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本編

66 舞踏会へようこそ1 【side アレクセイ】

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「はは・・・びっくりした。」

私は乾いた嗤いを零しつつ視線を逸らせた。

着飾ったシアは、あまりの美しさに一瞬言葉をなくすほどだった。ドレスは私の瞳に合わせた青で、薄く光沢がある最高級のシルク素材は彼女の見事な肢体を引き立てている。

豊かな胸から女性らしい腰のラインは神殿の女神像のように完璧な曲線だが、神秘的な金色の瞳と醸し出す雰囲気のせいで妖艶さよりもむしろ侵しがたい神々しさを感じる。

私ですら見惚れるくらいなのだから、他の男が彼女を見てどう思うかは言うまでもない。

(この姿を人目に晒すのは躊躇われるなあ)

ちらりと逡巡するが、彼女を公の場に出すと決めたのは自分だ。後には引けない。

持ってきた金色の鍵で、部屋に置いてある宝石箱を開けた。美しく輝くティアラを取り出してシアの頭に乗せる。鏡の前に連れていき、その姿を映して見せるとシアは目を瞬かせた。

「うわ・・・!すごい綺麗!こんな薔薇色のダイヤ初めて見た。こんな高価なものを借りるなんて余計緊張する・・・。」

「シアさえ望めば、ずっとそのティアラは君のものだよ。」

「いやいやいや、精神衛生上よろしくないので結構デス。。。」

「ふふ、そんな遠慮しなくてもいいのに。」

だんだん小さくなる声に、からかいを含んだ声で返事をする。

この子は欲がないなあ、と思う。
もともと恵まれた育ちなのだろう、所有欲があまりない。年頃の令嬢ならば皆欲しがるような流行最先端のドレスも、人気のアクセサリーもいらないという。

以前「必要経費だから好きなドレスを仕立てていいよ。」と言ったら、真面目な顔をして「わたしのいた世界では『身の丈に合う』という言葉があって、分不相応な生活は災いを招くんです。」と言い出したので驚いた。その理屈だと妃であるシアの身の丈に合わせてもっと着飾るべきだと思うけど、きっと困らせてしまうからそれ以上は言わなかった。

軽くかがんで、彼女の額に口づけて囁く。

「シア、我が最愛の妃。今夜君は私だけのもの。だから私のことだけを見て。」

私は至極普通に言葉をかけただけだが、彼女は「真顔でそんなこと言わないで・・・」と消え入るような声で答えた。見ると顔が真っ赤だ。あまりの初心さに即刻彼女を部屋に閉じ込めドレスを脱がしたい衝動にかられた。

この容姿でこの中身なのは、ある意味危険極まりない。

(早く手を打っておいてよかった)

本人には知らせていないが、先日ゴドノフ卿との養子縁組の手続きを終え、彼女はアナスタシア・サン・ゴドノフ令嬢となっている。

側妃という立場は法的に認められたものではなく、平たく言うと無契約の愛人関係でしかない。彼女の身を軽んじて狼藉を働く貴族がいる可能性もある。

しかし数々の武勲を立て宮廷内でも崇拝者が多いゴドノフ卿の養女という立場はかなりの抑止力になる。同時に大神官との縁も切れるし一石二鳥だ。

あとは私が溺愛しているさまを周囲に見せつければ牽制としては充分だろう。私がアナスタシア嬢に懸想して王宮に閉じ込めているという噂は既に広まっており信憑性もある。

今夜の大規模な舞踏会は、そのために用意した場だった。

シアは緊張しているのか、少し震えていた。左手で彼女の手を握ると、ほっと小さく息をついた。柔らかな手が私の手をきゅっと握り返す。

「大丈夫だよ。」

視線を合わせて小声で囁く。金色の瞳に光が宿った。

(さあ、舞踏会のはじまりだ)

舞踏会は、主催者である私とパートナーであるシアとのカドリールで幕を開けた。

ふたりで会場に足を踏み入れた途端、大きなどよめきが起きた。彼女の美しさにざわめくのもわかるが、それ以上に彼女の頭に輝くローズダイヤのティアラに驚いたのだろう。

これは代々王家に伝わるもので、王の伴侶のみが身に付ける「王妃の象徴」だ。この国の貴族であれば誰でも知っている。

それを彼女が身に付けて現れた意味。いっかいの側妃ではなく正妃に近い立場だとこの場にいる誰もが理解したはずだ(きっとわかっていないのは当人だけだ)。

ふたりきりのダンスが終わり、続けて全員が踊り出す。千人近くいる男女が一斉にワルツを踊るので、ぶつからないよう注意しながら動く。私もシアの腰を抱きながらステップを踏み、幾組ものペアとすれ違う。

時折彼女の美しさに目を奪われて放心した若い貴族が幾人か目に留まった。

忌々しくもあるが、逆にざまあみろという攻撃的な気持ちにもなった。どんなに懸想しても、既に彼女は私のものだ。いずれルーかセイに返すとしても、しばらくは私のモノ。その優越感にうっとりする。

ふわりとドレスの裾が翻る。私の瞳の色をあしらったドレスが彼女を美しく彩る。左手首には所有の証のブレスレット。こんな些細なことで喜ぶなんて馬鹿げていると思いながらも口元が緩む。

さあ、目に焼き付けろ。彼女の美しさを。つま先から髪の毛一筋まで私のものだ。

優雅に2曲続けて踊った後、彼女を休ませるために足を止めた。近くにいる侍従に飲み物を頼むと、待ちかねたようにセイが私の傍に寄った。

「陛下、なぜシアにティアラを。あれでは彼女が正妃だと・・・。」

「はったりだよ。別に正式に正妃にすると発表したわけではない。勝手に勘違いするのは皆の勝手だ。」

「しかし王宮の人間も含め、ほとんどの人間が勘違いするように仕向けていますよね。」

セイの抗議はもっともだ。ただでさえ側妃として世間の注目を集めるのに、それが正妃候補ともなれば更に危険も増す。彼女の安全を最優先するのであれば、この選択はすべきではないと言うのは正しい。

それに一度このような形で披露されてしまえばシアは簡単には役目を降りられなくなる。私の意図に気づいたからこそのセイの発言に、なんと答えようかと言葉を探す。

そのまま説教でも始まるかと覚悟していたら、突然会話が中断した。

「あ・・・。」

シアが何かに気づいて小さく声を上げたからだ。セイと同時に何があったのかと振り向くと、彼女の視線の先にはキリル公国の伝統的な衣装に身を包んだイヴァンとその侍従の姿があった。
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