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本編

96 キスと毒薬1

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わたしはイヴァンから振り払われた手を呆然と見つめた。正直、あんなふうに拒絶されるなんてショックだった。

(知らないうちに、なにか嫌がることでもしてしまったんだろうか)

ガタンっと馬車が大きく揺れる。目の前の黒髪も揺れた。

正面の相手に目を向けると、汗ばみ、息をするのも苦しそうなイヴァンと目が合い、直後に逸らされた。

「う・・・すまん。姫、頼むから近寄らないでくれ。恐らく薬を盛られた。どうか、あなたを・・・傷つけたくはない。」

顔を背け苦しそうに告げられたのは、考えていたものとは違う言葉だった。発汗、興奮、動悸。薬と濁してはいるが、見覚えがある症状は媚薬を盛られたという理解で間違いないだろう。

でも今日は朝からずっと一緒で、とくだん体調が悪い気配はなかった。飲食は、さきほど神殿で取ったっきりだ。

つまり彼ひとりが、神殿の食事に何か盛られたということになる。遅効性の薬という可能性もあるだろうが、薬の性質上、また自分の経験上、それは考えにくいように思えた。

誰が、何のために実行したのか、まったく想像できない。

馬車を止めたらどうかと提案したが、このまま屋敷に帰ったほうが良いと言う。確かにこれは休んだところで改善するわけでもない。

血が滲む手は、正気を保つために彼自身が爪を立てていたからだった。「意識が飛びそうになると襲い掛かりそうなんでな。」とイヴァンは苦い笑いをこぼす。

ラジウスから魔力を止める方法を教わっておいてよかった。もしアナスタシアの魅了の魔力が駄々洩れ状態のままだったら、この馬車内は大惨事だっただろう。

(どうしよう・・・)

重苦しい空気が馬車内に満ちる。爆弾を抱えて密室にいるみたいな緊張感といえば伝わるだろうか。中はそれほど広くないため、対角線上に寄ったとしてもそう距離は離れない。手を伸ばせばすぐに届く距離だ。

解毒薬なんて持ち合わせていないから、このまま熱が引くのを待つしかない。今までのやりとりでイヴァンに対して好意を持ったのは確かだが、さすがに「じゃあエッチしましょう」なんて言えるわけもない。馬車内でそういう行為をすることがあると聞いたことはあるが、そもそもこんなに揺れて狭く不安定なところでうまくやれる自信もない。

「あの・・あのね、苦しいのであれば、手で、しようか?」

とりあえず出すものを出してしまえば、落ち着くのではないか。そんな安易な提案だったが、わたしの言葉を聞いてイヴァンががばりと顔を上げた。目が、いつもと違ってぎらぎらとしている。飢えた獣が獲物を見つけたかのような色だった。

騎士らしく実直な彼が、今まで見たことがないような目でわたしを見ている。

いつもと違う表情を目の当たりにして、自分のなかに熱が灯った。わたしには媚薬の影響がないはずなのに、何かに強いられているように下半身が疼く。

「しなくていいから、少しだけ、触れてもいいだろうか?」

控えめな提案に対して、こくりと頷いた。

イヴァンは、しばらく手を空にさまよわせた後、おそるおそるといった体でわたしに熱い手が触れた。

右手が頬に触れ、左腕が腰をさらう。あっという間にイヴァンに抱え込まれた。鍛えられた騎士らしい肉体に触れ、心臓がはねる。

わずかでも逃がす気はないと知らしめるように、硬く絡まった腕はほどけない。

「ひぁっ・・。」

べろり、と生暖かい舌が首筋に触れ、思わず小さな声が漏れた。ざらざらとした舌が熱を押し付けるように首筋の上から下まで進み、いつの間にか彼の手によってはだけられた胸元にまで舌が伸びる。

「は・・・皮肉だな。まさかこんな形で、姫に触れられるなんて。」

熱のこもった吐息が漏れ、耳元で囁かれる。ごつごつした手が、わたしの熱を確認するかのように触れる。
あとは、箍が外れたかのように無心でからだじゅうを舐めまわされた。

掴みだすようにして晒された胸の頂に、熱い唇が触れる。ぢゅう、と音がするくらい強く吸われる。

「あ、んっ・・・。」

「声、出して。もっと、そういう声が聞きたい。・・・頼む。」

かすれたような声が耳元でした直後、耳の中に舌を入れられ、れろれろと舐られた。
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