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伍場 三
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夕映えの四条通り。行きかう人は途切れることなく通りの往来に色を添える。東の空は闇が広がりすぐそこまで来ている精の支配する時を暗示している。
吉右衛門は四条通りから鴨川の河原に下りて、しばらくの間、間断なく続く水の流れに見入っていた。
「靜華に楽な暮らしをさせられると思ったのだが……難しいものだなぁ……」
川の中に手を入れて水をいじっていたが、それで何かになるわけでもなく、意外に肌寒い河原に吹く風を恨めしく感じていた。
「おい。お前」
誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り返ると。
そこには誰もいない。男の声がしたような気がしたのだが。しかし、
「ここだ。目の前だ。いつもお前たちが精退治いているように集中して見ろ。」
またしても同じ声で聞こえてきた。
目の前の空間が歪んで見える。目を凝らす吉右衛門はその歪みに半透明の物体がいるまでは認識出来てきた。
吉右衛門は川の上の反対側の景色。夕暮れが近づき家路へと向かう人や僧侶、旅人を見ていたがその手前、もっと言えば自分の目の前に半透明の何かが蠢いているように感じている。
「あぁ。なんだろうな。いるな」
「そうか、もう少し集中せんか!」
声の主が語気を荒らげている。
「そうだな……」
正直、上の空の吉右衛門がやれやれと立ち上がり二、三お尻を叩いて砂を落としてから、太刀の柄に手を置き一気に集中力を高めてきた。
「おいおい、斬るなよ」
声の主が吉右衛門の纏う空気が殺気じみてきたことを感じ取り牽制の声を掛けてきた。
空間が歪む。景色が歪む。空間が混ざると言えばいいのか。
刹那、吉右衛門の眼前に青銀色の鱗を纏った巨大な竜が現れる。
竜の巨大な体躯はとぐろを巻くように吉右衛門の眼前に現れ、時折、稲妻の様な金色の火花を体躯のあちこちから発している。体躯は宙に浮き黄色の目で吉右衛門を凝視いている。
大きさは太さが3m程、長さはとぐろを巻いているのでうかがい知る事が出来ないが川向う迄、尾の先端が行っていることを考えれば20、30mあても不思議ではない。
体躯には鋭い爪のついた手足が生え、頭の後方には角がある。たてがみの様に頭部の後方から身体の上部にかけて金色の毛が逆立って生えていた。
「やっと見えたか?」
口を開けて会話はしないようだ。脳に直接語りかけている理由はこれか。
「ああ、おかげさまで見える様ななったぜ。それにしてもお前、こんな人通りの多いところに現れてどうするつもりだ?」
吉右衛門は既に刀の柄から手を放して竜に正対いている。
「お前にしか見えておらんよ。安心しろ」
身体から金色の火花を発生させ、時折とぐろの形を変えてくる。
「それで?お前は何者だ?」
「何者か?この通りの竜神だ」
表情はうかがい知しりようがない。しかし、声の抑揚はある。そこから、感情は読み取れるだろう。
「今日はお前たちの仕事ぶりに礼を言いたくてな。わざわざ来てやった」
「何の嫌味だ。お前に俺の仕事がどんな風に関係するのかぜひお教え願いたいものだ」
「まったく……この俺は神なのだぞ。少しは驚いたらどうだ」
「あぁ。神ね。毎日の様に新しい神モドキを送ってるからな。もうその程度では驚かんよ。それにそれをしているのは俺の相棒の方だ。礼ならあいつに言ってやってくれ。きっと大喜びする」
吉右衛門がいつもの半笑いで答える。
「そうか? わかった。お前の宝物に礼を言って帰るとするか。今日はその宝物が帰らぬ理由を見に来たのだ。そうなのか……お前なのか」
水中に半透明で浮遊する大型の想像上の存在、竜。それが目の前に現れ理解を超えたへ理屈を吉右衛門に投げかけてくる。竜は表情などと呼べるものは、伺い知れないが、吉右衛門には竜が何か納得がいったように思えて仕方がなかった。それは、それほど良い事ではなさそうな予感がした。
吉右衛門の表情が陰る。
「おい、竜神様よ。帰らぬ理由ってどういう事だ?」
「ああ、そういう事だろ?他に表現があるのか?いずれにしても、巫女をお守りするのがお前の役目だ。それに見合った力が欲しいと思えば望め。そしてそれに向かって精進するのだ。その思いが強ければこの俺がまたこうして直々にお前を助けに来てやろう。今日はそれが言いたくてわざわざはせ参じたまでよ」
「恩着せがましいな。靜華は俺がいなくても最強だよ。安心しな」
「さぁ、それはどうかな。お前がいるから強くなれるのかも。知れないぞ。んはははははは」
「ふん。竜も笑うのかよ」
何だか、いやな気がした。ずっと吹かれていた川風のせいでもあるまい。体の芯から悪寒が突き上げてくる。とにかく、屋敷へと急ぎ戻り、靜華の顔が見たくなった吉右衛門であった。
吉右衛門は四条通りから鴨川の河原に下りて、しばらくの間、間断なく続く水の流れに見入っていた。
「靜華に楽な暮らしをさせられると思ったのだが……難しいものだなぁ……」
川の中に手を入れて水をいじっていたが、それで何かになるわけでもなく、意外に肌寒い河原に吹く風を恨めしく感じていた。
「おい。お前」
誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り返ると。
そこには誰もいない。男の声がしたような気がしたのだが。しかし、
「ここだ。目の前だ。いつもお前たちが精退治いているように集中して見ろ。」
またしても同じ声で聞こえてきた。
目の前の空間が歪んで見える。目を凝らす吉右衛門はその歪みに半透明の物体がいるまでは認識出来てきた。
吉右衛門は川の上の反対側の景色。夕暮れが近づき家路へと向かう人や僧侶、旅人を見ていたがその手前、もっと言えば自分の目の前に半透明の何かが蠢いているように感じている。
「あぁ。なんだろうな。いるな」
「そうか、もう少し集中せんか!」
声の主が語気を荒らげている。
「そうだな……」
正直、上の空の吉右衛門がやれやれと立ち上がり二、三お尻を叩いて砂を落としてから、太刀の柄に手を置き一気に集中力を高めてきた。
「おいおい、斬るなよ」
声の主が吉右衛門の纏う空気が殺気じみてきたことを感じ取り牽制の声を掛けてきた。
空間が歪む。景色が歪む。空間が混ざると言えばいいのか。
刹那、吉右衛門の眼前に青銀色の鱗を纏った巨大な竜が現れる。
竜の巨大な体躯はとぐろを巻くように吉右衛門の眼前に現れ、時折、稲妻の様な金色の火花を体躯のあちこちから発している。体躯は宙に浮き黄色の目で吉右衛門を凝視いている。
大きさは太さが3m程、長さはとぐろを巻いているのでうかがい知る事が出来ないが川向う迄、尾の先端が行っていることを考えれば20、30mあても不思議ではない。
体躯には鋭い爪のついた手足が生え、頭の後方には角がある。たてがみの様に頭部の後方から身体の上部にかけて金色の毛が逆立って生えていた。
「やっと見えたか?」
口を開けて会話はしないようだ。脳に直接語りかけている理由はこれか。
「ああ、おかげさまで見える様ななったぜ。それにしてもお前、こんな人通りの多いところに現れてどうするつもりだ?」
吉右衛門は既に刀の柄から手を放して竜に正対いている。
「お前にしか見えておらんよ。安心しろ」
身体から金色の火花を発生させ、時折とぐろの形を変えてくる。
「それで?お前は何者だ?」
「何者か?この通りの竜神だ」
表情はうかがい知しりようがない。しかし、声の抑揚はある。そこから、感情は読み取れるだろう。
「今日はお前たちの仕事ぶりに礼を言いたくてな。わざわざ来てやった」
「何の嫌味だ。お前に俺の仕事がどんな風に関係するのかぜひお教え願いたいものだ」
「まったく……この俺は神なのだぞ。少しは驚いたらどうだ」
「あぁ。神ね。毎日の様に新しい神モドキを送ってるからな。もうその程度では驚かんよ。それにそれをしているのは俺の相棒の方だ。礼ならあいつに言ってやってくれ。きっと大喜びする」
吉右衛門がいつもの半笑いで答える。
「そうか? わかった。お前の宝物に礼を言って帰るとするか。今日はその宝物が帰らぬ理由を見に来たのだ。そうなのか……お前なのか」
水中に半透明で浮遊する大型の想像上の存在、竜。それが目の前に現れ理解を超えたへ理屈を吉右衛門に投げかけてくる。竜は表情などと呼べるものは、伺い知れないが、吉右衛門には竜が何か納得がいったように思えて仕方がなかった。それは、それほど良い事ではなさそうな予感がした。
吉右衛門の表情が陰る。
「おい、竜神様よ。帰らぬ理由ってどういう事だ?」
「ああ、そういう事だろ?他に表現があるのか?いずれにしても、巫女をお守りするのがお前の役目だ。それに見合った力が欲しいと思えば望め。そしてそれに向かって精進するのだ。その思いが強ければこの俺がまたこうして直々にお前を助けに来てやろう。今日はそれが言いたくてわざわざはせ参じたまでよ」
「恩着せがましいな。靜華は俺がいなくても最強だよ。安心しな」
「さぁ、それはどうかな。お前がいるから強くなれるのかも。知れないぞ。んはははははは」
「ふん。竜も笑うのかよ」
何だか、いやな気がした。ずっと吹かれていた川風のせいでもあるまい。体の芯から悪寒が突き上げてくる。とにかく、屋敷へと急ぎ戻り、靜華の顔が見たくなった吉右衛門であった。
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