鈴音や君の名は

ころく

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三章 人因怨呪

第四十八話 幼馴 後 ‐オサナナジミ コウ‐

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 委員長が野郎に絡まれていたのを助けてから五分後。供助は早く家に帰ろうと再び帰路を歩いていた。
 今頃、喧しい居候が空腹で畳の上をゴロゴロと寝転がって夕飯の到着を待ちわびているだろう。予定通りならもう家に着いている筈だったが、予定外の道草を食ってしまった為に遅れてしまった。
 猫又から文句を一つ二つ言われる事は目に見えている。まぁ、買ってきた半額弁当を先に選ばせれば黙るだろう。
 なんて考えながら、供助はいつもより遅いペースで足を進める。早く帰りたいのに、何故歩行スピードを落としているのか。理由は供助の三メートル先にあった。

「なんで付いてくるのよ?」
「家がこっちなもんで」
「……はぁ」
「はっ」

 供助の前を歩くは委員長。人気も少なく暗い道で追い越す訳にもいかず、委員長に合わせて歩いていた。
 車も通らず、静かな夜道に聞こえるは二人の足音。学校では五月蝿く言い合っているのに、今は無言。
 スニーカーの供助よりも、ローファーを履いている委員長の方が足音が大きく聞こえる。

「前に、さ」
「ん?」

 短い会話が終わり、このまま家に着くまで再び無言なんだろうと供助が思っていたら。
 予想外な事に、委員長が再度話しかけてきた。

「田辺君が言ってたけど……古々乃木君、バイトしてるんだ」
「まぁな。温かい飯を食うには働かねぇと」
「一人暮らし、大変なの?」
「大変っちゃあ大変だけど、それなりに生きていけるもんだ。意外とな」

 一定距離は保って。委員長は前を向いたまま先を歩き、背中を丸めて気怠げに答える供助。
 一応補足だが、田辺と言うのは太一の苗字である。

「でも、バイトしてるって事は生活が苦しいんじゃないの?」
「そうそう贅沢は出来ねぇけど苦しくはねぇな。ただ親の金を使いたくねぇから、てめぇで稼げる分は稼いでるだけだ」
「夜のバイトなんでしょう? 学校がある日とか大変そう……」
「睡眠時間が限られるってぇのはキツイが、バイト自体はそう難しい事じゃねぇからな」

 さすがにバイトの内容は言えないが、供助にとって払い屋のバイトは自分に合ってる。
 細かい作業も無く、人間関係も殆んど必要無く、技術が無くても仕事が出来る。得物である軍手を嵌め、幽霊や妖怪を思いっ切りブン殴るだけ。それだけでいい。
 単純明快、簡単至極。頭が悪い供助には腕っ節だけでも出来るこの払い屋稼業は天職とも言えよう。
 もっとも、必須事項として霊感と魑魅魍魎ちみもうりょうを祓える程度の霊力が必要だが。

「大変っつったら委員長もだろ」
「えっ、私?」
「制服の格好って事ぁ、学校帰りだろ? 文化祭準備は七時あたりで解散したのに、こんな時間まで何してたんだ?」
「関本さんとね、演劇の事で話をしてて」
「セキモト?」
「クラスメートなんだけど……まさか知らないの?」
「俺ぁ顔は知ってても名前を知らねぇ奴が多いもんで」
「はぁ……クラスメートの名前と顔くらい覚えてなさいよ。その関本さんが脚本担当で、ファミレスで台本の見直しをしてたの」
「あんだけ文化祭準備した後に残業たぁご苦労なこって」
「そうでもないわよ? 今日は誰かさんが手伝ってくれたから、怒鳴る事が無くて助かったもの」
「……あーそうかい」

 委員長は肩越しに後ろを向き、小さく微笑んでその誰かさんに目を向ける。
 すると、供助はわざとらしく明後日の方を向いて顎をしゃくれさせた。

「確かに今は文化祭準備で忙しいし、出し物の進行も遅れているけど……大変は大変でも、楽しい大変かな」
「なんだそりゃ」
「なんて言うか、気持ちが充実しているって言うのかな? 目が回るくらい忙しいけど、その中に楽しさもあって……クラスの皆と一緒に頑張ってるのが嬉しいって思えるの」
「俺にゃ理解出来ねぇな」
「古々乃木君ももっと率先して文化祭準備に参加したら? 楽しいわよ?」
「金にならねぇボランティアは好きじゃねぇんだよ」
「文化祭はバイトでもボランティアでもなくて、生徒に参加義務がある学校行事なんだけど」

 相変わらず協調性が無い供助に溜め息を一つ吐いて、委員長は呆れながら首を正面に戻した。
 再び訪れる沈黙。供助が何気無く空を仰ぐと、真っ黒の天には厚い雲が広がっていた。
 供助の家まで、あと五分位。無気力な目でボーッと空を眺めながら、供助は残り僅かの帰路を歩み進める。

「ねぇ、古々乃木君」
「あん? 今日はやけに話し掛けてくるな」

 供助が空から委員長へ視線を移すと、委員長は足を止めて振り返り、供助を見つめていた。
 供助も足を止めて委員長に向き合い、丸めていた背中を僅かに伸ばす。

「……なんで、私が絡まれていたのを助けてくれたの?」
「いきなりなんだ?」
「いいから、教えて」

 力んでいると言うか、声が強張っていると言うか。
 さっきまでの委員長の声のトーンとは違って、真剣な雰囲気が漂う。

「あのな、俺ぁ助けてねぇって言ったろ。委員長が勝手に――」
「古々乃木君、面倒な事が嫌いでしょ? なのになんで助けてくれたのかな、って……」
「人の話を聞けよコラ。まぁ、確かに面倒臭い事は嫌いだよ。大が付く位ぇに嫌いだ。面倒な事は疲れるし、時間も勿体無ぇ。出来る事ならやりたく無ぇな」
「じゃあなんで……?」
「……っはぁ」

 顎を数センチ上げてから、項垂れるように頭を下げて大きく息を吐く供助。
 少しバツが悪そうに頭をくしゃくしゃと掻き、止めていた足を動かして口を開く。

「理由なんて何てこたぁ無い、簡単なモンだよ」
「え?」

 委員長の横を通り越し、伸ばした背中をまた丸めさせて。数秒の間を開けて言った。

「面倒臭かったからだ」

 簡潔に一言で、簡単な言葉で。
 そして何より、供助らしい理由。

「無視して見捨てていたら、おばさんと顔を合わせる度に申し訳無く思っちまうからな。そっちの方が面倒臭ぇ」

 供助は正面を見て、後ろの委員長とは目を合わせず。ぶっきらな態度でそう答えた。
 でもどこか照れくさく、恥ずかしがってわざと目を逸している気がして。委員長はくすりと、頬を緩めた。

「何笑ってんだよ」
「んー、別にぃ?」

 供助の後ろ追って、委員長も止めていた足を動かし始める。足取りはさっきまでよりも軽く、何かを懐かしむような表情の委員長。機嫌が良さそうな雰囲気を見ると、供助の返答は納得のいくものだったらしい。
 ハン、と鼻を鳴らして、供助は前を向く。家はもう目前で、家の窓から明かりが漏れているのが見える。
 猫又が居間で寝転がって漫画でも読みながら、供助が帰ってくるのを待っているんだろう。

「あらあら、話し声がすると思ったら供助君じゃない」
「あ、ども、おばさん」

 意味深に含み笑いする委員長を一瞥いちべつして、供助が向いた正面には。
 お隣のおばさんが、丁度家から出て来た所だった。

「どこかに行くんすか?」
「ちょっと近くのコンビニにね」

 おばさんのお特徴の一つでもある細目でにっこり微笑み、髪の毛を耳に掛けながら供助に答える。
 物腰が柔らかく、おっとりとした雰囲気。殆どの人が『優しそうな人』という第一印象を持つだろう。

「またお風呂上がり用のアイス買いに行くの?」
「まぁ、珍しい組み合わせね。供助君の話し相手があなたなんて」

 二、三歩。委員長はおばさんの所へと歩み寄り、肩に掛けていた学生鞄を小さく揺らした。
 二人の会話を聞くと既知きちの口ぶりで、しかも親しい間柄であるように見える。
 それもその筈。なぜならこの二人は――――。

「おかえり、和歌のどか
「ん、ただいま。お母さん」

 委員長の本名は鈴木和歌。供助の同級生であり、クラスの委員長であり、家の隣人。
 そして――――小学校時代からの顔馴染みで、幼馴染である。
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