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本編

33 王に捧げる愛への祈り【side マルガレーテ】

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先日、アナスタシア様を陛下の私室にお連れするよう言われたとき、私は感無量のあまり涙ぐみそうになりました。

・・・あ、突然失礼いたしました。私は王宮に女官として長年仕えておりますマルガレーテと申します。もちろんアレクセイ陛下のことも、お小さいころから存じていますとも。

王宮に勤め始めたのは夫が亡くなった翌年の26歳のこと。陛下の母君であるキアナ様と歳が近かったこともあり、おふたりの世話係を拝命したのが最初です。

しかしキアナ様は出産後に体調を崩され、療養の甲斐なくそのまま数年で儚くなられました。その後は母親の愛情を知らない陛下を、僭越ながらわが子のように愛情をもって精一杯お仕えいたしました。

陛下(当時は殿下ですが)は、お小さい頃から大変美しく利発であられたので、同世代の令嬢がいる貴族はこぞって婚約者に据えようと躍起になっていたのを覚えております。陛下は幾人もの令嬢とお会いしましたが、心を動かされた方はいなかったようでした。

「着飾って浪費する妃など不要だ。それならば等身大の人形でも横に置くよ。」

キアナ様の面影を残した顔立ちで、誰もが見惚れる美しい笑顔でしたが、おっしゃっている内容はあんまりな内容でした。そのとき「なにかおかしいな」と感じた違和感は、徐々に大きなシミのように私の心に広がっていったのです。

陛下が女性を対等な相手として、また人生を共に過ごす相手として、まったく認めてはいないのは徐々にわかりました。生理的な欲求を満たすためだけの道具、と思っているフシすらありました。

父君である先代様は色に溺れたと言いますか、美しいと評判のご令嬢を次々と側妃として召しては公にはできないような行為を強要される方でした。渡来物のいかがわしい薬を盛ったり、道具でお相手を責め立てて愉しまれたと聞きます。その姿を見て何か思うところがあったのかもしれません。

即位後も陛下は変わらずお妃様を娶らず、遠縁の女性とお過ごしになるか、時折王侯貴族専門の娼婦を呼ばれる程度でした(ただし女性の側から誘われた場合は、その限りではありません)。

「女性を抱くとね、ささくれだった心が落ち着く気がするんだよ。」

そう言って、乱れた衣服のままへにゃりと笑われる表情は、いつも見るお顔よりも少しだけ頼りなく見えました。

周りには決して気取られまいとされていましたが、陛下は悪夢にうなされて眠れない夜もたびたびでした。そのようなときには、決まって女性の元へと赴きます。

しかし、今までご自分の私室に女性を入れたことは決してありませんでした。王の寵愛を得たと勘違いされるのを防ぐためでもあり、ご自身のプライベートには関わらせないというお気持ちの表れでもあったのでしょう。

為政者としては正しい行動かもしれませんが、ひとりの人間としては寂しすぎます。どんなに美しくても、魔力に恵まれても、高貴な生まれでも、まったく幸せには見えないのです。誰か、この孤独な心を癒してくれる女性と出会ってほしいと、切に願っておりました。

そのような陛下が、私室に女性を招くので案内してほしいとおっしゃるのです。お相手がどんなに悪評のある方であっても陛下が望むのであれば構いません。「ついに、このときが。」とこみあげてくるものがありました。

初めてお会いしたアナスタシア様は、噂とは程遠い、大変かわいらしい方でした。「陛下にお任せすれば心配ないですから。」とお声がけさせていただくと、ぱちりとまばたきし、きょとんとした顔をされました。王の私室に呼ばれる意味がわからない様子です。

さすがに部屋に2人きり、というのはアナスタシア様のお立場を慮ると眉を顰めざるをえませんでしたが、陛下は決して無体なことはされないと信じて、静かにドアを閉めました。




翌日、朝のお支度でお部屋に伺ったときに、「昨日はアナスタシア様と楽しい時間をお過ごしになられたのですか?」と尋ねると、陛下は、

「いや、女性に好かれる対応をしたはずなんだけど、途中で逃げられちゃってね。」

と残念そうにおっしゃっていました。

本日は早朝から会議があるので、手早く真っ白なシルクのシャツとスーツの上下を用意します。自分ではなにひとつできない貴族も多い中、陛下はほとんどご自身でお支度をされるので、私がお手伝いするのは最小限です。

ネクタイを選ぶ手を止めて、つい責めるような口調になってしまいました。

「まさかひどい言葉で傷つけたのではないでしょうね?恐れながら、女性はチェスの駒ではないんですからね。」

「うーーーん、自分の正義を押し付けるなって怒られたよ。」

すべてにおいて非の打ち所がない陛下ではありますが、唯一の欠点ともいえるのが「他人の気持ちがわからないこと」です。育ち方が育ち方だったので、仕方がないことかとは思いますが。。。

「とりあえずアナスタシア様に贈り物をしましょう。金細工にサファイヤをあしらったブレスレットなどはいかがですか?」

私がそうアドバイスをすると、首をかしげて不思議そうな顔をされました。

「そんなもので女性は機嫌が直るもの?彼女は装飾品には興味がなさそうだったよ。」

「もうっ、そういうことではないのです!ご自身の髪と瞳の色をあしらったアクセサリーを贈るということは、それだけ陛下の本気度合いを示すものです。大輪の薔薇の花束と共に火急的速やかに!ご手配ください。」

国を治めることや貴族をあしらうことにはあれだけ長けているのに、こと女性に対しては恐ろしく無知(無関心とも言います)なことを嘆きながら、頭の中でどの宝飾店に発注しようかと頭を巡らせました。

「あ、とりあえず早く手元に届けてくれるとうれしいかな。プロポーズするときに渡したいから。」

「え????」

いいことを思いついたとでも言わんばかりの笑顔で陛下が告げたのを聞いて、私は自分の耳を疑いました。しかし私に嘘をつく必要はまったくなく、本心と思ってよいのでしょう。



(・・・神様、私の敬愛するアレクセイ陛下が愛する女性と一緒にいられるよう、お力をお貸しください。これからの時間を、どうか幸せな気持ちでお過ごしいただけますように。)


そして、私は繊細な手仕事で有名な王都屈指の某宝飾店へ連絡しようと決心し、部屋を辞しました。
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