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欄外編
130 それは、あまりにも苦い幕引きだった 【side アレクセイ】
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彼女は、癒しと、赦しと、欲望の象徴。そして私の願いの全部だった。
「ふっ…ああんんっ、気持ちいいようっ」
とろとろと蕩ける秘部をゆっくりと撫でると、期待した通り甘い声が漏れる。今夜は強請って目隠しをしてみた。視覚が遮られいつもより敏感になっているシアは、軽く触れるだけでイッてしまいそうだった。
びくびくと震える胸から目から離せない。いたずらに先端を擦ると、かわいそうなくらい感じていた。
「ふふ、次にどこを触られるのかわからないってどきどきするね。」
くすくすと笑いながら、私は丹念に彼女を愛撫する。彼女の痴態を見てとっくに勃起していた屹立を、彼女の蜜穴へゆっくりと埋め込んだ。
ぎゅうっと搾り取られそうな感覚に、吐息が漏れる。
…これが最後の夜になるとは、まだ伝えていない。
翌朝になったら、降嫁が決定したことを告げなくてはいけない。だけど、その前に彼女のことを徹底的に愛したかった。
彼女が見えないのをいいことに、慈しむようにゆっくりと抱きしめる。首筋から香る、抗いがたい甘い匂いを吸い込んだ。
セイが褒章としてたった一人を望んだとき、うまい妥協案を提示できなかったことは反省している。口では「いつか手放す」と言っていたのに、いざその時が来るとちっとも心の準備なんてできていなくて我ながら滑稽だ。
私とルー、そしてセイの3人でシアを共有する生活は、危ういバランスの上で立つジェンガのようだった。かろうじて形を保っているが、誰かが先走ると容易に崩れてしまう。それでも一見すると順調に見えたから、しばらくこのままでいられると勘違いしていたんだ。
しかし、生温い幸福をセイは望まなかった。
国王としては、一度認めた下賜を覆すことはできない。その代わりに、シア自身が私と一緒にいることを望んでくれるのであれば…都合がいい話だけど、どうにか逃げ道はあると思っていた。
しかし、そうそううまくはいかなかった。
「セイと結婚…承知しました。」
シアは、少し驚いた表情を浮かべただけで、降嫁の話を受け入れた。自分の意見など言っても無駄だと思っているのか、嫌だとも、寂しいとも言わなかった。
よく言えば従順で、空気を読む彼女は、決まったことに対して拒否するという考えは持っていない。だから淡々と受入れ、粛々と出ていく準備をする。
誰かに弱みを見せることができない私は、シアに対しても素直になれなかった。寂しい、行かないで、と縋ったら、彼女も考え直してくれたかもしれないのに。
王としての矜持か、または小さなプライドか。いずれにしても彼女に何も言えなかったのだ。
ルーは、強固に反対した。
まあそうだろう。今の状態であれば彼女を独占はできないまでも共有できるのだから。しかし、いくら反対しても決定が覆せないことがわかると、不気味なくらいおとなしくなった。
「でも、ちょっと意外だった。ルーのことだから、シアのことを連れ去ることもあり得ると思っていたから。」
そう告げたのは、国王としてではなく個人の感想としてだ。今はルーの私室でだらしなく椅子に腰かけている最中だから、個人的な意見として大目に見てもらいたい。
素直に思っていたことを口にすると、ルーは、場所を占領されたことに対してか、今の発言に対してか、いずれにしても不満そうに口を尖らせた。
「もちろん、まっさきに監禁は考えたさ。でも、シアが幸せじゃなければ意味がないってわかったからしないよ。」
でも、私は知っている。この傍若無人な魔術師は、このまま泣き寝入りするような性格はしていない。
何か企んでいるんじゃないかと胡散臭げに見上げると、ルーは腕を組んで挑戦的に私を見た。
「ねえ、もちろんアレクも協力してくれるよね。」
*****
ルーがひそかにシアに渡したイヤーカフが、ひとつめの起爆剤だ。
独特の意匠は、一目で誰のものか解る。たとえ彼女がどこかに隠しても、きっと彼ならば見つけ出すだろう。そしてルーとの関係を疑わずにはいられないはずだ。
ふたつめは、私がシアを失い憔悴している様子を見せつけること。…さすがに心苦しいのでやりたくはなかったが、ルーに「なりふり構っている場合じゃないでしょ!」と尻を叩かれた。
罪悪感と猜疑心で、きっとセイはシアを監禁すると見越した。よく言えば思慮深い、悪く言えば考えすぎる性格だということは、10年近い付き合いで重々知っている。
あとは、シア自身が自由を望むか望まないか。
これは半ば賭けだった。セイの監禁・束縛に対しても忍耐強く付き合う可能性も考えられた。でも彼女と長い時間過ごしてきたルーが「いくらシアでも孤独には勝てない」と断言した。渡したイヤーカフについて説明はしていないが、敏い彼女ならば使い方を理解して連絡をしてくると信じた。
あとは、起爆剤が火を噴くのを待つだけだった。
疑われないよう、ルーはあえて王宮から遠のいた。私はアルコールとカフェインで不調をごまかしながら、憔悴しているさまを披露した。
長い、長い1か月が過ぎた。
ある夜、ひらひらとルーからの伝令蝶が届いた。そこには彼女から魔道具経由で連絡があったことに加え、薬物を投与されている可能性があると綴られていた。
細かく折られた用紙を伸ばし、その部分を何度も見返した。媚薬を使う可能性は考えていたけれども、薬物にまで手をだすのは想定外だった。
急遽、セイの父親であるゼレノイ卿を巻き込むことに決めた。彼女の状況を報せたうえ、息子の自己満足と人ひとりの安全とでどちらを取るのかと脅した。ゼレノイ卿はまさかの事態に絶句しながらも、屋敷の見取り図の入手や内部で手引きしてくれる協力者の確保などを内密で約束してくれた。
ほどなくして届いた2通目の報せは、読んでいて辛かった。泣いていてあまり要領を得なかったらしいが、ルーに会いたいと口走って、セイに手ひどく犯されたようだ。文末には、できるだけ早く事に移すべきだというルーの考えが記されていた。
深夜にルーを呼び出し計画を練った。翌朝には行動を起こすために。
チャンスは一度きりで失敗はできない。ゼレノイ卿が手を回してシアがいる最上階には使用人が近づかないようにした。
セイは日中会議で抜け出せないよう細工し、その間にルーが彼女を連れ出す手はずになっている。過日のキリル公国行きの際にさんざん研究したルーの魔力隠匿スキルは折り紙付きだ。魔力痕を完全に隠しながら彼女を転移させ、さらに念のため無関係な場所への転移を挟むことで万が一追われても足がつかないようにした。
そして、またセイは大事な人を失った。
その日の夜、私はこっそりとルーが暮らす屋敷に足を運んだ。大通りから一本外れた位置に建てられている古いレンガ造りの建物は、王都の中心にあるとは思えないほどひっそりとした佇まいだ。
石造りの階段を降りた先にある地下室に足を踏み入れると、わずかの間に痩せて青白い顔になったシアが疲れて眠っていた。自分の身を守るかのように体を丸めて眠る姿は痛々しい。
その横には、力ない表情をしたルーが付き添っていた。
「たぶん…絶対とは言えないけど、このままだとシアは子どもが生めないかもしれない。」
開口一番告げられたのは、そんな残酷な一言だった。
精神的なストレスに加え、毒薬を薄めたような薬を毎日摂取していたからだは、かなりのダメージを受けていた。徹底的に解毒処置を施し、傷ついた身体と心を癒せればいいが、それには何年もかかると。
(もう、前みたいに無邪気に笑ってはくれないかもしれないな)
苦い気持ちが沸き上がる。こうなる前に手を打たなかったのは私の弱さが招いたことだ。
皮肉なことだが、今回の件はルー以外は全員間違ったのではないだろうか。
私は、シアに行かないで、と言えばよかった。
シアは、ルーのことが好きだから結婚はしたくない、と正直に言えばよかった。
セイは…自分の不安を彼女に伝えればよかった。
私は、じっとルーを見つめた。
「結局、自分勝手な人間が一番いいってことなのか。」
「素直と言ってよ。」
彼女が目覚めたら、まず傍にいてほしいと伝えよう。ルーの元で暮らしてもいい、私から会いにいくから、と。穏やかな生活を続けたら、また前みたいにたわいのない話をして、時にはほほ笑んでくれるかもしれない。そしていつか、また愛し合うことができるようになるかもしれない。
──私の考える未来予想図に、もちろんセイの存在はなかった。
「ふっ…ああんんっ、気持ちいいようっ」
とろとろと蕩ける秘部をゆっくりと撫でると、期待した通り甘い声が漏れる。今夜は強請って目隠しをしてみた。視覚が遮られいつもより敏感になっているシアは、軽く触れるだけでイッてしまいそうだった。
びくびくと震える胸から目から離せない。いたずらに先端を擦ると、かわいそうなくらい感じていた。
「ふふ、次にどこを触られるのかわからないってどきどきするね。」
くすくすと笑いながら、私は丹念に彼女を愛撫する。彼女の痴態を見てとっくに勃起していた屹立を、彼女の蜜穴へゆっくりと埋め込んだ。
ぎゅうっと搾り取られそうな感覚に、吐息が漏れる。
…これが最後の夜になるとは、まだ伝えていない。
翌朝になったら、降嫁が決定したことを告げなくてはいけない。だけど、その前に彼女のことを徹底的に愛したかった。
彼女が見えないのをいいことに、慈しむようにゆっくりと抱きしめる。首筋から香る、抗いがたい甘い匂いを吸い込んだ。
セイが褒章としてたった一人を望んだとき、うまい妥協案を提示できなかったことは反省している。口では「いつか手放す」と言っていたのに、いざその時が来るとちっとも心の準備なんてできていなくて我ながら滑稽だ。
私とルー、そしてセイの3人でシアを共有する生活は、危ういバランスの上で立つジェンガのようだった。かろうじて形を保っているが、誰かが先走ると容易に崩れてしまう。それでも一見すると順調に見えたから、しばらくこのままでいられると勘違いしていたんだ。
しかし、生温い幸福をセイは望まなかった。
国王としては、一度認めた下賜を覆すことはできない。その代わりに、シア自身が私と一緒にいることを望んでくれるのであれば…都合がいい話だけど、どうにか逃げ道はあると思っていた。
しかし、そうそううまくはいかなかった。
「セイと結婚…承知しました。」
シアは、少し驚いた表情を浮かべただけで、降嫁の話を受け入れた。自分の意見など言っても無駄だと思っているのか、嫌だとも、寂しいとも言わなかった。
よく言えば従順で、空気を読む彼女は、決まったことに対して拒否するという考えは持っていない。だから淡々と受入れ、粛々と出ていく準備をする。
誰かに弱みを見せることができない私は、シアに対しても素直になれなかった。寂しい、行かないで、と縋ったら、彼女も考え直してくれたかもしれないのに。
王としての矜持か、または小さなプライドか。いずれにしても彼女に何も言えなかったのだ。
ルーは、強固に反対した。
まあそうだろう。今の状態であれば彼女を独占はできないまでも共有できるのだから。しかし、いくら反対しても決定が覆せないことがわかると、不気味なくらいおとなしくなった。
「でも、ちょっと意外だった。ルーのことだから、シアのことを連れ去ることもあり得ると思っていたから。」
そう告げたのは、国王としてではなく個人の感想としてだ。今はルーの私室でだらしなく椅子に腰かけている最中だから、個人的な意見として大目に見てもらいたい。
素直に思っていたことを口にすると、ルーは、場所を占領されたことに対してか、今の発言に対してか、いずれにしても不満そうに口を尖らせた。
「もちろん、まっさきに監禁は考えたさ。でも、シアが幸せじゃなければ意味がないってわかったからしないよ。」
でも、私は知っている。この傍若無人な魔術師は、このまま泣き寝入りするような性格はしていない。
何か企んでいるんじゃないかと胡散臭げに見上げると、ルーは腕を組んで挑戦的に私を見た。
「ねえ、もちろんアレクも協力してくれるよね。」
*****
ルーがひそかにシアに渡したイヤーカフが、ひとつめの起爆剤だ。
独特の意匠は、一目で誰のものか解る。たとえ彼女がどこかに隠しても、きっと彼ならば見つけ出すだろう。そしてルーとの関係を疑わずにはいられないはずだ。
ふたつめは、私がシアを失い憔悴している様子を見せつけること。…さすがに心苦しいのでやりたくはなかったが、ルーに「なりふり構っている場合じゃないでしょ!」と尻を叩かれた。
罪悪感と猜疑心で、きっとセイはシアを監禁すると見越した。よく言えば思慮深い、悪く言えば考えすぎる性格だということは、10年近い付き合いで重々知っている。
あとは、シア自身が自由を望むか望まないか。
これは半ば賭けだった。セイの監禁・束縛に対しても忍耐強く付き合う可能性も考えられた。でも彼女と長い時間過ごしてきたルーが「いくらシアでも孤独には勝てない」と断言した。渡したイヤーカフについて説明はしていないが、敏い彼女ならば使い方を理解して連絡をしてくると信じた。
あとは、起爆剤が火を噴くのを待つだけだった。
疑われないよう、ルーはあえて王宮から遠のいた。私はアルコールとカフェインで不調をごまかしながら、憔悴しているさまを披露した。
長い、長い1か月が過ぎた。
ある夜、ひらひらとルーからの伝令蝶が届いた。そこには彼女から魔道具経由で連絡があったことに加え、薬物を投与されている可能性があると綴られていた。
細かく折られた用紙を伸ばし、その部分を何度も見返した。媚薬を使う可能性は考えていたけれども、薬物にまで手をだすのは想定外だった。
急遽、セイの父親であるゼレノイ卿を巻き込むことに決めた。彼女の状況を報せたうえ、息子の自己満足と人ひとりの安全とでどちらを取るのかと脅した。ゼレノイ卿はまさかの事態に絶句しながらも、屋敷の見取り図の入手や内部で手引きしてくれる協力者の確保などを内密で約束してくれた。
ほどなくして届いた2通目の報せは、読んでいて辛かった。泣いていてあまり要領を得なかったらしいが、ルーに会いたいと口走って、セイに手ひどく犯されたようだ。文末には、できるだけ早く事に移すべきだというルーの考えが記されていた。
深夜にルーを呼び出し計画を練った。翌朝には行動を起こすために。
チャンスは一度きりで失敗はできない。ゼレノイ卿が手を回してシアがいる最上階には使用人が近づかないようにした。
セイは日中会議で抜け出せないよう細工し、その間にルーが彼女を連れ出す手はずになっている。過日のキリル公国行きの際にさんざん研究したルーの魔力隠匿スキルは折り紙付きだ。魔力痕を完全に隠しながら彼女を転移させ、さらに念のため無関係な場所への転移を挟むことで万が一追われても足がつかないようにした。
そして、またセイは大事な人を失った。
その日の夜、私はこっそりとルーが暮らす屋敷に足を運んだ。大通りから一本外れた位置に建てられている古いレンガ造りの建物は、王都の中心にあるとは思えないほどひっそりとした佇まいだ。
石造りの階段を降りた先にある地下室に足を踏み入れると、わずかの間に痩せて青白い顔になったシアが疲れて眠っていた。自分の身を守るかのように体を丸めて眠る姿は痛々しい。
その横には、力ない表情をしたルーが付き添っていた。
「たぶん…絶対とは言えないけど、このままだとシアは子どもが生めないかもしれない。」
開口一番告げられたのは、そんな残酷な一言だった。
精神的なストレスに加え、毒薬を薄めたような薬を毎日摂取していたからだは、かなりのダメージを受けていた。徹底的に解毒処置を施し、傷ついた身体と心を癒せればいいが、それには何年もかかると。
(もう、前みたいに無邪気に笑ってはくれないかもしれないな)
苦い気持ちが沸き上がる。こうなる前に手を打たなかったのは私の弱さが招いたことだ。
皮肉なことだが、今回の件はルー以外は全員間違ったのではないだろうか。
私は、シアに行かないで、と言えばよかった。
シアは、ルーのことが好きだから結婚はしたくない、と正直に言えばよかった。
セイは…自分の不安を彼女に伝えればよかった。
私は、じっとルーを見つめた。
「結局、自分勝手な人間が一番いいってことなのか。」
「素直と言ってよ。」
彼女が目覚めたら、まず傍にいてほしいと伝えよう。ルーの元で暮らしてもいい、私から会いにいくから、と。穏やかな生活を続けたら、また前みたいにたわいのない話をして、時にはほほ笑んでくれるかもしれない。そしていつか、また愛し合うことができるようになるかもしれない。
──私の考える未来予想図に、もちろんセイの存在はなかった。
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