発情薬

寺蔵

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<叶さんとの八年>

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「体が冷えてるな……、腹減ってないか? ちょっと付き合え」
 返事もしてないのに男の人はオレの腕を引いて歩き出した。

 季節は十月から十一月に移り行く頃。

 いつの間にか日は落ちていて、時間は夜十時になっていた。
 体は完全に冷え切り、指先も鼻先もじんじんと痺れる。
 寒さにさえ気が付いてなかった。

 男の人に連れて行かれたのはラーメンの屋台だった。

「ここ、一回入ってみたかったんだ。一人じゃ入り辛くてな」

 そう笑ったその人は、とんこつラーメンを二杯頼んだ。
 長椅子に座りはしたものの、どこかぼんやりしたままでラーメンを作る親父さんを見る。

「はい、どうぞ」

 オレの前に大きな丼が置かれた。
 丼から美味しそうな匂いと暖かな煙が立ち上る。
 指を添えると、触ってられないぐらいに熱かった。

「あったかい……」
 ようやく、オレの口から言葉が零れた。

「暖かいな」



「――――――……!!!」



 その当時、家族を一気に無くしたオレはよっぽど不安定だったようで、暖かいって繰り返されたのがきっかけで本気で号泣した。

 意味不明に泣くオレに、親父さんも男の人も優しかった。
 男の人はハンカチを貸してくれて、親父さんはおでんの卵と厚揚げをおまけしてくれた。

 泣きながらラーメンとおでんを食べた。
 日本で一番美味いっていえるぐらい、美味しいラーメンとおでんだった。


 この日、十五歳のオレにラーメンを奢ってくれた人が、叶さんだ。


 おでんとラーメンを食べながら泣いて泣いて泣きまくって、翌朝、オレが目覚めたのは知らないベッドの上だった。

「え」

 呆然と天井を見上げ呆然と体を起こす。

 着ていたのはダボダボの服だった。

「え???」

 何が起こっているのかわからない。
 一瞬混乱したけどすぐに思い出した。
 ここが昨日ラーメンを奢ってくれた男の人の部屋だって。
 あの後、泣きすぎてドロドロになったオレに服どころかシャワーまで貸してくれたんだ。

 飛び跳ねるみたいにベッドから降りて部屋を飛び出した。


 途端においしそうな匂いが鼻をくすぐる。

 味噌汁と焼鮭、目玉焼きにベーコンの匂いだ。

「お早う」
 男の人がキッチンに立っていた。

「あ、の、ベッド貸してくださってありがとうございました、その、ゴメンナサイ、色々とお邪魔しました!」

「待て、朝飯も食っていけ」
「でも、そんな、ご迷惑を」

 昨日ラーメンを奢って貰ったのにさらにベッドまで借りて、さらにさらに朝ごはんまでごちそうになるなんて無理すぎるにもほどがある!!

「二人分作ってるんだよ。残される方が迷惑だ。それにお前が着てるのは俺の服だぞ。お前の服はまだ洗濯中なんだ」
「う、」

「早く座れ」

 再度呼ばれておずおずとテーブルにつくしかなかった。
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