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肆場 一
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靜華の篠笛の切ない音色が京の小路に響き渡る。
いつもの戦闘服である白拍子の格好をやめ、潜入の為の黒ずくめの靜華が吉右衛門の為に笛を奏でている。
靜華の奏でるメロディは御霊の力を借りて能力の向上をするらしい。そんな理屈が本当かどうかは本人以外、調べようが無く吉右衛門も特にそこに関しては興味も無い。只、結果として実際に能力は向上する。それだけで十分だ。吉右衛門自身も靜華の助力が無い状態でも実際凄腕だ。そこに不思議な力を上乗せするのでまともにやり合って斬り負けることなどは考えにくい。
「ちびっと、俊敏さを上げたった」
靜華が言った。覆面の奥で微笑していることを吉右衛門は感じている。
「なぁ。どうせなら全員寝かせる事とかできないのか?」
「何の呪詛なん。そんなん便利に出来てますかいな。さぁ、やっつけて行きましょう!こん先ん屋敷や」
そこから、数百m歩いて東に折れるとすぐに屋敷があった。
「屋敷大きいなぁ」
靜華が塀から見えている屋敷の屋根から想像して答えを出している。
「おい、靜華!本当にここか?」
「え? あんた? ウチが今まで嘘しゃべった事おましたか?」
『いっぱいあんだろ』
「あ?」
靜華が吉右衛門にきつめの視線を送っている。と思う。
今晩は吉右衛門と靜華は心を接続している。それをうっかり忘れてしまっていた。
「……靜華。この屋敷は、三塚鋤影(すきかげ)の屋敷だぞ」
「ほうか。そやさかい、何なん?」
「馬場頼政の郎党だ。馬場頼政ってのは曲者だよ。源氏でありながら平家側についてそれなりの地位までに上っちまった。なぜ、そんな奴の家来が……」
「何でもええわ。吉右衛門、なんかおかしいんや。行くで!」
靜華はそう言って既に塀に飛び乗っている。
「あぁ。わかった……」
暗闇の中、二人は屋敷に侵入した。
二人は屋敷の周りに人影が無い事を確認すると、その勢いのまま奥へと進み、奥殿のある渡り廊下から侵入した。
「……おい、本当かよ……」
先行して屋敷に侵入していた吉右衛門は思わず呟いた。
靜華は吉右衛門と接続していたためにその様子を自分の事の様に感じる事が出来ていた。屋敷の庭先で周囲を伺っていた靜華は吉右衛門のいるところまで走ってきた。
屋敷の中は行燈の光が廊下の辻々に配置され、その明かりがぼんやりと全体の様子を照らし出している。廊下の床は血の海だった。吉右衛門は足を踏み入れる寸でで気付いて踏みとどまった。
そこには普段の暮らしがあった。武具の手入れをする下働きの者たち。夕げの片づけをする女衆。既に布団の中で寝息をたてる子供たち。数人の郎党。奥方。主人。
しかし、そこにいる者たちは生を示していない。死体として、その場にある者は倒れ、ある者は生きていた時のそのままに。表情一つ何も変えずに死んでいた。死因は共通して刺殺である。全て刀で切り殺されて、いや、急所を刺されているのだが、抵抗したようなあとが見てとれない。武士の郎党の屋敷だ。黙ってやられるとは思えないが。それでも、武器を持って争った形跡のある死体がない。鞘に刀が収まったままや刀すら持っていないものもいる。
「一体どないしたん。これは?」
「靜華! 生きている奴はいないか?」
靜華が目をそっと閉じ集中する。
「あかん。一人もおらへん」
吉右衛門が死体を触るとほんのり温かみを感じる。
「ものの二、三時間前だな。どうするか?」
「どないもこないも。とりあえずここから、出よう!」
靜華が吉右衛門の腕を引いた。
「全部で三十人くらいか?」
「おそらくそのくらいやと思うけど。そやけど、何があったんや……」
京の街中、夜も更けて十分に時がたった五条通に二人は連れ立って歩きながら、先ほどの光景を思い返していた。通りに人影はなく二人の足音のみが遠くまで響き渡っている。
いつもの戦闘服である白拍子の格好をやめ、潜入の為の黒ずくめの靜華が吉右衛門の為に笛を奏でている。
靜華の奏でるメロディは御霊の力を借りて能力の向上をするらしい。そんな理屈が本当かどうかは本人以外、調べようが無く吉右衛門も特にそこに関しては興味も無い。只、結果として実際に能力は向上する。それだけで十分だ。吉右衛門自身も靜華の助力が無い状態でも実際凄腕だ。そこに不思議な力を上乗せするのでまともにやり合って斬り負けることなどは考えにくい。
「ちびっと、俊敏さを上げたった」
靜華が言った。覆面の奥で微笑していることを吉右衛門は感じている。
「なぁ。どうせなら全員寝かせる事とかできないのか?」
「何の呪詛なん。そんなん便利に出来てますかいな。さぁ、やっつけて行きましょう!こん先ん屋敷や」
そこから、数百m歩いて東に折れるとすぐに屋敷があった。
「屋敷大きいなぁ」
靜華が塀から見えている屋敷の屋根から想像して答えを出している。
「おい、靜華!本当にここか?」
「え? あんた? ウチが今まで嘘しゃべった事おましたか?」
『いっぱいあんだろ』
「あ?」
靜華が吉右衛門にきつめの視線を送っている。と思う。
今晩は吉右衛門と靜華は心を接続している。それをうっかり忘れてしまっていた。
「……靜華。この屋敷は、三塚鋤影(すきかげ)の屋敷だぞ」
「ほうか。そやさかい、何なん?」
「馬場頼政の郎党だ。馬場頼政ってのは曲者だよ。源氏でありながら平家側についてそれなりの地位までに上っちまった。なぜ、そんな奴の家来が……」
「何でもええわ。吉右衛門、なんかおかしいんや。行くで!」
靜華はそう言って既に塀に飛び乗っている。
「あぁ。わかった……」
暗闇の中、二人は屋敷に侵入した。
二人は屋敷の周りに人影が無い事を確認すると、その勢いのまま奥へと進み、奥殿のある渡り廊下から侵入した。
「……おい、本当かよ……」
先行して屋敷に侵入していた吉右衛門は思わず呟いた。
靜華は吉右衛門と接続していたためにその様子を自分の事の様に感じる事が出来ていた。屋敷の庭先で周囲を伺っていた靜華は吉右衛門のいるところまで走ってきた。
屋敷の中は行燈の光が廊下の辻々に配置され、その明かりがぼんやりと全体の様子を照らし出している。廊下の床は血の海だった。吉右衛門は足を踏み入れる寸でで気付いて踏みとどまった。
そこには普段の暮らしがあった。武具の手入れをする下働きの者たち。夕げの片づけをする女衆。既に布団の中で寝息をたてる子供たち。数人の郎党。奥方。主人。
しかし、そこにいる者たちは生を示していない。死体として、その場にある者は倒れ、ある者は生きていた時のそのままに。表情一つ何も変えずに死んでいた。死因は共通して刺殺である。全て刀で切り殺されて、いや、急所を刺されているのだが、抵抗したようなあとが見てとれない。武士の郎党の屋敷だ。黙ってやられるとは思えないが。それでも、武器を持って争った形跡のある死体がない。鞘に刀が収まったままや刀すら持っていないものもいる。
「一体どないしたん。これは?」
「靜華! 生きている奴はいないか?」
靜華が目をそっと閉じ集中する。
「あかん。一人もおらへん」
吉右衛門が死体を触るとほんのり温かみを感じる。
「ものの二、三時間前だな。どうするか?」
「どないもこないも。とりあえずここから、出よう!」
靜華が吉右衛門の腕を引いた。
「全部で三十人くらいか?」
「おそらくそのくらいやと思うけど。そやけど、何があったんや……」
京の街中、夜も更けて十分に時がたった五条通に二人は連れ立って歩きながら、先ほどの光景を思い返していた。通りに人影はなく二人の足音のみが遠くまで響き渡っている。
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