不埒な魔術師がわたしに執着する件について~後ろ向きなわたしが異世界でみんなから溺愛されるお話

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本編

108 きみに花束を2 【side イヴァン】

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あと数時間もすれば、姫は帰国してしまう。きっとアレクは二度と姫を外には出さない。この先もう逢えないかもしれないと思うと、胸が苦しくなる。


一瞬、昨日の甘いキスが頭に浮かんだ。


ばさばさばさっ。
手にしていた書類が勢いよく床に落ちた。動揺して固まった俺を見かねて侍従のひとりが書類を拾い集める。

「イヴァン、どうしたの? なんだか今日は上の空だね。」

はっとして顔を上げると、兄が心配そうにこちらを窺っていた。

「申し訳ありません。不覚にも呆けてしまいました。」

そうだった、いまは昨日神殿を訪問した報告をしている最中だった。アリサ様からの言付けや神官たちの様子を話しているうち、つい意識が逸れてしまった。

慌てて姿勢を正し、謝罪する。定期的な報告とはいえ、また兄とはいえ、多忙な時間を割いてくれる皇太子相手に気を抜くなど不敬な振舞いだと反省する。

それを見た兄は、ちょっとだけ困ったみたいに笑った。

「さっきからラジウスがちらちら君のほうを見ていたよ。心配事でも?」

「はは・・・。」

まさかこの歳にして色恋事で気が逸れてしまいましたとも言えず、乾いた笑いを返す。視線の端で、ラジウスがあきれたように溜息をつくのが見えた。

「恐れながら、皇太子殿下、」

部屋の隅に控えていたラジウスが声を上げた。俺と兄は同時にそちらへ目を向ける。

「ん? なんだい?」

「イヴァン殿下は初恋の相手のことが気になって、夜も眠れないようなのです。ぜひ良いアドバイスがあれば頂戴したく。」

「ラジウス! 余計なことを言うなっ。」

慌てて遮ったものの、もう遅い。兄はエメラルドグリーンの瞳を大きく見開き、まじまじと俺の顔を見つめた。

「奥手な我が弟にもついにそんな相手ができたんだねえ。ひょっとして、片思いなの?」

「そうなんですよー、しかもお相手は既に隣国の側妃さまで、かなり前途多難なんです。やっぱり望み薄ですかねえ。」

「そんなことない、私から見てもイヴァンは魅力的だよ。でも想いは言葉にしないと伝わらないからね。」

まだ何も言っていないのに、告白すらしていないことを見抜かれている。そしてラジウスは、はじめこそかしこまった言葉遣いだったのに、既に気を抜いたのか口調がくだけきっている。

(ふたりとも他人事だと思って)

気楽に言わないでほしい。俺には国を捨てる選択なんてできない。中途半端な選択でこれ以上誰かの人生を狂わせたくない。想いを告げるなんてとてもできない。

「・・・兄上、もし私が継承権を放棄して国を出たいと言い出したら、どうしますか?」

口から言葉が零れ出る。好き勝手に言われた腹立ちが後押しし、覚悟がないとアレクに指摘されてから、心の奥で澱のように溜まっていた気持ちを吐き出した。

「え、好きにすればいいんじゃない?」

きょとんとした顔をして、兄は言った。あまりにもあっさりと、拍子抜けするほどに。

「兄上に負担になりませんか?」

俺が国を出たら、現在2人で分担している公務が全て兄の担当になる。ただでさえ忙しい身の上で、これ以上業務を増やしたら下手をすれば倒れてしまうだろう。

そう思って尋ねたのに、兄は全く気にしていないようだった。

「大丈夫、頼りなさそうに見えても、私は君の兄だよ。飽きたら帰って来ればいいし、何かあっても転移魔法ですぐに戻れるんだから、気楽に考えなよ。」

そう言われて、返す言葉がなかった。

同じ父の血を引いているが、俺たちはそれほど似ていない。外見もそうだが、性格もそうだ。くよくよ考えがちな俺に対して、兄は全てに対して楽観的だ。小さい頃からそうだったので、兄に大丈夫だと言われると、ほんとうに大丈夫な気がしてくるから不思議なものだ。

「思い切って、王国の政治を学びに留学でもしてみるのはどうかな? そうしたら両国にとって悪い話じゃないし、その間に口説いてみれば?」

倫理的には微妙だけど、正妃でないなら何とでもなるんじゃないかな、と他人の恋路を面白がるような声音がする。

「はは・・・。」

一気に気が抜けた。ずっと、うじうじ悩んでいたことが馬鹿みたいに思える。考え方ひとつで、そんな簡単に可能性が広がるなんて思い至らなかった。
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