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【陸王遼平】

葉月は俺の後ろをトコトコと

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 その後、気を取り直して、六時の閉園ギリギリまで遊園地を満喫した。

 はしゃぎすぎたせいか、帰りの車内で葉月はすぐにうとうととし始めた。
 起きてようと頑張ってるみたいだが、また、瞼が落ちている。

「疲れたみたいだな。今日は飯を食って帰るか」

「う、ううん、家で、作るから」
「疲れてる葉月に飯を作らせるのもなぁ」
「下ごしらえは終わってるんだ。後は焼くだけだからすぐできるよ」
「うーん」
「材料が無駄になっちゃうし、だから」

 そうか……。
 俺としてもそこらで食って帰るより、葉月の飯を食いたいってのが本音だ。

「なら、アパートについたら起こすから、少しでも眠ってくれ」
「ごめんなさい、遼平さんだって疲れてるのに、僕ばっかり……」
「疲れてないよ。飯、楽しみにしてる」
「うん……」

 静かな車内でエンジン音が単調に響く。
 時折葉月の寝息が聞こえる。最高のBGMだな。無意識に顔がほころんでしまった。



 アパートに到着するとすぐに葉月は夕食作りに取り掛かってくれた。

 このアパートは今時珍しいんじゃないかってぐらいにボロイ。そして狭い。
 六畳一間ではあるものの、畳が一番小さいサイズなので人がイメージする六畳よりも狭いのだ。
 俺レベルの大男が四人も入れば見た目の暑苦しさに窒息できるんじゃないかってぐらいだ。

 が、狭い分、葉月との距離が近くなるのが良い。
 レトロチックな内装っていうのも俺好みだ。
 なんかエロい。

 キッチンに立って料理する後ろ姿が更にエロイ。

 ひらひらはためくエプロンの紐、華奢な体、トントントンって鳴るまな板の音……。

 非常に、抱き締めたくなる。ムラムラする。
 今は駄目だな。さすがに包丁を使ってる最中に抱き締めたら怒られそうだ。怪我したら大変だしな。

 包丁を使ってるから駄目、火を使ってるから駄目と我慢している間に、

「どうぞ。遼平さんのリクエスト、ハンバーグです」

 と、葉月が皿を俺の前に置いてくれた。

「おおおおお……!!」
 スゲー美味そう!
 さっきまでは葉月にちょっかい出したいと言う……まぁ、なんというか、性欲全開で空腹を忘れていた。
 じゅうじゅうと音を立てているハンバーグに一気に腹が減ってくる。

 俺がリクエストしたのはハンバーグとキンピラゴボウとほうれん草のお浸しだ。
 当然それらも美味しそうに盛り付けられちゃぶ台に並んでいるのだが、他のつけ合わせが豪華だった。

 タコサンウインナー、ニンジンのグラッセとサヤインゲン、ポテト、マカロニサラダ。マカロニサラダが地味にすげー嬉しい。こんな料理もこの世にあったっけ。副菜としてあれば嬉しいのに、「食べたい物はある?」って聞かれると思い出せないタイプのおかずだな。

「すげーな。タコサンウインナーなんて何年ぶりかわかんねえよ。懐かしいなー」

 いただきます、と葉月に頭を下げ早速箸を付ける。

「ご飯もお味噌汁もお替りあるからね」
「おう」

 ハンバーグを箸で割るとタップリの肉汁が溢れ出して来た。
 味はというと、感動するぐらいに美味かった。焼き加減も柔らかさも絶妙で、おまけにソースが絶品だ。箸が止まらなくなる。

 美味い美味いとバカみたいに大騒ぎして食べてしまったのに葉月は嬉しそうに笑ってくれた。

 いい嫁だ。

 葉月は満点の嫁だというのに、旦那である俺に甲斐性が足りなくて情けなくなる。

 飯を作ってくれたのだから食器洗いぐらいするべきだ。

 頭ではわかっているものの、なにせ、俺は家事をやりつけない。

 洗ったはずなのに油汚れがギトギトのままなんて悲惨な事になりかねないので手出しが出来なかった。

「ごめんな。後片付けまで全部させて」
 皿洗いをしてくれる小さな背中に謝罪する。

「? どうして謝るの? これは僕の仕事だよ?」

 心底不思議そうに返された。
 全部自分でやって当たり前の環境で育ったんだろうな。
 もっと甘やかしてやりたいのに、自分の力不足が情け無い。

 今、俺に出来ることと言ったら何があるか……。

 自問するまでも無いな。

 さっさと帰ることだけか。

 車の中で眠ったぐらいだ。よっぽど疲れているだろう。
 俺がいたら休めるものも休めない。

 皿洗いが終わったらおいとましよう。

 きゅ、と蛇口を絞り、葉月がエプロンを外した。

 それじゃ、俺はそろそろ。

 そう言って立ち上がろうとしたのだが。

「り、遼平さん、お風呂入っていきませんか!? 今、お湯を溜めてるから……!」

 そう言って葉月が俺の横に正座した。

 頬をピンクに染めて、俯いて、黒の瞳を涙で潤ませながら。

「その……、か、帰らないでください。今日は、ここに泊まって朝まで一緒に居てください……」


 えっ。


 一瞬頭の中が真っ白になって、次の瞬間には叫びたいぐらいの大歓喜が全身を襲った。



 ――帰らないで、朝まで一緒に居て――。

 なんて言われたら全ての男が期待するだろう。
 すべてにOKが出たのだと。

 むしろ期待しない男なんか居ない。
 これに喜ばず何に喜べと。

 今すぐにでも葉月を押し倒したい衝動に駆られた。

 だが、待てよ。

 ただでさえ純真無垢で、触るだけで緊張するような子が男を誘うか?

 俺の中では葉月は「そういう対象」で、了解があればすぐにでも襲いかかりたいのだが、葉月が俺をそんな対象にしてるか?

 瞬時にさまざまな考えが脳内を巡り、一つの結論が出た。

「ひょっとして……」

 呟くと、びくりと葉月が細い肩を揺らした。

「お化け屋敷のせいで一人になるのが恐いのか?」

 ピンク色だった葉月の頬が真っ赤に染まった。

 ばた。


「そ、その、自分でも情け無いって思うんだけど一人で寝るのが怖くて……。その、今日だけでもいいから泊まってもらえると……!」

 必死になって言い募る葉月を他所に、俺は、ぐったりとたたみの上に倒れ込んでしまった。



 期待した分、反動がどっかり来ました。



「……やっぱり、駄目だよね。明日の準備もあるし……」

「いやいやいや駄目じゃねーぞ! 是非泊まらせてください!」

 期待は外れたけどな。お泊りの機会を逃したくはない。

「ほんとに!? 泊まって行ってくれる!?」
「おう」

「よかった……! じゃあ、先にお風呂をどうぞ。そろそろお湯も溜まったから。シャワーは最初冷たいから気をつけてね」

 そこで、「あ」、と葉月が言葉を漏らす。

「そういえば着替えが……」
「着替えなら心配すんな。車に積んでるから。ちょっと取ってくるな」

 今日お泊りするつもりで積んでたわけじゃないぞ。
 いつでも会社泊が出来るように準備しているだけだ。そこは念を押しておきたい。

 車はアパート横の来客用の駐車スペースに停めている。
 取ってくるまで一分程度しかかからない。
 なのに、その程度の時間も一人になるのが恐いらしく、葉月は俺の後ろをトコトコと付いて来た。
 トランクを開ける間も横に居て、階段を上るとまたトコトコ付いてくる。

 可愛いオモチャか何かか。

 やべえ。

 たかだか弁当屋に通ってただけでこんな子と親しくなれるなんて、俺、知らぬ間に徳でも積んでたのかな。

 「顔が恐い」「顔が凶悪」黙っているだけで「悪事を企んでそう」なんて陰口を叩かれながらも品行方正に生きてきたかいがあったってもんだ。

「洗濯物はこの籠に入れてね」

 葉月が洗濯してくれるのかー。
 ほんとにお嫁さんみたいでいいな。こういうの。

 俺が上がると、次は葉月が風呂に入って行く。

『遼平さん、居る?』
「居るよ」

 風呂で一人になるのも恐いらしく、ちょくちょくそんな質問があった。

『遼平さん、居る……?』

 ちょっと意地悪な気分になって、返事をするのをやめてみた。

『遼平さん?』

 葉月の声が慌てたものになる。
 これで電気でも消したら大パニックだろうなー。危ないからやらないけどな。

「遼平さん!!」

 がらッ。

 脱衣所のドアが開いた。
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