小武士 ~KOBUSHI~

崗本 健太郎

文字の大きさ
上 下
26 / 48

第26話 明の挑戦

しおりを挟む
『カンッ』
 ゴングが鳴ると両者向かい合い、ジャブを打ちあう。相手の思いを知るように、まるで拳で会話するかのように。挨拶代わりとも言うべき打ち合いが終わると明はフック、アッパー、ストレートと息つく暇もないほどの速さで、持てる技の限りを尽くしてロビンソンに襲い掛かる。

 ロビンソンはそれを捌きながらも、どこか冷静に傍観しているかのような様子だ。不意に明の背中に冷たく当たる存在があった。触れるまで考えてもみなかった。まさか全力を持ってしてもロープ際まで追い詰められるなんて。
 一撃が鉛のような重さで、タフであることには自信のある明も、試合開始1分でこの有り様である。体力のある明だが、贔屓目に見積もっても明らかに飛ばし過ぎている。普段から厳しいトレーニングを積んでいるとは言え、15ラウンドの長丁場を思えば体力はいくらあっても足りないくらいだ。

だが、出し惜しみはしない。試合前にそう決めていた。ロビンソンの左フックに合わせて、渾身の右ストレートを打つ。放たれた一撃はロビンソンの左頬に突き刺さり、鋭い音を立てた。
先程まで緩んでいたロビンソンの顔つきが俄かに厳しいものに変わる。ボクサー本来の真剣な顔つきになり、明はそのことを嬉しく思った。見せつけるようにジャブを打つと、ロビンソンは口元を少し緩めると不敵な笑みを浮かべた。ゴングが鳴り、第1ラウンドは終了した。

「赤居。少しペースを落とした方がいいんじゃないか?このままだと、ジリ貧だと思うぞ」
「うるせえ。おっさんは黙ってろ。あの動きに対抗するには、これくらいで丁度良いんだよ」
取るに足らないと見ているのであろう。この年頃の人間というのは、自分の認める人物の言うことしか聞かないものである。

「人生では自ずと自分より強い相手と闘う機会というものが訪れる。その時にどう向き合い、自らを高めて行けるかが大切だ。冷静さを欠いては、本来の実力を出せないまま終わるぞ」
「そんなこと、言われなくたって分かってるよ。俺には俺の考えがあるんだ」
 正論も状況次第では駄弁と取られる。米原はこれ以上は焼け石に水と考え、話すのを止めておいた。


 ゴングが鳴って第2ラウンドが開始されると、コーナーを蹴って対角線上を走った。不意にロビンソンが両手を横に伸ばして広げ『打って来い』とばかりに『ノーガード』で挑発する。余裕を孕んだ表情が、絶妙に明の神経を逆撫でする。瞬時に距離を詰めて打ち込む明。それに対し、間隙を縫って、ロビンソンの槍のようなストレートが飛んで来る。しかし、暫くすると、また『ノーガード』で挑発して来る。

 “やったろうじゃねえか”トサカに来た明は、先程まで飛ばしていたものが更にハイペースになり『ムキになって』攻勢に打って出た。それに対し、ロビンソンも手数で応戦して来ているようであった。
しかし、これはロビンソンサイドの『罠』であった。巧妙に明の体力を削ぎ、疲れが見え始めたところを『仕留める』それが狙いであった。ゴングが鳴り、第2ラウンドが終了した。

誰の目にも明らかだった。体力が切れかけている。だが、幸い米原には、明の状態をコントロールしてやれるだけのアドバイスができる『器量』があった。

「このハイペースは無理があるだろう。赤居、本当に大丈夫なのか?」
「はあ、はあ、大丈夫だ。はあ、はあ、俺はまだやれる」
 明は濁流に飲まれる小動物のように息も絶え絶え息巻いている。

「いいか、『ガス欠』になる前に、俺の話をよく聞け。本当に勝ちたかったら守勢に転じろ、話はそれだけだ」
 米原は長年、五十嵐とタッグを組んで来ただけあって知識、経験、判断力ともに申し分ない男であった。しかし、悍馬の如くムキになった明の耳には念仏のように届いてはいなかった。

「はあ、はあ、勝たなきゃ――勝たなきゃ終わっちまうんだよ!!」
 約1年の闘いの中で培った信頼関係も、後門の狼に迫られたような状況下では脆くも崩れ去ろうとしていた。
「俺はお前の実力を高く評価している。急いては事を仕損じると言ってな。このままでは勝てる試合もそうでなくなるぞ」
「はあ、はあ、何か秘策があるってのか?はあ、はあ、それなら勿体付けずに早く言ってくれよ」
 その後明は米原に『よく耐えた』と言われ、小さく笑った後、軽く耳打ちされた。


----------------------------

ここまで読んで頂いてありがとうございます。

現在作者は創作大賞2024に応募中です!

下記リンクで『♡を押して頂けると』凄く助かります。

あなたの1票でデビューにグッと近づきます!

全てのページに『♡が10個以上』ついた場合、

アルファポリスにて本作を特別に50話までフル公開します!

宜しくお願い致します。


https://note.com/aquarius12/n/nad4dd54d03cf

https://note.com/aquarius12/n/n5bc56bcf0602

https://note.com/aquarius12/n/n77db5dcacc2a

https://note.com/aquarius12/n/n9ca58e3f3b5b

https://note.com/aquarius12/n/n2ce45cabaa78
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。

ながしょー
青春
 ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。  このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

処理中です...