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本編
107 きみに花束を1 【side イヴァン】
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俺は、帰ってきたばかりのラジウスを建物内にある私室へ引きずり込んだ。もちろん、神殿の食事に媚薬を盛らせたかを問い詰めるためだ。
突然引っ張られたラジウスは、少し不満そうにしていたものの、何かあったのを察して文句を言わずについてきた。ドアを閉めると、ラジウスは慣れた様子で自分専用の木の丸椅子を持ちだし座る。俺も自分用の肘掛け椅子に座り、今日の出来事を話した。
「えー、媚薬? そんなオモシロイ事があったんですか?」
険しい顔で話し出した俺にラジウスは一瞬たじろいだが、すぐに人を食ったような笑みを浮かべた。ばかにされているようで、つい口をとがらせる。
「全然まったく面白くない。おかげで俺は姫の前で醜態をさらす羽目になった。本当にお前がやったんじゃないんだよな?」
「僕じゃないですよう。だって殿下が悶えてる様子なんか、ちっともまったく楽しくないじゃないですか。喜ぶのは一部の愛好家だけですって。僕だったら姫のほうに媚薬盛りますね。そっちのほうが絶っ対、見てて楽しいですもん。」
ついでに僕なら遠慮なくヤっちゃいますけどねー、と余計な一言も添えて。
あんまりな反論だったが、逆にそれゆえに信憑性があった。
「俺の行動を把握しているのなんて侍従であるお前か、訪問を知らされていた神殿の人間くらいなのに。」
「おっしゃるとおり神殿がきな臭くはありますが、、、皇太子派あたりが殿下に関係を持たせて婚姻を確実にさせたかった可能性もあるかと。」
殿下の予定だったら警備予定からある程度把握して、下級の神官を買収することもできなくないでしょうし、とのんびりと言う。
俺の異母兄に当たる皇太子には、いまだ婚約者がいない。本人は政略結婚をいやがっていて「好きな相手が見つかったら婚約する」と明言しているからだ。そこに筆頭皇妃の皇子である俺が、国内の有力貴族の令嬢と婚約でもすれば力関係が微妙になる。
だから皇太子派としては、俺が自国の貴族令嬢を選ばず他国の令嬢と婚姻したほうが都合が良い。さっさと既成事実を作ってしまえば安全というところか。
だとしても、このタイミングで行動に出るとも思えず不可解な点が残る。それとアリサ様が姫に向ける視線も気になった。状況を整理しようとしたところで、衛兵から客人を屋上に通したとの報告が入った。
衛兵が去った後で、ラジウスはこてりと首をかしげた。
「こんな時間に、なんでまた屋上なんて」
「姫が、マンドュラの花を見たいそうだ。元の・・・召喚前のアナスタシア嬢に思い出があるらしい。」
神殿で、確認のためトランクの中身を改めたときの姫の反応。本人は隠したかったようだが、ばればれだった。
あれらの品物は男から──おそらくはセイからの贈り物だ。
(好きでもない男との婚約が決まって、一体彼女はどんな気持ちだったんだろう)
自分の婚約者だった女性が他の男から貰った物ばかりを持ってきたことに、思うところがないとは言えない。しかし仕方がないと思った。
それよりも、意に染まぬ婚約だった証拠を突き付けられて、今更ながら思い知らされた。打算とあきらめで決めた婚約が、人ひとりの人生を狂わせてしまったということに。
*****
客人たちの最後の晩餐は、堅苦しいことを嫌うアレクの意向でセイやルー、おまけにラジウスも同席した、非常ににぎやかな場になった。宰相補佐のセイはともかく、正式な王族の晩餐に侍従や魔術師が同席することなど通常はありえない。しかし彼らにとってはいつものことなのか、他の連中も特に気にしていないようだった。
今夜のために用意したのは、キリル公国の郷土料理。スパイスの効いた煮込み料理、素材を活かしたサラダ、素朴な焼き菓子など、客人向けに多少アレンジはされているが地元でよく見かける料理ばかりだ。我が国は他国との交流が盛んなこともあり、料理にもその影響が表れている。伝統的な調理法が多い聖ルーシ王国と比べて目新しい食材も多く、味の変化も大きい。
この国ならではの食材・料理を体験してもらい、ひとつでも多くこの国に対して良い思い出を持ってもらいたかった。
神殿で食事したときも感じたが、姫は料理や素材に対して興味があるようだ。また食べることが好きなのか、興味深げに食材や調理法を質問しながら舌鼓を打っている。おいしそうに料理を口に運ぶ姿は、見ているだけで癒される。
同時に、姫と、向かいに座るセイとの様子がいやに気になった。
今までのセイは、冷静さを装いながらも常に保護者のごとく姫を気にかけ、心配している印象があった。先刻、姫が倒れたときなんて泣き出すかと思ったくらいだ。
それが今は、彼女に心を預けたかのように満ち足りた表情で穏やかだった。姫も直接話しかけこそしなかったが、にこにことセイを見つめ、時折視線を交わす。
彼女のほっそりした左手首には、金鎖と、トランクに残されていた銀製の、2種類のブレスレットが重ね付けされている。あれは互いを繋ぐ魔道具で、本来ならば夫が妻に贈るものだ。邪推かもしれないが、ふたりの様子は、まるで仲睦まじい恋人同士が秘密を共有しているかに見えた。
なにかあったのかと邪推するほど。
ルーは今日手に入れた薬草のことで頭がいっぱいなのか、周りの様子には全く気付いていなかったが、目ざといアレクはふたりの変化に気づいているようだった。
デザートを終え、食後酒を飲みながらも、どうしてもふたりの様子が気になる。しかし理由を尋ねることはできなかった。
突然引っ張られたラジウスは、少し不満そうにしていたものの、何かあったのを察して文句を言わずについてきた。ドアを閉めると、ラジウスは慣れた様子で自分専用の木の丸椅子を持ちだし座る。俺も自分用の肘掛け椅子に座り、今日の出来事を話した。
「えー、媚薬? そんなオモシロイ事があったんですか?」
険しい顔で話し出した俺にラジウスは一瞬たじろいだが、すぐに人を食ったような笑みを浮かべた。ばかにされているようで、つい口をとがらせる。
「全然まったく面白くない。おかげで俺は姫の前で醜態をさらす羽目になった。本当にお前がやったんじゃないんだよな?」
「僕じゃないですよう。だって殿下が悶えてる様子なんか、ちっともまったく楽しくないじゃないですか。喜ぶのは一部の愛好家だけですって。僕だったら姫のほうに媚薬盛りますね。そっちのほうが絶っ対、見てて楽しいですもん。」
ついでに僕なら遠慮なくヤっちゃいますけどねー、と余計な一言も添えて。
あんまりな反論だったが、逆にそれゆえに信憑性があった。
「俺の行動を把握しているのなんて侍従であるお前か、訪問を知らされていた神殿の人間くらいなのに。」
「おっしゃるとおり神殿がきな臭くはありますが、、、皇太子派あたりが殿下に関係を持たせて婚姻を確実にさせたかった可能性もあるかと。」
殿下の予定だったら警備予定からある程度把握して、下級の神官を買収することもできなくないでしょうし、とのんびりと言う。
俺の異母兄に当たる皇太子には、いまだ婚約者がいない。本人は政略結婚をいやがっていて「好きな相手が見つかったら婚約する」と明言しているからだ。そこに筆頭皇妃の皇子である俺が、国内の有力貴族の令嬢と婚約でもすれば力関係が微妙になる。
だから皇太子派としては、俺が自国の貴族令嬢を選ばず他国の令嬢と婚姻したほうが都合が良い。さっさと既成事実を作ってしまえば安全というところか。
だとしても、このタイミングで行動に出るとも思えず不可解な点が残る。それとアリサ様が姫に向ける視線も気になった。状況を整理しようとしたところで、衛兵から客人を屋上に通したとの報告が入った。
衛兵が去った後で、ラジウスはこてりと首をかしげた。
「こんな時間に、なんでまた屋上なんて」
「姫が、マンドュラの花を見たいそうだ。元の・・・召喚前のアナスタシア嬢に思い出があるらしい。」
神殿で、確認のためトランクの中身を改めたときの姫の反応。本人は隠したかったようだが、ばればれだった。
あれらの品物は男から──おそらくはセイからの贈り物だ。
(好きでもない男との婚約が決まって、一体彼女はどんな気持ちだったんだろう)
自分の婚約者だった女性が他の男から貰った物ばかりを持ってきたことに、思うところがないとは言えない。しかし仕方がないと思った。
それよりも、意に染まぬ婚約だった証拠を突き付けられて、今更ながら思い知らされた。打算とあきらめで決めた婚約が、人ひとりの人生を狂わせてしまったということに。
*****
客人たちの最後の晩餐は、堅苦しいことを嫌うアレクの意向でセイやルー、おまけにラジウスも同席した、非常ににぎやかな場になった。宰相補佐のセイはともかく、正式な王族の晩餐に侍従や魔術師が同席することなど通常はありえない。しかし彼らにとってはいつものことなのか、他の連中も特に気にしていないようだった。
今夜のために用意したのは、キリル公国の郷土料理。スパイスの効いた煮込み料理、素材を活かしたサラダ、素朴な焼き菓子など、客人向けに多少アレンジはされているが地元でよく見かける料理ばかりだ。我が国は他国との交流が盛んなこともあり、料理にもその影響が表れている。伝統的な調理法が多い聖ルーシ王国と比べて目新しい食材も多く、味の変化も大きい。
この国ならではの食材・料理を体験してもらい、ひとつでも多くこの国に対して良い思い出を持ってもらいたかった。
神殿で食事したときも感じたが、姫は料理や素材に対して興味があるようだ。また食べることが好きなのか、興味深げに食材や調理法を質問しながら舌鼓を打っている。おいしそうに料理を口に運ぶ姿は、見ているだけで癒される。
同時に、姫と、向かいに座るセイとの様子がいやに気になった。
今までのセイは、冷静さを装いながらも常に保護者のごとく姫を気にかけ、心配している印象があった。先刻、姫が倒れたときなんて泣き出すかと思ったくらいだ。
それが今は、彼女に心を預けたかのように満ち足りた表情で穏やかだった。姫も直接話しかけこそしなかったが、にこにことセイを見つめ、時折視線を交わす。
彼女のほっそりした左手首には、金鎖と、トランクに残されていた銀製の、2種類のブレスレットが重ね付けされている。あれは互いを繋ぐ魔道具で、本来ならば夫が妻に贈るものだ。邪推かもしれないが、ふたりの様子は、まるで仲睦まじい恋人同士が秘密を共有しているかに見えた。
なにかあったのかと邪推するほど。
ルーは今日手に入れた薬草のことで頭がいっぱいなのか、周りの様子には全く気付いていなかったが、目ざといアレクはふたりの変化に気づいているようだった。
デザートを終え、食後酒を飲みながらも、どうしてもふたりの様子が気になる。しかし理由を尋ねることはできなかった。
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