発情薬

寺蔵

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<監禁>

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 翌日も。
 次の翌日も。
 その次の翌日も。

 赤坂先輩が来て実験をする。

 毎回、泣き喚きたくなるぐらい気持ち良くて気が狂いそうだった。
 先輩に触らせられたのは一回目だけだったのだけが救いだ。

 赤坂先輩が来るから一日経ったと判るだけで、時間が全くわからないのも、音の無い部屋に一人ぼっちになるのも、真っ白なのも、何もかもが辛くて気が狂いそうになる。

 テレビをください。駄目ならせめて本をください。
 何も無い部屋でどうやって時間を潰せばいいのかわからない。

 どうやって、次の日の拷問まで時間を潰せばいいのか判らない。

 あれ?

 赤坂先輩が居る。

 そっか、今日の実験、やってたんだった。
 そっか、オレ、失神しちゃったんだ。

 今日の実験は酷かった。
 怖かった。

 あれ? 何が酷かったんだっけ? 怖かったんだっけ? 忘れちゃった。忘れたままでいいや。思い出したら恐いから。

 拘束具は外されてた。

 先輩はオレの右足の足首を引っ張り上げ、オレ自身の精液で汚れたオレをスマホで撮影していた。
 性器も孔も丸見えなのに抵抗する力が出てこない。

「ほら、良く撮れてるぜ? この実験が終わったら俺の部屋で飼ってやるから楽しみにしとけよワンコちゃん」

 画面が向けられる。

 そこに映るのは、頬を真っ赤にさせ涙と涎を零した欲に塗れた顔をしている全裸のオレ。上げられたふくらはぎから上は映ってないから、まるでオレが自分で足を上げているみたいだった。

 消してください。
 頭のどこかではそう答えるのに抵抗する気が起こらない。

 怒らせたら、先輩が出て行ってしまう。
 それが無性に怖かった。

 また一人ぼっちの時間が始まる。


 拷問が始まる時間まで何も無い真っ白の部屋で一人ぼっちになってしまう。


 少しでも誰かと居たかった。例えそれが赤坂先輩でも。
 だけど、先輩は腕時計を確認すると、舌打ちして「時間過ぎてやがる」と呟いて出て行ってしまった。

 だるい体を無理やり起こしてお風呂に入る。
 体を二回も三回も洗い、時間を潰すため温いお湯に長い間浸かる。

 着てた服をダストシュートに捨て、新しい服を着る。

 この服が無くなる頃にはここから出れるはず。残った服は後十五枚。がんばろう。


 晩御飯は冷凍食品のチキングラタン。
 グラタンも真っ白。マカロニも真っ白。チキンも真っ白。
 白。白。白。

 半分食べて、残りは明日食べよう。
 真っ白の歯ブラシと歯磨き粉で歯を磨き、就寝。


 翌日。
 次の翌日。
 その次の翌日。

 一人ぼっちで三日が経過した。
 とうとう赤坂先輩も来てくれなくなった。

「誰か、居ないんですか!? 誰か、来てください!!」
 叫ぶ。
「八雲部門長!! 高月さん!! 赤坂先輩いい……!!!」
 叫ぶ。
「誰か……!!」

 血が滲むぐらいにドアを叩いて喉が裂けそうなぐらい声を張り上げても誰からも返事はなかった。
 部屋に響くのはオレの声と足の鎖が小さく軋む音だけ。

 どうして急に誰も来てくれなくなったんだろう? ひょっとして外で何かあったのかな?

 戦争が起こってこの部屋の外が消えて無くなったのかも。そんな規模の大きな話じゃなくても、会社が倒産したのかもしれない。
 窓が無いからここは多分地下室だ。倒産のゴタゴタの中、オレだけがここに忘れ去られてしまったのかもしれない。

「誰か……!!!」

 冷蔵庫の食料は毎日減っていく。オレ、こんな場所で餓死しちゃうのかな。

 一人ぼっちで皆に忘れ去られて死んでいくのかな。

 何一つすることがないので計測器で数値だけ計り、眠った。


 翌日。
 次の翌日。
 その次の翌日。

 とうとう食べ物が最後の一つになっちゃった。
 これを食べたらお終い。
 後は餓死するまで待つだけ。

 最後の最後に残ったのは真っ白のチーズケーキだ。

 お祝いみたい。
 オレが死ぬお祝い。


 遠く封印していた記憶が唐突に脳裏に浮き上がった。

 オレの両親が帰って来なくなった理由。
 思い出せなかったはずなのに、思い出してしまった。
 お父さんとお母さんの仲が悪くなったのはオレが小学校二年生の頃だ。
 それは、両親の仕事が一段落き定時に帰れるようになった時期。

 早朝五時に出て深夜十二時帰宅なんて生活が終わり、出勤は朝十時、帰宅は午後六時という生活ができるようになった時期。
 オレが、ようやく、毎日お父さんとお母さんと一緒に居れるって喜んだ、まるで、天国にいるみたいに嬉しかった時期だ。

 家に帰った時は一人ぼっちでも、すぐにお母さんが帰って来てくれる。ご飯を作ってくれる。

 お父さんも帰ってきて、一緒にご飯を食べてくれる。
 しあわせだった。本当に。

 その幸せは数ヶ月も続かなかった。


 理由は簡単だ。
 お父さんは言った。『お前が女なら良かったのに』お母さんも言った。『女の子が欲しかったのに』

 二人は、男じゃなくて女の子が欲しかったんだ。
 お母さんはオレを産んだ後、体を壊して子どもを作れない体になってた。

 成長するにつれてオレはどんどん男に変化する。
 それを目の当たりにするのが嫌だったんだ。

 両親のことを思い出すたびに浮かぶフリルの残像。あれは、オレが着せられていた女物のスカートだ。

 着るのが、嫌だと言ってしまった。
 オレは男だから、スカートは着たくないと言ってしまった。

 それが、二人の決定的な溝となった。

 二人とも、すぐに、帰ってこなくなった。

 仕事が忙しくなったからだとお父さんもお母さんも言ってたけど、もう、その頃には二人とも別々に家庭を持ってたんだ。

 オレが居たから。
 お父さんとお母さんは家に帰ってくるのが嫌になったんだ。

 実は、オレは、自分のせいで両親が不仲になったのを、両親が不倫してたからって言葉に置き換えて責任転嫁して被害者面してたんだ。

 子はかすがいという言葉がある。夫婦仲が悪くとも子どもへの愛情があるから別れないという言葉だ。

 オレはその逆。
 オレのせいで二人の縁を切ってしまった。


 二人が望んでいた『女の子』じゃない。


 女の子に、なれなかった。

 そのくせ、甘ったれで情け無くて仕事で疲れて帰ってきた二人の負担になった鬱陶しいオレが、家族の絆を壊してしまった。

 お金を払えばよかった。

 あ、でも、

 都合のいい幸せなんて無いか。

 長男なんて優しい言葉に惹かれてお金を払っても、多分、家族にはしてもらえない。

 お父さんには新しい妻と女の子の子どもが、お母さんには新しい夫と女の子の子どもがいる。
 そんな中に家族として迎え入れてもらえるはずなんてない。

 どれだけお金を払っても、きっと、お金が無くなり次第にオレは捨てられる。

 そんなのは嫌だ。

 お金だけ取られて使い捨てにされるなんて悲しすぎる。これ以上絶望したくない。

 だいたい、オレが傍にいたら幸せが壊れてしまうから家族なんて無理か。

 百瀬さん。

 百瀬さんに会いたい。
 あの人はオレと同じ感じがした。
 家族を知らない孤独な人。
 あの人と会いたい。傍に居たい。
 あの人となら、本物の家族になれる気がした。

 叶さん。
 叶さんに会いたい。
 叶さんは優しい家庭を知ってる人。そして、優しい家庭を作って行く人。

 陸橋でぼんやり立ちつくしてた見ず知らずの高校生に声をかけてくれるぐらいに優しい人。

 きっと、いいお父さんになる。
 それこそ、オレが夢見て居た優しい家庭を作ってくれる。

 愛華さんと一緒に、これから、しあわせになっていく。


 しあわせな家庭を見たい。


 しあわせで、お父さんもお母さんも、そして――こどもも、笑ってる家庭。

 かのうさんならきっとつくってくれる。

 だから、じゃまなんてできない。

 じゃまなんてしたくない。

 うけた恩は、ぜんぶ、お金にしてかえさなきゃ。見たい、から。

 ぼんやり考えながら数値を計る。躊躇ってから液晶を確認した。
 計るたびに数値が上がってた。



 翌日。

 食べ物がとうとう無くなった。

 その次の日。

 起きてたらお腹が減るから一日の大半を寝て過ごした。

 お風呂に入り、水を飲む。
 お腹減ったなぁ。

 次の日の朝。

 あれ? 景色がおかしい!?

 目を覚ました瞬間、布団を跳ね上げながらベッドから飛び降りた。
 真っ白だった。
 部屋はずっと真っ白だったけど、そうじゃない。

 どこまでも続く砂漠のような、陸地がまるで見えない海原の真ん中のような、空の中のような、とにかく恐ろしく広い白の空間が広がっていた。

 なんだよこれ!?

 一体、何がどうなって!?

 振り返るとベッドまで消えてる。

 どうして、何が起こって、ベッドはど、

 ガツンと固い音と同時に膝に酷い痛みが走った。

 ベッドのサイドボードに打ちつけてた。
 ベッドはすぐ後ろにあった。
 そして、景色も、さっきまでの空間じゃなく、何の変哲もないいつもの部屋に変わってた。

 なにが――起こって――? あぁ、そうか。さっきの真っ白の空間はオレの幻覚だったんだ。
 寝ぼけてただけだったんだ。
 緊張が解けてベッドの横に座りこむ。

 後からゆっくりと恐怖が来て、体が震えた。




 とうとう真っ白が夢にまで侵食してきた。


 目を閉じても真っ白、夢も真っ白。

 寂しい。お腹減った。
 寂しい。白が恐い。
 寂しい。一人ぼっちはいや。

 ――――――。
 ――――――。

 ――――――。

 ――――――さん。




(叶さん)




『凜、好きだよ』




 合成の言葉が耳の奥に響いて涙がぶわっと溢れてきた。

 なんて幸せで暖かい響きなんだろう。

 本当は聞きたかった。なんて、認められない。
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