小武士 ~KOBUSHI~

崗本 健太郎

文字の大きさ
上 下
34 / 48

第34話 恋の行方

しおりを挟む
それから二人は店を出て、自然と小指を絡めて手を繋いだ。
「ねえ、公園行かない?」
「いいぜ。俺もちょうど海が見たいと思ってたところだ」
 明もこれに同調し、近くにあった『山下公園』というところで一休みすることにした。

「凄~い。おっきな船」
 風に髪を靡(なび)かせて、遠くを眺める横顔は、女神のように綺麗に映った。
 この頃にはもう『自覚』していた。自分がどういう感情を抱いているのかを。
「お菓子あるんだけど食べる?」
「おう、気が利くじゃん。食べる食べる」
「ピーナッツなんだけど、同じものが2袋あって食べきれなくて――」

 明にあげるために態々買った訳ではなく、父の実家から送られて来たものが、捨ててしまおうかと思うほどに余っているのであった。
「おう、そういうことなら任しとけよ。まあ、カロリー的に一袋が限界だけどな」
「うん、助かるよ。私の家族、このお菓子あんまり好きじゃないみたいだし。あ、そう言えば、今日って成人式だよね」
「ん?そうなのか?あんま気にしてなかったな。そう言えばここへ来る前に着物の奴を何人か見たな」
「私たちもあと2年したら大人になるんだよね。けど、明くんはもう働いてるから、大人みたいなもんか――」
「俺なんかまだまだヒヨッコだよ。車だってファイトマネーをやり繰りしてやっと買えたんだし。大人だなんてまだ早えよ」
「ふふふ、そうかもね。明くんは車、何乗ってんの?」

 昭和の終わり、この時代に決まり文句のように繰り返されていたこの質問。車のランクが男の評価に直結するような、妙な風潮があった。
「知ってるだろ?カローラだよ」明は笑いながらそう答えた。
 二人は何度かドライブへ行っており、カローラというメジャーな車なため、秋奈が車種を知らない筈はない。
「へへへ、そうだったね。ちょっと言ってみただけ」
 秋奈はとぼけて子供のように嬉しそうに笑って見せた。この頃になるとかなり明に気を許していたのであろう、秋奈の性格からは珍しく、思い付いたことをそのまま話し、わりとどうでもいいことでも話題にするようになっていた。

「今日は楽しかったね~」
「うん――」
デパートで買い物をしている時のように上機嫌の秋奈に反し、明はなんだか思う所があるようだ。
“クソッ。これじゃ、あの時から何の進歩もねえじゃねえかよ。根性見せろよ、赤居 明”自分を奮い立たせようと鼓舞するが、チャンスはあるがなかなか行動に移せない。顔が凄く近いのに、どうしてもキスすることができないでいた。長い沈黙の後、意に反し会話を始める。

気まずさを打ち消すようにするが、空気を読むことが『逃げ』に繋がっていることが自分でもよく分かっていた。そしてそのまま30分近く戸惑ったまま、時間だけが過ぎて行った。なんとも青春まっしぐらな話だが、初キスの時には妙に緊張してしまうものなのである。秋奈が夕焼けの綺麗さに見とれていると、明は意を決して言葉を発した。
「目、瞑って」そう言われ、秋奈は察しが付いたのか黙って頷いてその言葉に従った。

明は少し震えながら、秋奈の肩に手を回した。鼓動が高鳴り、頭に靄が掛かったように何も考えられない。そして、昔聞いた古めかしい歌謡曲を思い出していた。唇がふっと触れ、初めてマシュマロを食べた時のような感覚に囚われた。

「「レモン――」」声が被ったので、思わず二人とも笑ってしまった。
沈黙の後、寄り添ってお互いの体温を感じ合う。そして帰り際、歩きながら最後にもう一回という感じでキスをした。キスの後に、照れながら二人で笑い合った。
「俺、これから秋奈のこと大切にするよ」
「そうだね。これからもよろしくね」

 秋奈は子供のように無邪気な笑みを浮かべながらそう言った。
「――うん」
「赤くなってる~。可愛いとこあんじゃん」
二人は安心したようにまた笑い合った。
 夕焼けに照らされた二人の『姿』は、心なしか輝いて見えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

処理中です...