351 / 390
2015年5月 凪の始まり(前編)
32 2015年5月 32
しおりを挟む
「……ろー 」
浪が防波堤にぶつかり、引く。
その刹那に何の音もしない静寂が訪れる。
全てのモノ音を凪いだ海が吸収してしまうのだろう。
一瞬の、いや、刹那なんだろうが、防波堤にぶつかり、波が砕ける音や、その砕けた波が引く音が遍《あまね》く、波がしらで、その存在を主張する太平洋に突き出した防波堤の突端で、各々の波長の頂点が全てフルシンクロして、ほんの刹那にだけ、まったくの無音を奏でる刹那がある。
その刹那に……
「……けんたろー」
おれの背後から、懐かしい声が聞こえてきた。
リリィさんにそっくりな、俺の待っていたあの声が、波が俺にその声を届けるために作った静寂をついて聞こえてきた。
……そんなはずはない。
絶対に……
そんなはずは……
無い……
俺はそのまま微動だにせず、何も仕掛けのついていない、ただそこにあるだけの竿先を見ながら、体中の感覚を研ぎ澄ませていた。
「……けんたろー……」
はっきり声が聞こえた。
再びやって来た、一瞬の静寂が訪れる刹那に、記憶の中の彼女の声が、俺の耳へと、やって来た。
そんなはずは無いけど……
やっぱり、そうだ。
俺はゆっくり、ゆっくり、と振り返り、声が聞こえた方向を、身体を捻じ曲げて、背中の方を見つめる。
浪が防波堤にぶつかり、引く。
その刹那に何の音もしない静寂が訪れる。
全てのモノ音を凪いだ海が吸収してしまうのだろう。
一瞬の、いや、刹那なんだろうが、防波堤にぶつかり、波が砕ける音や、その砕けた波が引く音が遍《あまね》く、波がしらで、その存在を主張する太平洋に突き出した防波堤の突端で、各々の波長の頂点が全てフルシンクロして、ほんの刹那にだけ、まったくの無音を奏でる刹那がある。
その刹那に……
「……けんたろー」
おれの背後から、懐かしい声が聞こえてきた。
リリィさんにそっくりな、俺の待っていたあの声が、波が俺にその声を届けるために作った静寂をついて聞こえてきた。
……そんなはずはない。
絶対に……
そんなはずは……
無い……
俺はそのまま微動だにせず、何も仕掛けのついていない、ただそこにあるだけの竿先を見ながら、体中の感覚を研ぎ澄ませていた。
「……けんたろー……」
はっきり声が聞こえた。
再びやって来た、一瞬の静寂が訪れる刹那に、記憶の中の彼女の声が、俺の耳へと、やって来た。
そんなはずは無いけど……
やっぱり、そうだ。
俺はゆっくり、ゆっくり、と振り返り、声が聞こえた方向を、身体を捻じ曲げて、背中の方を見つめる。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
5
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる