小武士 ~KOBUSHI~

崗本 健太郎

文字の大きさ
上 下
43 / 48

第43話 二人の想い

しおりを挟む
「粗茶ですが」そう言って秋奈は氷を2つほど入れながら麦茶を差し出す。
「ああ、ありがとう。それにしても面白そうなモンがいっぱいあんだな。この猿なかなか可愛いじゃねえか」明は手に取った人形をまじまじと見つめている。
「ああそれ。いいでしょ~。『モンチッチ』って言うの」
 私のという意味の『モン』と小さくて可愛いものという意味の『プチ』を合わせた言葉に名を由来するこの人形は、その赤ん坊のような風貌から女性と子供に大人気であった。

「こっちのは何て言うんだ?」
「それは『キャベツ人形』。ついでにこっちのは『こえだちゃん』と『みきちゃん』って言うんだよ」
 アメリカ発祥のキャベツ畑から子供が生まれるということをモチーフにした人形と、木の形をした家のテッペンを押すと、葉っぱの屋根が開いて部屋が出現し、横に付いているダイヤルを回すとエレベーターが上下するというおもちゃは昭和末期の流行りものであった。

「男には分かんねえ物だな。おっ、『ドンジャラ』じゃねえか。こっちは『モーラー』だな。これなら俺でも知ってるぜ」
これらは牌に漫画やアニメのキャラクターをあしらった、ドラえもんが書かれているものが有名な麻雀と、テグスを引っ張ると生き物のように動かせるという細長いモールであった。
秋奈の部屋には他にも、本体に一つだけある大きなボタンを押すといつでもどこでも延々と笑い声が再生され、夜中に間違って踏むと非常に不気味であるという『笑い袋』。

ボールをぶつけ合う音から、カチカチボールとも呼ばれ、女の子に見せられないギャグにも使える『アメリカン・クラッカー』があった。
「明くんはどんなおもちゃ持ってるの?」
「俺か。自慢できるようなものはないけど、『ゲイラカイト』とか、『ローラースルーGOGO』とかかな」
「他には?もっと聞きたい!」秋奈は相変わらずテンションが高めだ。

「まあ、いろいろあるんだけど、ガキの頃によく遊んだのは『トミカ』とか『チョロQ』とかかな。どっちもそんなに一杯ある訳じゃないんなんだけどな。あとは『キン消し』とか『タマゴラス』だな。それならいっぱい持ってるぜ」
「男の子って皆キン消し持ってるよね。ほんと闘うの好きなんだから」
「それが雄の本能ってもんよ。それより、これだけあったら結構遊べるよな。欲しい物とかあんのかよ」明は今、思いついたかのように聞いてみた。

「欲しい物か~。先月の13日に発売されたゲームなんだけど『スーパーマリオブラザーズ』って言って、めちゃくちゃ流行ってるんだって。それをやってみたいかも。明くんは?」
「へえ~そんなゲームがあるのか。知らなかった。秋奈は情報通なんだな。俺は『ゲーム&ウォッチ』かな」
 これは携帯ゲーム機の草分け的存在であり、国内で1287万個売り上げ、社会現象にもなったものである。この商品は当時の男子の憧れでもあった。

「最近、いろんなものが出て来て凄いよね。1981年に窓際のトットちゃんがベストセラーになって、82年に笑っていいともが始まって、83年に東京ディズニーランドが開園になって、84年にドラゴンボールが連載開始して」
「そうだな。俺は特に『俺たちひょうきん族』が好きで毎週見てるよ。日本はずっとこの調子で行くんだろうよ。『まさか』景気が悪くなるなんてことはないだろうし、ずっと上り調子のままなんだろうな」
この年、1985年より少し後、日本経済はかつてないほどの好調となる。

『バブル景気』と呼ばれ、プラザ合意によるドル高の是正に対し、日銀から銀行への貸し出し金利である『公定歩合』を5%から2.5%まで段階的に引き下げたことで起こった1986年12月から1991年2月まで51ヶ月間続いた好景気。
1000万円の土地を担保に2000万円を借り、その金で新たに土地を買うという、『土地転がし』が流行したりもした。その真っ只中で、国民の誰もがその好景気の継続を信じて疑わなかった。

『いざなぎ景気』と呼ばれ、政府が補正予算で戦後初となる建設国債を発行したことで建設需要が拡大し1965年11月から1970年7月まで57ヶ月間続いた好景気や、『いざなみ景気』と呼ばれ、北米の好調な需要により、輸出関連産業を中心に多くの企業が過去最高の売上高と利益を記録した2002年2月から2008年2月までの73ヶ月間続いた好景気などあったものの、この『バブル景気』は、間違いなく戦後最大の好景気であったと言える。その後サラリーマンの平均給与がおよそ半分になり、長きに渡って不景気が訪れることなど、思いもよらぬことなのであろう。

 土地転がしで多額の利益を享受し、一万円札を振って見せないとタクシーは止まらない。ディスコで踊り狂い、ご飯を奢ってもらうだけの『メッシーくん』や、車で送ってもらうだけの『アッシーくん』なんて酷い呼び名を付けたりもした。そんな『バカみたい』な時代が昭和の終わりに確かに存在していた。まだ社会が暖かかった頃の、一夜の幻のような時であった。

一息ついた後、秋奈は何だか痺れを切らしたように話し始める。
「ねえ、泊って行かない?」
「えっ!?」少し遊びに来たつもりの明にとって、この発言は完全に予想外であった。
「いや、あの、その、マジで?」歴戦の勝者も、女性の前ではたじたじである。
「別に嫌ならいいんだけど」秋奈は口を尖らせて拗ねたように言った。
「嫌ってことはねえよ。けど、あまりにもいきなりだったもんで――」
 はっきりした態度の秋奈に対し、明の態度はどこか煮え切らないものであった。

「どうすんの?男ばっか倒してても、つまんないんじゃない?」
「それもそうだな。よし、分かった。俺も男だ、腹括るぜ」
 明はやっと決心がついたのか、自らを奮い立たせるように、大きな声で返答する。
「そう――じゃあ。これで決まりね」秋奈は落ち着いた感じでそう言い放った。
「では、さっそく」明はそう言って秋奈の肩に手を掛ける。
「待って、せっつかないでよ。お風呂に入って来るんだから。テレビでも見といて」
 秋奈は本気で少し怒りそうになりながら、明の背中を押して画面の前に座らせた。

 20分ほど待つと、フワっと良い香りをさせながら秋奈が風呂から出て来た。
“長い風呂だったな”そう言いたかったが、これを言ってはいけないことくらいは、勘の鈍い明にでも分かった。
「ちょっと借りるぞ」昭和の男は無骨で、愛想がない。
 そう言われても仕方がないと思えるような言い方であった。湯船に浸かって心を落ち着かせようとするが、平常心など保てる訳がない。期待と不安が半々。

 『こういう時』は誰でも、そんな思いなのであろう。明が風呂から上がると秋奈はバスタオルを巻いて、ベットに腰かけて待っていた。隣に座って髪を撫で、少し息を吐き出した後、軽くキスをした。頭の中を真っ白にさせながら、ゆっくりとバスタオルを取ってみる。
「おわっ、びっくりした。何だよ、その色」
 明は驚いて、だいぶ上ずった声を出す。

「え~。だって勝負下着は赤って聞いたんだもん」
 秋奈は膨れて小さな子供のように答えた。
「そういうもんなのか?それって誰に聞いたんだよ?」
 明は勢いづいて話し始める。

「タバコ屋のお姉さんに――」
 それに対して秋奈は自信なさげに最低限の返答だけする。
「タバコ屋のって、あのじゃりン子のチエミさんだろ?」
明はどことなく不満げに話す。
「でもあの人、花の女子大生だよ。凄くない?オシャレに関してはウチらじゃ逆立ちしたって勝てっこないよ」秋奈はここぞとばかりに反論する。

「まあいいや。今からは、ふざけないようにちゃんとするよ」
 明は急に改まって、紳士的に振る舞う。
「うん。優しくね」秋奈は乙女な感じで、一言だけ念を押すように言った。
「ああ、イタリアの種馬ばりにキメてやるぜ」明は自信満々に答えた。

「もう~何それ~。どこからそんな自信が湧いて来るんだか」
 秋奈は軽く揶揄うような、嬉しそうな調子で言った。
 それから、その夜は二人にとって『忘れられない夜』になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

処理中です...