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本編
10 私はあなたの犬がいい2 【side セイ】
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鮮やかな赤のドレスを着た令嬢は、気づかわしそうな表情を作りつつ私に近づいてくる。しかし直前に私の様子を見て、ニタリと嫌な笑みを浮かべたのを、遠目からでも見逃さなかった。
(まさか、この女が・・・?)
他国の皇族が出席するような場で、一服盛るなど正気の沙汰とも思えない。ただ状況と動機を考えると、彼女は限りなく疑わしかった。
「まあ、ゼレノイ様。お加減がよろしくないようですわ。外の空気を吸われてはいかがですか?」
気味が悪い笑顔を貼り付けたまま、その令嬢は介抱するかのように私の背中に触れた。今の状態で女性に触れられるのはさすがにまずいと思うのと同時に、滾る欲を散らす相手として利用したいという打算が頭をよぎる。
たとえ、それが相手の思うつぼだとわかってはいても。
彼女と一緒にこのまま外へ出てしまおうと思った矢先、後ろから強い清廉な魔力の気配を感じて我に返った。続いて美しい声が耳に入る。
「失礼、わたくし、少し疲れてしまいましたの。休める部屋へ案内していただけませんこと?」
振り返ると、くだんのアナスタシア嬢がにこりと笑みを浮かべていた。
私に触れようとした令嬢は一瞬いやな顔をしたものの、すぐにぼーっと呆けたようにアナスタシア嬢を見つめたままになった。
(ああ、彼女はたしか魅了の魔力を持っていたか)
私自身も呆けながら、半ば無意識にアナスタシア嬢をエスコートするために腕を差し出す。彼女の黄金に輝く瞳から目を逸らすことなどできなかった。魔力耐性のある私でさえこの状態なのだから、普通の令嬢などひとたまりもないだろう。
ホールではざわりと好奇な視線が2人を取り囲んでいたが、彼女はそんなことは構わずに、するりと私の腕に自身の腕を絡ませた。そのままゆっくりとホールを離れ、廊下へ出る。
冷たい空気が顔に触れ、少しだけ頭が冷える。それでもすぐ隣から発する魅了の強い魔力に引きずられて、考える力が失われる。
冷静な判断ができないまま、言われるがままにホールの横にある小部屋に入った。ここは男女の密会場所として使われる場所で、事に及べるよう奥には大きめのソファーがある。
部屋に入ると、アナスタシア嬢はふう、と息を吐いて私を見た。瞬間、ぼんやりと靄がかかったかのような頭がすっきりする。
彼女は真正面に立ち、見上げながら私の首元のタイを緩めた。
ぱちん、と魔力に支配された体が解放された瞬間、忘れていた欲の感覚が戻る。
私は触れる彼女の身体に反応しないようにするのが精一杯だったが、彼女はお構いなしに私の身体をソファーへ沈めた。
「いま薬を差し上げますから、ソファーへおかけになって。」
なぜ都合よく薬など持っているのか。まさか彼女が一服盛ったのかと疑いの目を向けると、うっそりとした笑みを向けられた。
「誤解しないでくださいませ。私もその媚薬は飲まされた経験がありますの。解毒薬を持っていますので差し上げますわ。」
そういいながら、手ずから水差しの水をグラスに注ぎ、小さなケースから取り出した深緑色をした丸薬を差し出した。
「・・・その言葉を信じていいのでしょうか。」
「飲む、飲まないは貴方の勝手よ。人を疑って苦しい思いをしようと構わないけど。」
あきれたようにため息をついて、少し砕けた口調になる。彼女のイメージとは少し違うが、こちらが素なのかもしれない。
丸薬を水で流し込むと、少しずつ熱が引いていくのを感じた。同時に脱力感に襲われ──意識が遠くなった。
(なんだろう・・・このやわらかい感触)
時間にしては数分だったかもしれないが眠ってしまったようだ。気が付くとソファーで彼女に膝枕されていた。その間、アナスタシア嬢は何も言わずに私の頭を撫でていた。やわらかい感触とは、ドレス越しから感じる彼女の肌だと気づく。こんな密室で2人きり、そしてこの態勢はさすがにまずいだろう。
「・・・あの、起き上がりたいのですが。」
頭は動かさずに彼女と目を合わせて控えめに言う。見上げた先の魅惑的な胸元は、媚薬が抜けた今でも目に毒だと思いながら。
「あら、残念。せっかくの手触りだったのに。」
妖艶に微笑みながら彼女が笑う。近くで見るといっそう美しい。
「わたくし、ずっと黒い毛並みの犬を飼いたいと思っていましたの。貴方、私の犬になりませんこと?」
「は・・・犬、ですか?」
「ええ、もちろん大事にすると約束するわ。退屈させないし、きっと満足させてあげられるから。」
初対面の、しかも名前も知らない男に、よりにもよって犬になれとはどういうことか。思いもよらない発言にぽかんとするが、彼女はいたって本気らしい。
あまりにも突飛でばかばかしい誘いだからこそ、どうにも抗いがたい魅力を感じて一蹴できなかった。
確かにこの美しい人に愛でられれば、しばらくの間は退屈しないだろう。今までのように不特定多数の相手と付き合うよりも安全でもある。何より私を満足させてくれるという言葉に惹かれる。
(このことを知ったら、父や、、、陛下はなんて思うだろうか)
考えると愉快で、思わずくすくすと笑いだしてしまった。誰かに飼われる人生なんて考えたこともなかった。うん、悪くない。
「大事にしてくださいね。ご主人さま。」
私は極上の笑みを浮かべ、白く細い手を取りうやうやしく口づける。
――そうして、私は彼女の犬になった。
(まさか、この女が・・・?)
他国の皇族が出席するような場で、一服盛るなど正気の沙汰とも思えない。ただ状況と動機を考えると、彼女は限りなく疑わしかった。
「まあ、ゼレノイ様。お加減がよろしくないようですわ。外の空気を吸われてはいかがですか?」
気味が悪い笑顔を貼り付けたまま、その令嬢は介抱するかのように私の背中に触れた。今の状態で女性に触れられるのはさすがにまずいと思うのと同時に、滾る欲を散らす相手として利用したいという打算が頭をよぎる。
たとえ、それが相手の思うつぼだとわかってはいても。
彼女と一緒にこのまま外へ出てしまおうと思った矢先、後ろから強い清廉な魔力の気配を感じて我に返った。続いて美しい声が耳に入る。
「失礼、わたくし、少し疲れてしまいましたの。休める部屋へ案内していただけませんこと?」
振り返ると、くだんのアナスタシア嬢がにこりと笑みを浮かべていた。
私に触れようとした令嬢は一瞬いやな顔をしたものの、すぐにぼーっと呆けたようにアナスタシア嬢を見つめたままになった。
(ああ、彼女はたしか魅了の魔力を持っていたか)
私自身も呆けながら、半ば無意識にアナスタシア嬢をエスコートするために腕を差し出す。彼女の黄金に輝く瞳から目を逸らすことなどできなかった。魔力耐性のある私でさえこの状態なのだから、普通の令嬢などひとたまりもないだろう。
ホールではざわりと好奇な視線が2人を取り囲んでいたが、彼女はそんなことは構わずに、するりと私の腕に自身の腕を絡ませた。そのままゆっくりとホールを離れ、廊下へ出る。
冷たい空気が顔に触れ、少しだけ頭が冷える。それでもすぐ隣から発する魅了の強い魔力に引きずられて、考える力が失われる。
冷静な判断ができないまま、言われるがままにホールの横にある小部屋に入った。ここは男女の密会場所として使われる場所で、事に及べるよう奥には大きめのソファーがある。
部屋に入ると、アナスタシア嬢はふう、と息を吐いて私を見た。瞬間、ぼんやりと靄がかかったかのような頭がすっきりする。
彼女は真正面に立ち、見上げながら私の首元のタイを緩めた。
ぱちん、と魔力に支配された体が解放された瞬間、忘れていた欲の感覚が戻る。
私は触れる彼女の身体に反応しないようにするのが精一杯だったが、彼女はお構いなしに私の身体をソファーへ沈めた。
「いま薬を差し上げますから、ソファーへおかけになって。」
なぜ都合よく薬など持っているのか。まさか彼女が一服盛ったのかと疑いの目を向けると、うっそりとした笑みを向けられた。
「誤解しないでくださいませ。私もその媚薬は飲まされた経験がありますの。解毒薬を持っていますので差し上げますわ。」
そういいながら、手ずから水差しの水をグラスに注ぎ、小さなケースから取り出した深緑色をした丸薬を差し出した。
「・・・その言葉を信じていいのでしょうか。」
「飲む、飲まないは貴方の勝手よ。人を疑って苦しい思いをしようと構わないけど。」
あきれたようにため息をついて、少し砕けた口調になる。彼女のイメージとは少し違うが、こちらが素なのかもしれない。
丸薬を水で流し込むと、少しずつ熱が引いていくのを感じた。同時に脱力感に襲われ──意識が遠くなった。
(なんだろう・・・このやわらかい感触)
時間にしては数分だったかもしれないが眠ってしまったようだ。気が付くとソファーで彼女に膝枕されていた。その間、アナスタシア嬢は何も言わずに私の頭を撫でていた。やわらかい感触とは、ドレス越しから感じる彼女の肌だと気づく。こんな密室で2人きり、そしてこの態勢はさすがにまずいだろう。
「・・・あの、起き上がりたいのですが。」
頭は動かさずに彼女と目を合わせて控えめに言う。見上げた先の魅惑的な胸元は、媚薬が抜けた今でも目に毒だと思いながら。
「あら、残念。せっかくの手触りだったのに。」
妖艶に微笑みながら彼女が笑う。近くで見るといっそう美しい。
「わたくし、ずっと黒い毛並みの犬を飼いたいと思っていましたの。貴方、私の犬になりませんこと?」
「は・・・犬、ですか?」
「ええ、もちろん大事にすると約束するわ。退屈させないし、きっと満足させてあげられるから。」
初対面の、しかも名前も知らない男に、よりにもよって犬になれとはどういうことか。思いもよらない発言にぽかんとするが、彼女はいたって本気らしい。
あまりにも突飛でばかばかしい誘いだからこそ、どうにも抗いがたい魅力を感じて一蹴できなかった。
確かにこの美しい人に愛でられれば、しばらくの間は退屈しないだろう。今までのように不特定多数の相手と付き合うよりも安全でもある。何より私を満足させてくれるという言葉に惹かれる。
(このことを知ったら、父や、、、陛下はなんて思うだろうか)
考えると愉快で、思わずくすくすと笑いだしてしまった。誰かに飼われる人生なんて考えたこともなかった。うん、悪くない。
「大事にしてくださいね。ご主人さま。」
私は極上の笑みを浮かべ、白く細い手を取りうやうやしく口づける。
――そうして、私は彼女の犬になった。
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