発情薬

寺蔵

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<罠>

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「ここの所、髪を下ろしたままだね」
 真っ直ぐ持っているだけでぐねぐねと動く蛇のオモチャに感動しているオレの髪を百瀬さんが摘みあげた。
 赤坂さんに触られるのはただただ不快感しかなかったのに、百瀬さんの指は気持ちいい。

「はい。ムース持ち歩くの面倒だから」
「似合っているよ。とても凜君らしい」

 そだ、百瀬さんに謝らなくちゃならないことがあったんだ!

「あの……オレの友人宅に送った百瀬さんの服……、事情があって取り返せなくなって……。本当にすいません! 弁償しますから」

「必要ないよ。あの服は僕が買ったものじゃなかったから気にしないで」

「え……? じゃあ、お詫びに別の服をプレゼントします」
「プレゼント?」
「はいっ!」

「なら、服よりあれが欲しいな」
 百瀬さんが指差したのはテーブルの上にあった犬のガラス細工だった。
 指先ほどに小さくてガラスの中で光が屈折してる。
 うわ。可愛いな。って感心しちゃったんだけど、値段は五百円。

「五百円ですよ? ほんとにこれでいいんですか?」
「これがいい。旅の記念になるから」

 記念かぁ。

「オレも買っちゃおうかな」
 どれにしようかな?
 キリンも可愛い。これ、文鳥かな? これもいいなぁ。

 あ。

 奥に真っ白の猫が居た。
 ……百瀬さんみたいだ。これにしよっと。

 レジで支払いを済ませ、プレゼント用にラッピングしてもらってから、犬が入った袋を百瀬さんに差し出した。

「ありがとう。大切にするよ」

 嬉しそうに弧を描いた唇が余りにも綺麗で、キスをしようと本能的に顔を寄せてしまった。

「凜君」

 たしなめられてはっと我に返る。そ、外で何をしようとしてるんだオレのバカ!

「さすがに外では恥ずかしいからね」
 いえ、その前に男同士だし変な目で見られる所でしたよ。旅の恥は掻き捨てとは言えども、百瀬さんまで巻き添えにするわけにはいかない。

 キスしたいのにできないのも寂しくて、ついつい、歩きながら、腕と腕がぶつかるぐらいにくっついてしまう。

「凜君」
「はい?」

「一緒に居てくれてありがとう。もし凜君が旅行をしようと言ってくれなかったら、僕は今頃、ホテルに閉じこもって人の気配にもビクビクする生活をしていたと思う。凜君と居ると元気になるよ」

「オレもです。百瀬さんといると安心します。実は、昨日、電話で色々ありまして、友達と二度と会わないって決意しちゃったんです。オレ、家族もいないし本当に一人ぼっちで。今は叶さんにも会えないし……。百瀬さんが居なかったら絶対ベソベソ泣いて部屋に篭ってましたよ」

 少しだけ間を置き、百瀬さんが言った。

「いっそのこと、付き合おうか」
「――え?」

「この旅行が終わった後も、凜君と一緒に寝て一緒にご飯食べたりしたい。僕も家族が居ないから傍に居てくれると嬉しいな」

「――――――オレ、すげー面倒な男ですよ。すぐ甘えたがるし、くっつきたがるし。いいんですか?」

 まだ叶さんが結婚して無い頃、オレが高校生だった当時、叶さんから何回も一緒に暮らそうって誘われた。
 でも、オレ、両親さえ鬱陶しがったぐらいに甘ったれだから勇気が出なかった。
 近づきすぎたらウザがられるって思って。

「僕もくっつきたがるから一緒だね」
「その……ェ、エッチとかできないかもしれませんよ。女の子と一年近く付き合ったことあるけど、できなくて」
「出来ないのは好都合だよ。僕もできないから。家族みたいに傍に居てくれるだけでいい」
「それだけでいいんですか?」
「凜君が嫌じゃないなら」

「嫌なんかじゃないです! ――ふつつかものですがよろしくお願いします」
「こちらこそ」

 昨日とは全く別の理由で喚き散らしたい気分になって、百瀬さんの腕を引っ張った。
 まさか、百瀬さんみたいな人がオレを選んでくれるなんて!

 これでもう、何もかもが大丈夫だ!
 万が一叶さんに『叶さんがオレの運命の人』だって知られてもお付き合いしてる人がいると言える。叶さんと同じぐらいに運命の人が恋人なんです、って言える!

「お祝いに、お昼ご飯はオレが奢ります! ここ、入りましょう」
「わ」

 テンションが上がりすぎて腕を引っ張ったまま走り出してしまう。
 一際豪華な中華料理屋さんでコース料理なんか奮発しちゃおうと決意したオレを他所に、百瀬さんはちゃんぽんを頼んでしまった。

「そんな! せっかく記念なのに」
「食べ比べがしたくて……」
「ちゃんぽん好きなんですね……」

 一人だけコース料理を頼むのも虚しいんで皿うどんにする。
 百瀬さんとの食事は楽しい。百瀬さんが美味しそうにご飯を食べるからかな? オレまで食が進んじゃうよ。
 赤坂先輩とお昼してたときは憂鬱だった。何でもかんでも不味いって言うし、オレが注文したものにまでケチつけてくるし。
 おまけにお説教と愚痴と悪口のコンボ+セクハラでお昼休みがきつかった。

 家に帰ったら百瀬さんと一緒に住みたいなぁ……気が早過ぎるか。 八雲さんからもオレがちゃんと守らなきゃ。
 何が出来るかはわからないけど家族としてがんばろう。

「ここのちゃんぽんも美味しいな。海鮮と野菜が一杯だ」
「いっそのこと連泊してこのあたり全部食べ比べしますか?」
「! うん!」

 オレが考える以上に百瀬さんは喜んでくれた。

 こんなに好きなら、家に帰ってからちゃんぽん作りの練習しないとな。料理はあまり得意じゃないけど、百瀬さんの好きな料理ぐらいは作れるように頑張りたい。

 一番美味しいお店でレトルトのお取り寄せが出来るかどうかもチェックしとかないと。

 ふと、カルボナーラを三年間ずっと作ってなかったのを思い出してしまった。

 美咲ちゃんが好きだった料理だ。徹底的に練習したから、誰に食べさせても店より美味しいと褒めてくれた。

 叶さんだけは食べてくれなかったな。クリーム系のパスタが苦手だからって。
 でも、その一年後ぐらいに愛華さんが作ったカルボナーラを食べてたんだよなあ。
 結構ショックだったのは秘密である。
 好きな人が作る料理はなんでも美味しいもんね……。

 美咲ちゃんと一緒に居たのは一年にも満たなかったけど、家族が出来たみたいで幸せだったなぁ……いやいやいや、何を考えてるんだオレ! 昔の恋人なんか忘れて新しい恋人を大事にすることだけ考えないと!

「そんなにちゃんぽん好きなら、オレ、美味しいちゃんぽんが作れるように頑張ります!」
「え!?」
 からん。百瀬さんが丼に蓮華を落とした。

 どうしたんだろ?
「嬉しいよ……!! 作ってくれるなんて……!」
 疑問になると同時にガシッと力一杯肩を掴まれ、箸で摘んでた皿うどんを危うく顔面に飛ばすところだった。

「そんなに喜んでもらえるなんてオレも嬉しいです。上達したら食べてくださいね」
「練習段階から食べさせて欲しいんだけど駄目かな? 人に作ってもらうなんて初めてだから」
「れ、練習段階のなんて超不味いですよ! オレ、料理下手なんです。練習してないものを食べさせるなんて」

「構わないよ。作ってもらえるだけでも嬉しいから食べたいんだ」
 うぅ……どうしよう……。こっそり練習してから呼ぼうかな……。

「僕も凜君に何か作ってあげたいな。凜君の好物は何?」

「甘めの卵焼きです! それもすっげー甘いの」
「了解。美味しいのが焼けるように練習するよ。上手に焼けるようになったら食べて欲しいな」

「練習段階から食べさせてください……! 甘い卵焼き食べたいっす……!」
 自分で作れるけど、どうしても味気ない。

 お店の卵焼きは出し巻きばっかりで甘いの無いし、綺麗過ぎるから貧乏舌のオレには合わないんだ。卵焼きはちょっと焦げがあるのが美味しい!

「僕も料理下手だから絶対焦げ焦げになるよ? 炭になるよ?」
「構いません!」

 身を乗り出して宣言してから、しばらく見詰め合ったまま沈黙して――。
 百瀬さんと同時に笑ってしまった。

「一緒に作ろうか」
「はい! 家に帰る楽しみができちゃいましたね」
 わーすごい幸せだ……!

 その後は、観光もそこそこにホテルにチェックインした。
 一刻も早く百瀬さんにくっつきたくて!

 エレベーターで部屋のある五階まで上る。廊下に人通りが無かったのをいいことに、百瀬さんの背中に後ろからぼすりと抱きついた。

「凜君の甘えっ子」
「言ったじゃないですかー。今までずっとずっと我慢してきたんですから、甘えさせてください」
「うん。いいよ……どうせならツインじゃなくダブルの部屋に泊まりたいね」
「男同士でダブルは不自然ですもんねー。どうせくっついて寝るからあんまり変わりませんけど……」

 部屋に入ると同時に、今度は向かい合わせでぎゅうぎゅうに抱きついた。そして、お預けされてたキスをする。

 ちゅ、っと唇をくっつけてから。舌を出しお互いの舌を舐めあう。
 絶頂みたいに全身が気持ち良くなってビクビク震えて、足から力が抜けた。

 抱き合ったまま二人してその場にしゃがみこんでしまう。
 また舌を絡ませたら溶けそうで恐いから、啄ばむだけのキスをする。

 背中に回してた手で服をギュっと掴んで強く抱きついた。
 家族。家族。家族。オレの家族。
 嬉しくて涙が出てきそうだ!

 ここのお風呂は充分に広くシャワーブースまであった。
 二人で入って洗いっこしたり、昔、父さんから教えてもらった掌で作る水鉄砲で水を飛ばして遊ぶ。

 お風呂から上がるとナイトウェアに着替える。
 ホテルに備え付けられてる浴衣だと着崩れてお腹を冷やしてしまうから、スーパーで購入した安物のシャツとハーフパンツだ。
 なぜか寝相のいい百瀬さんまで似たような服を買った。
 この旅行ではオレとお揃いにするのを楽しんでるみたいだった。
 お揃いのパジャマは家族みたいでオレもこっそりと嬉しかったりする。

 今日からは「家族みたい」じゃなくて本当に家族なんだ。

 これまで以上に密着し、並んでローカル番組を見ながら手なんか握ったりして。

 ついでにキスしたり肩にぐりぐり額を擦りつけたり百瀬さんの服を噛んで引っ張ったり、思う存分に恋人になった百瀬さんを堪能する。

 悪戯をするたびに百瀬さんも同じようにオレに触ってくれるから幸せが倍増してしまう。

「そろそろ寝ようか」
「はい」

 時間はまだ十時だ。けど、布団の中でくっついてる時間が一番幸せなんで二人してさっさとベッドに転がった。抱き合って布団の中でキスをして甘い痺れにトロトロになって眠る。

 あぁ、幸せ。

 家に帰りたいけど帰りたくない。
 ずっとずっとこのまま二人で旅行を続けてたいな。



 寝心地のいいベッドの上で、意識が深く沈みこんだ。
 深い深い眠りの最中に――――。




 ジリリリリリリ!




「何!?」
 けたたましいベルの音が耳をつんざいた。
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