるんだ。
 十八年間も生きていたのに、今日、生まれて初めて知ったよ。
 こんなに喜んでもらえるなんてお弁当を作ってよかった……!

 遼平さんに車で送って貰っていつもどおりの時間にホコホコ弁当に到着する。

「お、お早うございます……!」
 すでに出勤している奥さんに挨拶をしながら、エプロンと三角頭巾を付ける。
 奥さんは振り向きもしてくれない。挨拶に返事が貰えないのはいつものことだ。

「早く唐揚げを仕込んで」
「はい」

 トレイに入ったお肉を受け取る。

「あら……!? あんた水無瀬君?」
「え?」
「あらま……、どうしたのその格好」
「あ、う、その」

 奥さんに凝視された。

 居心地の悪さに視線を逸らして、眼鏡を押し上げる動作をしてしまう。
 そうだ、僕、眼鏡を掛けてないんだ!

 ずっと遼平さんと一緒だったから忘れてたよ。
 恥ずかしくて一気に顔が真っ赤になった。

「いいじゃない! そういう格好ができるなら最初からしておきなさいよ!」
 バンって思いっきり背中を叩かれてびっくりしてしまう。

「え? あ、は、はい……」

 しどろもどろに挨拶し、いつも通りに揚げ物を揚げ、最近任せてもらえるようになった丼の出汁作りに取り掛かる。

 『ホコホコ弁当』、開店だ。

「あら、あなたひょっとして葉月君!? どうしたの綺麗になって! 見違えたわよ」
「、あ、」

 常連の女の人に突っ込まれて、思わず一歩下がってしまう。

「ウチの従業員をからかっちゃ嫌ですよ! その子は大人しい子なんですから」

 いつもはお客さんが帰った後に舌打ちするだけの奥さんがフォローをくれた。

「ごめんなさいね。水無瀬君がアイドルの子みたいにカッコ良くなったから驚いちゃって。また明日ね」
「あ、ありがとうございます……」

「おお、キレーな嬢ちゃんが入ったんだな。こりゃあ、ここに通う楽しみができたぜ」

 次に来た、いかにも肉体労働系の体の大きなおじさんが僕に言って、驚きに一瞬言葉を忘れた。必死に頭を回転させる。

「ぼ、僕、男です……」
「ええ!? 男!? こりゃおじさんたまげたわ! でもお前さんぐらい綺麗なら男も女もかんけーねえなぁ。目の保養だ。唐揚げ弁当とカツ丼を頼む。最近ここの唐揚げと丼が美味くてなー」

「か、唐揚げ弁当、と、カツ丼、1100円です」
「おう」

 僕の作ったご飯を、遼平さん以外の人にも美味しいって言ってもらえた!

 その後、仕事はいつもの時間に終わった。

 ご飯は何にしようかなぁ。
 遼平さん、今日も来てくれるかな?
 僕ひとりなら納豆ご飯で充分だけど……、念の為に市場で食材を買い足しておこっと。

 ありがたいことに、遼平さんが食費を多めに入れてくれるから随分余裕が出来た。
 いつ来てもいいように冷凍できる料理を作り置きしておこう。

 市場に入ってすぐあるのは八百屋さんだ。

 えのきがお安いぞ。えのきと三つ葉のお吸い物と親子丼にしよっと。アスパラ美味しそう。これも買っちゃおう。

「えと……、三つ葉と、えのきとアスパラ。それに玉ねぎをください」

 籠に入った野菜を手に取りつつお願いする、と、おじさんがテンション高く僕に言った。

「いらっしゃい! お嬢ちゃん可愛いねー! よっしゃ、ジャガイモもおまけしちゃおう」
「いえ、その、僕は男です」
「あ? あー、あれだろ。僕っ娘って奴だろ。おじちゃん萌えに詳しいんだぞ。また買いに来いよー」
「いえ、その」

 ろくに否定もできないままおまけをいただき、続いてお肉屋さんに向かう。

 鶏肉が高かったらカツ丼にしよっかなー。あ、よかった。丁度安売りしてた。

「鳥の腿肉を一枚お願いします」
「らっしゃい! こりゃーまた別嬪さんだな。お使いご苦労さん。これ、おまけだ」
「わぁ!」

 別嬪さんと言われたのを否定するのも忘れて、差し出された熱々コロッケ入りの紙袋を受け取る。

「カレーコロッケ……! あ、ありがとうございます大事にいただきます……!!」

 今すぐ食べたい!

「お、おう。なんかそこまで喜ばれると照れちゃうな。はい、これ、二百円ね」

 お金を払って帰路を急ぐ。
 今日はお客さんに唐揚げを褒めてもらったし、奥さんが優しくなったし、こんなたくさんおまけまで貰ってしまった。
 凄いぞ! 遼平さんと知り合ってからというもの、嬉しいことばかりが続くよ……!!!

 カレーコロッケは二個も入ってる。遼平さんと一個づつ食べよう!

 走り出しそうになって、足を止めた。

 ……今日、会う約束はして無い。


 なんだか急に悲しくなってきた。

 今日は一人ぼっちかもしれないのか……。

 寂しいなぁ……。
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