佚語を生きる! -いつがたりをいきる-  竜の一族 中巻 偽りの残滓編 

Shigeru_Kimoto

文字の大きさ
上 下
10 / 56

壱場 十

しおりを挟む
 吉右衛門が、今晩の偵察の終了を宣言しようとした時、二人の背後から篠笛の調べが聞こえてくる。

ゆったりとした調べが耳に心地良い。

「まずい! 靜華だ!! 何でここがわかった? いや、でも。あいつ力が無いって……」

弁慶と目を合わせる吉右衛門。弁慶も何が起こったのかわからずに背後を振り帰る。
背後の森から聞こえている笛の調べは次第にこちらに近づいてくる。
今夜も月が輝いていて見通しは良いが、笛の音がする森の中までは見通せていない。

「どういう訳か力が戻ったってことか……まずいぞ弁慶。靜華の奴、本気だ。もう俺たちは手遅れだ。既に術の中だ……」

吉右衛門がなすすべなく天を仰いだ。

「なぜ、靜華様が我々にこんな仕打ちを?」

「どうするか……」

思考をめぐらす吉右衛門の耳には弁慶の声が届いていない。

『靜華なら次にどう出てくる……』

笛の調べが止んだ。

人の気配がする。

「月闇に」

森の中から女の声が聞こえてきた。

「満る調べの」

少女か?森の出口から出てきてシルエットが見えてきた。

「天高き」

桃色の小袖を来た少女がこちらを見て何やら呟いている。

「なんだ?」

弁慶が声を漏らす。

「おつる雷鳴」

金色に少女が発光する。

「靜華じゃない。まずい!弁慶!!俺のところに来い!!!!早くしろ!!!!!」

「常世へ還れ……」

少女が両手を天にかざした---

瞬間、全ての景色が白くなった。

乾いた木が裂けるような小さな音が上空でしたと思ったら、
遅れて

空気を切り裂くような鋭い金属音とともに

とてつもなく大きな衝撃波、そして、地面の巨大な振動が後に続く。

遅れて強大な爆風が襲って吉右衛門達の周囲の状況が一変した。



……吉右衛門は視覚と聴覚を奪われた。

視界はホワイトアウトしている。音は耳鳴りで何も聞こえない。少女の気配はまだある。

「くそ、弁慶生きてるか?」

すぐそばで人の気配がする。吉右衛門は気配のする方向に手を差し出すと太い腕があった。

「弁慶!俺を掴め。逃げるぞ!!」

吉右衛門はとにかくこの場所から離れたかった。弁慶に聞こえているかわからないが大声で声を掛け、弁慶の腕を自分の肩に乗せると走り出した。おそらく、弁慶も視覚と、聴覚を奪われているはずだ。
幸い少女の気配は二人を追ってくる様子が無い。

「何だ。あれは?」

聴覚が戻ってきた。弁慶のつぶやきが聞こえた吉右衛門は、右目をうっすらと開けてみる。

ぼんやりとだが見えてきているようだ。

「よし、弁慶見えるようになってきた。全力で逃げろ!!」

後ろを振り返る二人の目には天を仰いで両手を上げたまま微動だにしない少女がいた。

今まで二人がいた跡は円形に残っているが、それよりも半径5mの外側は大きく円形にくぼんで、今まであった草木を消滅させている。煙も見えている。衝撃と高熱が一瞬で襲ったのだろう。

『竜の力に守られたってことか……こんな事まで出来るのか……なかったら、二人とも消滅するところだったな……』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...