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本編

63 依頼は早めに言うべきです

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セイの言葉はまるでプロポーズみたいで、すぐに返事をすることができなかった。

「今は返事はいりませんので、心に留めておいてくださいね。」と言ってくれたので、正直ほっとした。世の中突然プロポーズされて即返事ができるのは、既に相手と両想いで結婚を考えている人くらいだと思う。突然言われて決断できるような人はそうそういない。

気持ちを切り替えてシャワーを浴びてさっぱりしてから、ふたりで朝ご飯をゆっくりと食べることにした。セイはベッドの上で食べさせたがったけれど、どうにも落ち着かずテーブルで食べることを認めさせた(元日本人の反応としてはまっとうなはず)。膝に乗せたがったけれど、それもご遠慮いただいた。

(こんなにあまあまな人だったっけ???)

昨晩からセイはちょっとおかしい。

朝ご飯を運んできたメイドさんを早々に下がらせて、かいがいしくわたしの世話を焼く。

今着ている服だってセイが自分の好みで選んだものだ。暁の色みたいな、朱色とオレンジとイエローが絶妙に混ざったような複雑な色味のワンピース。袖にはふんだんにフリル。スカートはパニエを入れてふんわり広がっている。とても目を惹く、とても女の子っぽい可愛らしいデザインで・・・自分ならば決して選ばないであろう一着。

数ある服の中からこれを手に取られた時には「なぜこれを!」とおののいた。こういう可愛い服を着てもらいたかったんだろうなあ。でもわたしの体形は胸が大きいのでこういう服は太って見えるので避けたいのだ。

まあ今回限りだから、と割り切って着ているけど。

うっかりすると着替えまで手伝いそうな勢いだったので、丁重に辞退させていただいた。深窓のご令嬢ではないのでこれくらいなら自分で着れるのです。えへん。

目の前には、焼き立てとおぼしきクロワッサンと、小さくカットされたフルーツ、それにカフェオレが置かれている。それと満面の笑みを浮かべた美青年。

朝だと言うのに黒眼鏡、黒いシャツ、黒いスラックス。きっちりアイロンがかかったそれは昨日来ていた服とは明らかに違うもので、ちゃんと事前に用意されていたらしい。青みがかった髪はきっちりと整えられている。昨夜の乱れ方がうそみたいだ。

セイは普段は朝はコーヒーくらいだと言っていたが、わたしに付き合ってクロワッサンとフルーツを手に取った。

クロワッサンはバターのいい匂いがしてとてもおいしそうだ。大きめにちぎって口に入れると、ぱりぱりの表面と中のしっとりとした生地との調和で、とても幸せな気分になった。

「んん・・、おいしい。」

セイはそんなわたしの姿をにこにこと眺めている。

「こんな毎日が続けばいいのに。・・・いつもはひとりで食事を?」

「ううん、いつもはルーと一緒に食べることが多いかな。」

もぐもぐもぐ。咀嚼し終えるのを待ってから返事をする。カフェオレをひとくち。砂糖は入れずにミルクたっぷりのやつ。

「これからは不公平がないように順番に朝食を食べれるようにしましょう。」

「みんなで食べればいいんじゃないの?大勢のほうが楽しいし。」

わたしの提案には、ちょっと眉根を寄せて返事をしなかった。

とりとめもない話をしながら朝食を食べていると、先ぶれなしにアレクとルーがやってきた。相変わらず他のお供はいない。自由な人だ。優雅な足取りでこちらへ向かってくる。

ルーはいつもの笑顔はなく、むすっとした顔で入口に立ったまま動かなかった。

さっとセイが椅子から立ち上がり、礼をする。わたしも同じようにしなくてはと思って立ち上がろうとすると、アレクが手で軽く制した。

「いいよ、そのまま食べていて。突然すまないね。」

「陛下、こんな時間にどうされましたか? わざわざ足をお運びいただかなくても急ぎの用でしたら私が伺いましたのに。」

少し非難がましい視線でセイが答えた。王様相手にばっさり言うなあ、と他人事のように眺めていたら、アレクはくるりとこちらを向いて笑った。

「ああ、用があるのは君のほう。」

「・・・はい?」

のんきに手を拭いていたら、こちらに矛先が向いた。

「突然だけど、3日後に舞踏会でお披露目するからよろしくね。」

「ええ?朝イチで言うことですか、それ。急すぎると思うんですけど。」

溺愛設定のため人前にはおいそれと出さないって言ってなかったっけ? 方針転換したんだろうか。
いずれにしても3日後というのは急すぎる。何とかなると思うけど。

心を落ち着かせるために、ごくり、とカフェオレを飲んだ。

ええとですね、なんというか・・・なんとなくだけど、今朝目覚めたら「うまく」気がしたんだよね。

今までとは、ちがう。なんというか、不思議と腑に落ちた感覚。

これまでアナスタシアの記憶とわたしの意識はばらばらで違和感があったんだけど、それがうまく整理できた感じ。

強いて言うと、ふたりの意識が融合したみたいな感じ、かな。

だから今はアナスタシアが持っていたスキルはすべて活用できる気がしている。根拠はないけど急な舞踏会も対応できそうな。

(でもまだ教えてあげない)

いずれにしても朝イチで無茶なことを言い出した雇用主に恨みがましい目を向ける。視線に気づいたのか、アレクがごまかすように笑った。美形だからって笑顔でごまかせると思ったら大間違いだ。

「ごめんごめん、事情が変わってね。うまくできたらご褒美に街を案内してあげるから許してくれないかな?」

「え?街?行きたい!」

「シア・・・そこで折れるのもどうかと思うのですが。」

諫めるようなセイの発言を聞いて、アレクはぱちくりと目を瞬いた。戸口に立ったままだったルーはびくりと反応して、おそろしく不機嫌な顔をしてこちらを睨む。ただならぬ雰囲気にびくびくするが、ほかのふたりは全く気にしていない。

「なにそれセイもシアって呼んでるの?いいなー、私もシアって呼んでいいよね?」

アレクが軽口をたたくと、溜息をついてセイがアレクを座らせた。ミルクなしのコーヒーを注いでそっと置く。アレクは毒見もせずに当然のように口を付けた。
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