お弁当屋さんの僕と強面のあなた

寺蔵

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<水無瀬葉月>

毛布の中に引っ張り込まれて――

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「三万円も……! お皿に三万円も使った……!!」

「俺の金なんだからいいだろ。泣くなよ」
「だ、だって、三万……!」

 遼平さんが持つ袋の中には、茶碗二つ、お椀二つ、スプーンが二つ、箸が二つ、蓋付きの茶碗蒸し椀が二つ、お皿が二つ、湯のみが二つ入ってる。あのお店で一際綺麗な夫婦茶碗のセットを片っ端から購入したんだ。

「僕の分まで買うことなかったのに……」
「こういうのは揃いで買うのが楽しいんだ」
「遼平さんって女の子みたいだね」

 また背中を叩かれて、う、ってなる。

 背中を叩いた掌が肩に回って、引き寄せられた。遼平さんの体に密着してしまい、歩き方がぎくしゃくしてしまう。

「あ、う」

「葉月はなんか変わってるな」
 離れようとすると、ますます強く引っ張られて、僕のブカブカの洋服越しに遼平さんの体のラインを感じて息が苦しくなる。

「――知ってるよ、友達一人もできなかったぐらいだし」

 それでも何とか返事を搾り出した。

「違うよ。そうじゃなくて、ゴツイだろ俺」

 ゴツイ……? ごつくは無いと思う。切れ長の釣りあがった目と飛び抜けて高い長身で迫力があるだけで、全体のイメージはスマートだ。格闘家タイプではなくスポーツマンタイプ。なので、ごついと言われると違和感がある。強面だから怖いけど。

 そう伝えると、遼平さんは噴出して笑った。

「怖いならもうちょっと萎縮しろよ。なにバカ正直に強面って言ってんだよ」
「遼平さんは……性格はすごく優しいから」

 僕の肩を押さえつけたまま、いつもは真っ直ぐに伸びた背中を少しだけ猫背にして、遼平さんがリラックスした感じになった。

「俺、こんな面してるから昔っから理不尽に怖がられてばかりなんだよ。目があっただけで女に泣かれたり、喧嘩なんかしたくもないのに睨んだって言われて絡まれたり、ちょっと黙ってるだけで怒ってるって言われて避けられたり……。葉月は怖がったりしないから話しててほんと楽だ……。あ、ちょっと待ってろ。ビール買ってくる」

 遼平さんが肩から手を離して酒屋さんに入って行った。人の体温が無くなってようやくほっと息を吐く。
 迫力のある人っていじめられたりしなさそうだし、人生が楽なんじゃないかな? って思ってたけどそうでもないんだね。
 人にはそれぞれ悩みがあるんだなあ……。

「……随分殺風景な部屋だな……」

 僕の部屋を見た遼平さんの第一声はそれだった。

 僕が家から持ち出して来た物は、ただでさえ枚数の乏しかった洋服のみだ。今は全部押し入れの中に入ってる。

 漫画もゲームも持ってなかったし、今更買い集めるつもりもない。
 部屋にあるのは、ご飯用の小さなちゃぶ台だけだ。

「引越してきたばかりだし、特に、趣味もないから。ビール、グラスにいれようか?」
「これは乾杯用。お前の料理が出来てから呑むんだよ。冷蔵庫に入れてていいか?」
「うん」

 答えると、袋ごと冷蔵庫の中に仕舞いこんだ。

 早速準備をして料理に取り掛かる。

「地味なエプロンだな。もっと可愛いの買ってやろうか?」
「いらないよ」
「遠慮しないでいいぞ。彼女にかわいい物着せたいのは男の性だから」

 ふふ、って笑いが零れてしまった。

「なら、彼女が出来たとき、買ってあげたらいいよ」
 なんか、こういう会話、いいな。
 学生時代、クラスメイト同士がこんなふざけた会話してるの聞いてて、羨ましかった。

 ふざけられる友人なんて一生できないって思ってたのに。

「葉月は?」
「?」

「彼女はいないのか?」

「い! いるわけないよ!」
「うぉ。そんな反応するなんて珍しいな」

「変なこと聞くからだろ……! 僕は友達も居ないっていったよね。なのに、彼女が出来たら奇跡だよ」
「料理上手な男はモテるぞ?」

「緊張して話もできなくなるから無理だよ」
「そうかよ」

 くく、って笑われて恥ずかしくなる。
 駄目だ、料理に専念しよう。
 くるっと流しに体を向けて、包丁を手に取ろうとした時。

 後ろから腕が回ってきて、×印作るみたいに僕の肩を抱き寄せて背中から抱き締められた!!

「ふ、あ、な、や、あ!?」
 背中に感じる人の体温、肩を包む大きな掌、頭の天辺に頬擦りされて危うく包丁を弾き飛ばしそうになった。
「何だそれ? 呪文? ファミコン時代のパスワード?」
 僕はパニックになってじたばた暴れてるのに、遼平さんは平然と茶々を入れてくる。
 強く掴まれて指が食い込んでくる肩が、服から滲んでくる遼平さんの体温が!!
 子どもにするみたいに体をゆらゆら揺すられて、暖かくて、気持ち良くて。心臓がガンガン鳴って。

「ぁ……」
 体から、一気に力が抜けた。

「しまった。死んだか」

 ようやく、遼平さんの手が離れた。
 僕は台所の端まで飛びずさって――ゴンッ! 思いっきり額を壁にぶつけた。

「痛い……」
 頭を抱えて蹲ってしまう。

「おい。大丈夫か? ごめんな。つか反応しすぎだろ」
「心不全で死ぬかと……」
「悪かった。葉月相手じゃおちおち新婚さんゴッコもできないな」

 そういうのは女の人とお願いします……!

 切って、揚げて、蒸して、焼いて。

 あれ?

 静かだなって思ったら、遼平さんが座布団を枕にして眠っていた。
 このままじゃ風邪を引いてしまう。
 押入れから毛布を引っ張り出して肩から掛けた。

 台所に戻って、料理の仕上げに取り掛かる。

 よし!

 完成だ!
 我ながら美味しそうにできたぞ。後は遼平さんの口に合うことを祈るだけだ。

「遼平さん、ご飯できたよ」

 遼平さんはよっぽど深く眠っていたのか、中々目を覚まさなかった。
「遼平さん」
「う……」
 だだをこねる子どもみたいに毛布を頭まで引っ張り上げてしまう。
「ご飯、冷めちゃうよ」
「――……良い匂いする」
 毛布の中から返事があった。

「うん。ご飯できたよ」
「飯もだけど……、毛布の匂いが……」
「うわ!?」

 突然、毛布に引っ張りこまれた。
 まるで土下座でもするような体勢で、厚い毛布に肩まで入る。
「遼平さん!? ――うわ」
 電灯の光が遮断された真っ黒な毛布の中で、僕の首筋に男らしい節の張った指が這った。

「……!」
 しかも、そこの匂いを嗅がれて、遼平さんの呼気が首筋に掛かって全身がゾクリと痺れる。

「葉月の匂いだな……甘い……」
「遼平さん……!?」

 湿った感触が首に触れた。
 これ、唇!?
 ちゅって音を立てて、唇が薄い皮をついばんだ。

「やぁ……!?」
 暗闇の中で首筋を吸われるなんて異常な体験に、背中がぞくりと震えて変な声が出た。

 じたばた暴れてどうにか毛布と遼平さんを引き剥がし、中から脱出する。

「ひ、ひょっとして寝惚けてる!? ご飯冷めちゃうよ!」

 遼平さんの唇が触れた場所を掌で押さえて、正座のまま少しだけ後ろに下がる。
 うぅ、顔が耳まで熱い。
 変な声を出してしまった。

 ようやく目を覚ました遼平さんが毛布から出てくる。
 僕と視線が合うと、目付きの悪い奥二重の瞳が驚いたように大きく開いた。

「葉月……、そんな顔してたのか」

 え? あぁ、そっか。今は眼鏡を外していたんだった。
 湯気で曇って邪魔になるから、家で料理する時は眼鏡を外して、長い前髪を上げたおでこ出しスタイルにしてヘアピンで止めているのだ。

「……眼鏡は?」
「あれは伊達なんだ」
「伊達? なんでまた。お洒落にしては野暮ったくないか?」
「人の目を直接見るのが怖いから掛けてるんだよ。……遼平さんは平気だから……」

「へぇ」
 遼平さんの掌がまた近づいてくる。視界一杯に大きな掌が広がって。
 ぎゅっと体を硬くして、目を閉じて、触られるのを待った。

「お。今度は逃げないな」
 顔を撫でまわされて髪の毛をぐしゃぐしゃにされる。
 それでも頑張って硬直を続ける。

 遼平さんが体を起こす。
 僕を足の間に入れて横向きに抱き締めてから、僕の髪を何度もかき上げた。
「こうやってみると、髪が多いから頭が大きく見えるだけで小顔なんだな」
 ぐいって顎を上げさせられ、視線がかち合う。

 僕はそれこそ驚いた猫のように目を見開いて固まった。

「しかも睫が長いし、目も切れ長だし、まさかの綺麗系美人さんだったとはなぁ……予想外だった」

 綺麗系……?

「ええ……?」
「褒めてやったのに嫌そうな顔するなよ」
「露骨なお世辞を言うから」

 完全にイヤミにしか聞こえないよ。

「お世辞じゃないよ……、って凄いな! なんだこの豪華な料理!!」

 食卓に並んでいるのはリクエストされた茶碗蒸し、カレー、お味噌汁の三品。
 それに追加して、海老が余ったからエビフライにしてゆで卵をギザギザに切ったのとキャベツを添えて、銀杏も余ったのを串焼きにしてみた。
「豪華は言いすぎだよ。冷めないうちにどうぞ」
 力の抜けた腕からどうにか逃げ出して、ちゃぶ台の向かいに座る。
「いただきます!」
 遼平さんは挨拶してから、カレーにスプーンを入れ、口に運ぶ。
 途端に、ぎ、と目付きが悪くなった。

「口に合わなかった?」
 僕の作るカレーは牛すじで作る貧乏カレーだ。ついついいつも通りに作ってしまった。人を招くときぐらい、カレー用のお肉を使用するべきだったな。

「……凄く美味い……。なんで肉、こんなにとろとろなんだ?」
 あれ?
「美味しい?」
「美味い! こんな美味いカレー初めて食った。奮発したのか? この肉高かったろ? 材料費はちゃんと払うからな」


「た、高くないよ。それ、牛すじだから」
「え!? こんなに柔らかいのにすじだったのか!?」
「煮込めば柔らかくなるから……。茶碗蒸し、熱いから気をつけてね」

 茶碗蒸しも、カレーも、エビフライも、銀杏も、卵も、見る間に減って、お味噌汁はあっという間におかわりになった。

 一つ一つに感想をくれて、褒めてくれて、物凄くくすぐったい幸せな気分だ。

 家での食事なんて文句を言われるばかりで、食べたくないメニューだからっていきなりゴミに捨てられることもあった。
 人に喜んでもらえるのが本当に嬉しい。

「こんな飯、久しぶりだ……」

 二杯目の味噌汁を呑んで、遼平さんがしみじみと呟く。

「あ、ビール、出してなかったね。呑む?」
「忘れてた。今日はいいよ。その……」

 言いにくそうにしてから、遼平さんが口を開く。

「食材は俺が買うから、また、飯作ってくれよ。次は煮物がいいな」
「うん。いつでもいいよ。どうせヒマだから」

 なぜ遠慮するのかわからないよ。食器まで買ったんだから利用しないと勿体無いのに。

「友達が俺しか居ないんだったな」
「うん」
「素直に頷くなよ。ここは百人ぐらい居るって見栄を張るところだろ」
「ひ、百人もいないよ! 遼平さんしかいないのに」
「いや、……その、まぁいいか。次は日曜でどうだ? 時間取れるか?」
「日曜ならお店が休みだから、何時からでも大丈夫だよ」
「なら、そうだな、昼頃迎えにくるからドライブにでも行くか」


「ええええええ!?」
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