凪の始まり

Shigeru_Kimoto

文字の大きさ
上 下
377 / 390
2015年8月 凪の始まり(後編)

22 2015年8月 22

しおりを挟む
波の音は、永遠に繰り返し、遥か遠くの水平線の上に浮かぶ蒼い三日月は、周囲をほのかに照らし、輝き潤むリリィさんの綺麗な瞳に反射している。

遠くに聞こえる渋滞の車列のクラクションが大きく一瞬聞こえ、俺とリリィさんの間の静寂の空気を引き裂いた。

俺を見ていたリリィさんは、すっと防波堤の上に立ち、俺に向き直り、

「卒業生挨拶!
6年1組篠塚リリィ!

皆さん、ありがとう!
まずは、私の気持ちです。

この街に暮らして2年になりました。
驚く位、あっという間だったです。

それでも、とってもいろんな出来事があって……
私はこの街で暮らした事を。ここでの出来事を永遠に忘れないでしょう。

そして、その出来事の中心は、私の世界の中心は、この小学校でした。
皆さんの世界の中心は何処ですか?

私の、いいえ、小学生の世界の中心ってやっぱり、学校で、オウチなのかもしれませんね。

私はそのどちらでもありませんでした。
オウチにはそんな場所は無かったからです。

私は、2年間のうち、半分くらい学校に来ていません。
……不登校でした。

学校でもありませんでした。

それでも、ここの先生は私に学校に来るように熱心にアプローチしてくるのです。正直……迷惑だった。

私はそれを分かりやすく態度に表わしていたと思います。
どうせ、私の事なんか、私が学校に行かない理由なんか、分かるはずないよねって。
心に秘めて……
そのせいなのかは分かりませんが、それがぱたりとやみました。
6年生に進級したあたりから……

その代わり、現れたのが……
同級生です。

先生が諦めた……
いいえ、今にして思えば、校長先生の策略にまんまと嵌められたのだと、私は思うのですが、とにかく、先生がウチまで来て、学校に来いって言う事が無くなりました。

不登校の私は、その時は、ううん……ずっと、私は学校に行きたかった。

でも、ママの具合が悪くて、それを見ていて、行けなかった。
周りに知り合いもいない。

私は一人でやらなくちゃって、そればっかりで、私が見ていた大人は、そんな私に歩み寄る人なんかいなくて、近くでうっすら笑う人ばかりで……

私は、だれも、大人を信用できなくなって……
私は、多分、心を閉ざして、自分が思う正しい事だけをしていたのだと思います。

ママは私が、私だけが面倒を見る。
誰の助けもいらない、って。
そう思っていました。

そんな時、6年生になって、すぐに、変わった友人が出来ました。
その子は……
その人は、大人の小学生で同級生で、秘密のミッションを抱えた私の同級生でした。

ミッションは、私を学校に戻す事。

残念ながら、私は、あっけなく、そのスパイに落とされました。

うう~ん……
あっけなくは無かったかな、結構、その人を困らせたかも。

当時の私は、その人に、亡くなったパパの面影を見て、甘えて、もしかしたら、この人だったら、私の困っている事に気が付いてくれるかもって、少しずつ思ってきていた頃に、彼は、私を落としました。

見事にミッションを遂行して、私を学校に戻したのです。

一見、個々が勝手に動いていた様にも思われますが、まずは策士の満島先生、その意図を汲み取った佐藤君、他の先生方の調整に奔走した陽葵……先生、その他、私一人をどうにか、学校に戻したくて、動いてくださった先生方……

ありがとうございました。

私が、こうして卒業生の代表として挨拶をするなんて、1年前の私には想像に出来なくて、とっても、とっても嬉しい思いで、いっぱいです。

そして、今の私の世界の中心は学校です。
そう言えるようになりました。

先生方、同級生のみんな、ありがとう。

皆さんのお力添えが無かったら、学校に通う事すら、まして、ここに立つことすら出来なかったはずです。

私には、永遠の出来事がこの学校の皆さんのおかげで出来ました。

ここに、この学校に転校してきて良かった。
ありがとう。
これからも、よろしくお願いします」

リリィさんがニカッと笑った。

「どう?
幻の卒業生代表挨拶は?」

「リリィさんっぽい……
でも何で急に?」

「そうね……
私の原点だからかな。
あの小学校の日々が、今の私を作った始まりだから……
その始まりの集大成にこの話を、当時のみんなに、あなたに聞かせたかったの。
その当時の、私の心のうちを……

だから……
そのスタートした、私の第一章の終わりを迎えるにあたり、心残りを無くしたかった……から……今しかないって思ったから……それと、いつまでも覚えていられなさそうだから、えへへ」

可愛く笑って俺を見下ろしているリリィさんが、口元に指をあてて、大人っぽく微笑んだ。

「ふ~ん。でもね……
実は……

この続きがあるの……
これは、その場で言うか言うまいか、言いながら、考えようって思ってたの……

聞いて……」

薄っすら微笑むリリィさんが俺を見つめて、ニカッと笑顔を浮かべる。

「私を学校に戻した、親愛なる同級生、佐藤君!
あなたは一体、私の事をどう思っているのですか?
私はあなたを只の同級生としてみれません。
だって、私の恩人なんだから……

あなたがいなかったら、私は、こうして、ここで挨拶なんかしていなかったんだから……

きっと、あなたの事だから、この場で、聞いたところで、驚くような事を口にするとは思えません。

知ってるよ!

ただ、言わせてください!!

世界の中で、たった一人でも、あなたを本気で思う人はいるって事を、覚えておいてください。決して、あなたは望んではいけない人じゃない。もっと、自分が思う事、望むことを、前に出してください。

そうすれば、きっと、佐藤君は幸せになれます。

私はずっと佐藤君を見守って、ずっとそばに居たいです。

……気持ちを表す事だけが、これが今の、子供の私が出来る、精一杯の恩返しです。
ありがとうございました。佐藤君!」

リリィさんの潤む瞳から、涙がこぼれそうになっている。
そうか……

その時から、リリィさんは俺を理解してくれてたんだ……
やっぱり、間違いない。
俺は、この子を、リリィさんを失ったら後悔する。永遠に後悔する。

ずっと、ずっと待たせてたんだね。
ありがとう……
俺の事、そんなに思ってくれて……
かけがえのない……
俺の……
元、子供だった……
大切な人……
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

処理中です...