発情薬

寺蔵

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<セクハラ先輩に絡まれる>

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「お酒の追加をお持ちいたしました」

 あ。
 新しい食べ物と飲み物が来た。
 店員さんからチューハイを受け取る。
 ついでに、誰かが頼んだチーズ揚げの盛り合わせから、何種類かいただく。

 チーズ揚げ。好き。
 ここ、ソースもあるんだ。
 わさび醤油と……、ブルーベリージャム? あ、苺ジャムもある!
 どれも美味しそうだけど、まずはソース無しで食べよっと。

 カリ。

 表面がサクサクなのに中のチーズはとろとろで物凄く美味しいー!

「これ超美味いですね!」
 隣の恋子先輩に詰めよってしまった。

「うん! チーズ揚げって、意外と当たり外れあるんだけど、ここのは絶品―! ソースも一杯あるっていいね。マーマレードすっごい美味しかったよ」

 恋子先輩が小皿を差し出してきた。え、マーマレードもあったんだ!
 ありがたくつけさせて貰う。

「!!!」

「美味しいでしょ」
 力一杯頷いてしまった。
 おつまみが美味しいせいで酒がすすんでしまう。

 赤坂先輩に絡まれてる間は緊張感のせいか、体から酔いが抜けてた。

 でもオレって、よく考えたらビール二杯も飲んでた。


 そのせいで。

 新しいチューハイを飲み干す頃には、頭の中がでろでろになっていたのだった……。

「うー。」

「んー? どうした凜。まさかもう呑めないなんて言うんじゃねーだろうな。ほら、入れてやるから呑め」

 俺の隣の先輩がカラになったチューハイのグラスにビールを入れてきた。
 ちょっと美味しそうかも。グレープ味のビール……。

 オレはあちこちの席にたらいまわしになって、今、叶さんの前の席に座ってる。元々は真美さんの席だった場所だ。

「鈴森は酒に強くありませんから、余り呑ませないでやってください」

 あ。叶さんだ。いつ戻ってきてたんだろう。
 さっき、叶さんの前の席だって思ったはずなのに、今、初めて気がついた気分になった。
 完全に酔っ払い思考である。

 そうだ。
 叶さんに言っとかなきゃ。

「かのうしゃん」
 う。呂律が回らない。
「ん?」
 叶さんは普通に返してくれたのに、隣に座っていた真美先輩と恋子先輩が手を叩いて爆笑した。
 は、はずかしい……。がんばれオレの舌!!

「あにょ、ゴホン! 赤い糸プロジェクトにオレも参加することになったんれす。今から結構楽しみれす。オレの本能が惹かれる女の子って、どんな子なのかなーって」

 もつれた舌を咳払いでごまかして、一気に言う。
 それでも左右の女性二人は腹を押さえて大笑いしてるけど!

「社内治験にか?」
「はい!」
「そうか……」
 叶さんの表情が曇った。
 ひょっとして、叶さんもあの計画に反対なのかな?
 百瀬さんもそうだった。

 薬の力で運命の人を見つけるって、そんなに駄目なことなのかな……?

「ほら、凜、水だ」
「わ。ありがとうございます」
 三田先輩が水をくれた。これを呑んで頭を冷やそう。
 口をつけて、全部飲み干すつもりで喉に流し込んだんだけど、
 舌に痺れが走った。
 これ、水じゃない!
 焼酎だ!

 三田先輩が隣で爆笑している。騙したんだ。
 喉が焼ける、酒が逆流してく、

 うぐ、

 は、吐く……!!
「やべ!」
「おい、便所行け!」

「凜!」
 叶さんが駆けつけてくれて、オレの背中と膝の裏に腕を差し入れた。
 身構える暇も無く、軽く体が宙に浮く。いつかの運動会の時みたいに。

 お姫様抱っこやめてください。恥ずかしいです。
 せめておんぶ。ああ、でも、おんぶされてたら腹圧迫されて背中に吐いてたかも。

「きゃぁ」
「凄い力持ち……!」
 なぜか嬉しそうな女性陣の声がした。

 お姫様抱っこと言うか、上半身を起こした座っている体勢のまま抱え上げてくれて、駆け足でトイレまで運んでくれた。
 畳敷きの座敷の日本的なお店ながら、ありがたいことにトイレは慣れた洋式のものだった。
スリッパを履くのもそこそこに、叶さんが蓋を上げてくれた便座に酒を吐き出してしまう。

「呑みすぎだ」
「ごえんなざい……、も、大丈夫だから」
「いいからほら、全部だしとけ。社内治験に参加するなら明日採血だろう? 酒が残ってたらやり直しになるぞ」
「ううう……」

 苦しい。気持ち悪い。でも、背中を撫でてくれる手が気持ちい……。



 それから、オレは、叶さんに連れられて帰ることになったようだ。
 ようだ、と言うのは、そこから先、スポっと記憶が抜けていて。


 気が付いたら、翌朝になっていたからである。



 ジリリリリリリ!!
 ニャーニャーニャーニャー。

「うう……?」
 うるさい……! 頭いだいい……!
 目覚ましとスマホが同時に鳴ってる……。
 早く止めないと近所迷惑になっちゃう……!

 このアパート、長い石段の先にあるから不人気物件で人の入りが悪い。
 確か、上下左右全部屋が空き部屋のままだ。

 それでも一秒でも早く止めなきゃ、と、重たい頭を枕から引きはがし、安物のベッドから起きて、テーブルの上の目覚ましを止める。
 スマホ……? 着信? 誰から? あれ、朝? 何日? 何時? いや朝七時だよ目覚まし鳴ってるもん。あれ?
 オレ、いつ帰ってきたっけ!?
 とにかく電話……こんな朝から誰だろう? あ!

 慌ててお気に入りの猫の鳴き声の着信音を止め、スマホを耳に押し当てた。

「叶さん、おはようございます!」
 自分の声がグワンと頭に響いてよろけてしまう。

『お早う。その様子なら、きちんと起きられたようだな』
「は、はい、起きました。あの、オレ、どうやって帰って来ましたっけ? 全然なにも覚えて無くて……! 迷惑かけたりしませんでしたか?」
『……そうか、覚えてないのか……』
「な、なにか失礼を!?」
『いや、何でも無い。迷惑はそこそこ掛けられたぞ。俺が居ない時はあんな無茶な飲み方するなよ』
 たしなめる言葉だけど声には笑いが含まれてた。よかった。叶さんを怒らせるようなことしてなくて……。

『凜』
「はい?」
『また、関西に戻る事になったんだ』
「えええ!? またですか!?」
 あ、自分の声が頭に響いた。
『あぁ。今度こそ一週間ほどで戻って来れるとは思う。帰った時に話したいことがある』
「え」
『準備があるからこれで切るな。遅刻するなよ』
「あ、はい、わざわざ電話までしてくれてありがとうございます!」


 叶さんが切ったのを確認してからオレも切る。
 話したいことってなんだろう……?

 頭の中に、断片的な記憶が浮かんできた。

 トイレから出る自分の足。
 乗ったタクシーが灰色だったこと。
 そして……。

『あのな、凜――――』

 どこか苦しそうに話す叶さんの横顔。
 凄く凄く、大事な話だったはずなのに、何も思い出せない。
 確か、愛華さんの話だったような気がする。

 うーんうーん思い出せオレ……!
 叶さんの話を、よりによって大事だって思ったはずの話を覚えてないなんて失礼にも程がある。

 は! あれも確認しなくちゃ……!
 オレは下着だけで寝てた。
 奮発して買ったスーツは、きちんとハンガーに掛けられてる。
 デロデロに酔ってたオレがこんなことするはずない。スーツで布団に入ってただろう。

 多分、叶さんが服を脱がせてくれて、ハンガーに掛けてくれたんだ。
 何やってんだよ昨日のオレのばか……。
 スーツからサイフを取り出して恐る恐る中を確認すると――。
 や、やっぱりお金が減ってない……! 叶さんに出させたんだ。呑み代も、タクシー代も!

 ほんとオレの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ああ!
 代金聞いて、ちゃんと返さなきゃ……。

 一ヶ月の出張を終えて、帰ってこれたと思った矢先、またとんぼ返りしなければならなくなった叶さん。
 そんな忙しい人に迷惑を掛けるだけ掛けて、お金まで出させてしまったなんて。

 自分の不甲斐なさに、畳の上にずっしり座りこんでしまった。

 待った! 座りこんでる場合じゃない、準備して仕事行かなきゃ!


 ばたばたと準備に取り掛かる。
 病院に行って採血をしてから出社する。

「おはようございまーす」
 いつもより元気二割減で総務部のドアを潜った。

「おはよう凜」
「二日酔い大丈夫だったかぁ?」
「はい……」
 採血が終わってから薬も飲んだし、大分楽になった。
 隣室で仕事してる部長に出勤の挨拶をしてから自分の机に付く。

「おはよ。凜君―。昨日は楽しかったねぇ」
「よー。さすがに元気ねえな」
「お早うございます。ゴロー先輩、昨日はよくもやってくれましたね……。水って騙して焼酎呑ませるなんてヒデーっすよ……」
「俺じゃねーよ! それやったの三田さんだったろ」
「え? そでしたっけ? てっきりあんな悪戯するのはゴロー先輩だと……」
「気持ちは判るけどね。三田さんだったよ」
 真美先輩が笑う。

「保護者の前でお前に悪戯なんて、怖くてできねーよ……」
 ゴロー先輩が肩を上げて首を竦めた。

「保護者って……叶さんのことですか? 何かありましたっけ?」
「ばったり会った時にお前に挨拶させたろ。あの時、すっげー目で睨まれたんだよ」

「ええ……?」

「だから、家の犬がお世話になってますーって俺が言ったときの目だよ! マジでびびったからな。殺されるのを覚悟したわ」
「叶さんは人に暴力振るったりしませんよ」

「いーや、それは無いね。お前に手ェ出したら本気でぶち殺しにかかってくるタイプだよあれは」

「人聞き悪いなぁ……。オレ、叶さんとは八年ぐらい付き合いありますけど、あの人が本気で怒った所なんて見たことないですよ。すっごく優しい人なんですから」

 オレみたいな、血も繋がらない人間の面倒を見てくれたぐらいなんだ。

「あー、なんか判る」
 真美先輩が相槌を売った。器用にも目はパソコン画面を追いながら。

「騙されて焼酎呑まされた時だってすぐにお姫様抱っこでトイレに運んであげてたし。なんかキュンキュンしちゃったよー。凜君可愛いから、カッコいい叶さんと絡むと、こう、男同士の恋人を見るような倒錯的な萌えが」

「萌えはあったかもなぁ。俺みたいな鬱陶しいオッサンがオッサンと絡んでもリバースゲロなだけだけど、叶さんと凜の取り合わせは良かった」

「あら。ゴローさん、意外と話せるのね」
「今度二人で呑みにいきますか。真美ちゃん」
「えぇ。是非」

「へ――へんなこと言わないでくださいよ! 叶さんはオレにとっては兄さんみたいな存在ってだけなんですから」

「凜君も嫉妬丸出しで叶さんに抱きついて行ってたじゃない。叶さん困ってたのに」

「嫉妬じゃありません。叶さんは結婚してるから、真美先輩の魔の手から守ろうと思っただけで」

「魔の手!? 超失礼。でもいいわ。許しちゃう。憧れが恋心になるのも素敵よ」

「なりませんよー! やめてください! 叶さんに変な噂が立ったら、オレ、死んでお詫びするしか無いんですから」
 叶さんには可愛いお嫁さんがいるんだから、へんなスキャンダルが立つのは絶対嫌だよ!

「――――――!?」

 昨日散々嗅いだきつい香水の匂いがぶわっと後ろから流れてきた。
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