上 下
10 / 133
本編

10 私はあなたの犬がいい2 【side セイ】

しおりを挟む
鮮やかな赤のドレスを着た令嬢は、気づかわしそうな表情を作りつつ私に近づいてくる。しかし直前に私の様子を見て、ニタリと嫌な笑みを浮かべたのを、遠目からでも見逃さなかった。

(まさか、この女が・・・?)

他国の皇族が出席するような場で、一服盛るなど正気の沙汰とも思えない。ただ状況と動機を考えると、彼女は限りなく疑わしかった。


「まあ、ゼレノイ様。お加減がよろしくないようですわ。外の空気を吸われてはいかがですか?」

気味が悪い笑顔を貼り付けたまま、その令嬢は介抱するかのように私の背中に触れた。今の状態で女性に触れられるのはさすがにまずいと思うのと同時に、滾る欲を散らす相手として利用したいという打算が頭をよぎる。

たとえ、それが相手の思うつぼだとわかってはいても。

彼女と一緒にこのまま外へ出てしまおうと思った矢先、後ろから強い清廉な魔力の気配を感じて我に返った。続いて美しい声が耳に入る。

「失礼、わたくし、少し疲れてしまいましたの。休める部屋へ案内していただけませんこと?」

振り返ると、くだんのアナスタシア嬢がにこりと笑みを浮かべていた。

私に触れようとした令嬢は一瞬いやな顔をしたものの、すぐにぼーっと呆けたようにアナスタシア嬢を見つめたままになった。

(ああ、彼女はたしか魅了の魔力を持っていたか)

私自身も呆けながら、半ば無意識にアナスタシア嬢をエスコートするために腕を差し出す。彼女の黄金に輝く瞳から目を逸らすことなどできなかった。魔力耐性のある私でさえこの状態なのだから、普通の令嬢などひとたまりもないだろう。

ホールではざわりと好奇な視線が2人を取り囲んでいたが、彼女はそんなことは構わずに、するりと私の腕に自身の腕を絡ませた。そのままゆっくりとホールを離れ、廊下へ出る。

冷たい空気が顔に触れ、少しだけ頭が冷える。それでもすぐ隣から発する魅了の強い魔力に引きずられて、考える力が失われる。

冷静な判断ができないまま、言われるがままにホールの横にある小部屋に入った。ここは男女の密会場所として使われる場所で、事に及べるよう奥には大きめのソファーがある。

部屋に入ると、アナスタシア嬢はふう、と息を吐いて私を見た。瞬間、ぼんやりと靄がかかったかのような頭がすっきりする。

彼女は真正面に立ち、見上げながら私の首元のタイを緩めた。

ぱちん、と魔力に支配された体が解放された瞬間、忘れていた欲の感覚が戻る。

私は触れる彼女の身体に反応しないようにするのが精一杯だったが、彼女はお構いなしに私の身体をソファーへ沈めた。

「いま薬を差し上げますから、ソファーへおかけになって。」

なぜ都合よく薬など持っているのか。まさか彼女が一服盛ったのかと疑いの目を向けると、うっそりとした笑みを向けられた。

「誤解しないでくださいませ。私もその媚薬は飲まされた経験がありますの。解毒薬を持っていますので差し上げますわ。」

そういいながら、手ずから水差しの水をグラスに注ぎ、小さなケースから取り出した深緑色をした丸薬を差し出した。

「・・・その言葉を信じていいのでしょうか。」

「飲む、飲まないは貴方の勝手よ。人を疑って苦しい思いをしようと構わないけど。」

あきれたようにため息をついて、少し砕けた口調になる。彼女のイメージとは少し違うが、こちらが素なのかもしれない。

丸薬を水で流し込むと、少しずつ熱が引いていくのを感じた。同時に脱力感に襲われ──意識が遠くなった。





(なんだろう・・・このやわらかい感触)

時間にしては数分だったかもしれないが眠ってしまったようだ。気が付くとソファーで彼女に膝枕されていた。その間、アナスタシア嬢は何も言わずに私の頭を撫でていた。やわらかい感触とは、ドレス越しから感じる彼女の肌だと気づく。こんな密室で2人きり、そしてこの態勢はさすがにまずいだろう。

「・・・あの、起き上がりたいのですが。」

頭は動かさずに彼女と目を合わせて控えめに言う。見上げた先の魅惑的な胸元は、媚薬が抜けた今でも目に毒だと思いながら。

「あら、残念。せっかくの手触りだったのに。」

妖艶に微笑みながら彼女が笑う。近くで見るといっそう美しい。

「わたくし、ずっと黒い毛並みの犬を飼いたいと思っていましたの。貴方、私の犬になりませんこと?」

「は・・・犬、ですか?」

「ええ、もちろん大事にすると約束するわ。退屈させないし、きっと満足させてあげられるから。」

初対面の、しかも名前も知らない男に、よりにもよって犬になれとはどういうことか。思いもよらない発言にぽかんとするが、彼女はいたって本気らしい。

あまりにも突飛でばかばかしい誘いだからこそ、どうにも抗いがたい魅力を感じて一蹴できなかった。

確かにこの美しい人に愛でられれば、しばらくの間は退屈しないだろう。今までのように不特定多数の相手と付き合うよりも安全でもある。何より私を満足させてくれるという言葉に惹かれる。

(このことを知ったら、父や、、、陛下はなんて思うだろうか)

考えると愉快で、思わずくすくすと笑いだしてしまった。誰かに飼われる人生なんて考えたこともなかった。うん、悪くない。

「大事にしてくださいね。ご主人さま。」

私は極上の笑みを浮かべ、白く細い手を取りうやうやしく口づける。

――そうして、私は彼女の犬になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

異世界の学園で愛され姫として王子たちから(性的に)溺愛されました

空廻ロジカ
恋愛
「あぁ、イケメンたちに愛されて、蕩けるようなエッチがしたいよぉ……っ!」 ――櫟《いちい》亜莉紗《ありさ》・18歳。TL《ティーンズラブ》コミックを愛好する彼女が好むのは、逆ハーレムと言われるジャンル。 今夜もTLコミックを読んではひとりエッチに励んでいた亜莉紗がイッた、その瞬間。窓の外で流星群が降り注ぎ、視界が真っ白に染まって…… 気が付いたらイケメン王子と裸で同衾してるって、どういうこと? さらに三人のタイプの違うイケメンが現れて、亜莉紗を「姫」と呼び、愛を捧げてきて……!?

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

転生お姫様の困ったお家事情

meimei
恋愛
前世は地球の日本国、念願の大学に入れてとても充実した日を送っていたのに、目が覚めたら 異世界のお姫様に転生していたみたい…。 しかも……この世界、 近親婚当たり前。 え!成人は15歳なの!?私あと数日で成人じゃない?!姫に生まれたら兄弟に嫁ぐ事が慣習ってなに?! 主人公の姫 ララマリーアが兄弟達に囲い込まれているのに奮闘する話です。 男女比率がおかしい世界 男100人生まれたら女が1人生まれるくらいの 比率です。 作者の妄想による、想像の産物です。 登場する人物、物、食べ物、全ての物が フィクションであり、作者のご都合主義なので 宜しくお願い致します。 Hなシーンなどには*Rをつけます。 苦手な方は回避してくださいm(_ _)m エールありがとうございます!! 励みになります(*^^*)

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

最愛の番~300年後の未来は一妻多夫の逆ハーレム!!? イケメン旦那様たちに溺愛されまくる~

ちえり
恋愛
幼い頃から可愛い幼馴染と比較されてきて、自分に自信がない高坂 栞(コウサカシオリ)17歳。 ある日、学校帰りに事故に巻き込まれ目が覚めると300年後の時が経ち、女性だけ死に至る病の流行や、年々女子の出生率の低下で女は2割ほどしか存在しない世界になっていた。 一妻多夫が認められ、女性はフェロモンだして男性を虜にするのだが、栞のフェロモンは世の男性を虜にできるほどの力を持つ『α+』(アルファプラス)に認定されてイケメン達が栞に番を結んでもらおうと近寄ってくる。 目が覚めたばかりなのに、旦那候補が5人もいて初めて会うのに溺愛されまくる。さらに、自分と番になりたい男性がまだまだいっぱいいるの!!? 「恋愛経験0の私にはイケメンに愛されるなんてハードすぎるよ~」

処理中です...