小武士 ~KOBUSHI~

崗本 健太郎

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第20話 絶対防御

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「さあいよいよ試合開始であります。両者歩み寄って攻撃を開始します。まず最初にジャブを打ったのは赤居。軽く、鋭く、スピードのあるジャブであります。グラッチェは『ステッピング』を使って巧みに躱(かわ)しています」
今回の東洋太平洋タイトルマッチは、ビッグマッチであるため、日本中にテレビ中継されることとなった。アナウンサーは『いいたおし』の愛称で親しまれている、井伊谷 雄則である。

「おっと、ここで赤居が大振りのアッパーを繰り出します。しかしグラッチェは『バックステップ』を使って赤居の攻撃を全く寄せ付けません。攻撃をせずとも優勢と見て取れる試合運びを、グラッチェは意のままに繰り広げています。しかし、赤居もあの手この手で攻勢を崩さず、東洋太平洋チャンピオンに対して少しも引けを取っておりません」
いいたおしは軽快な調子で話し続ける。

「そして、今度は赤居選手のジャブとフックです。しかし、これはグラッチェに対しては全く当たる気配がありません。試合開始二分三十五秒、二人の選手は一度も拳を当てることなく試合を続行しています。ですが、両者余裕を持って試合をしている訳でなく、緊張した空気の中、息を飲むようなせめぎ合いが展開されています」
そしてここで、いいたおしは何かに気が付いたようだ。

「あっと、今、引きながら間合いを取るスタイルのグラッチェに、審判からもっと積極的に闘うようにとの注意があったようであります。警告の中、第一ラウンド終了です」いいたおしは、速いけれど聞き取り易い、絶妙なペースで話し続けている。
「いや~二人とも見事に守りを固めていますね~。どうですか佐藤さん?」
割って入るタイミングが無かったところ話を振られて、解説の元WBA世界王者、佐藤 勝也がここぞとばかりに口を挟む。

「二人とも鉄壁の守りを見せています。互いに割って入るのは難しいのではないでしょうか」
自分の状況と重ね合わせているようだが、視聴者もいいたおしも気付いてはくれない。
「なるほど~。これは面白くなりそうですね~」
聞いているのか、いないのか。このタヌキ親父は目が笑っていないので、どうも信用できない。

「続いて第二ラウンド開始です。お~っとグラッチェ、今度は『スリッピング』を使って赤居からの攻撃を避けています。これはパンチが伸びる方向と同じ方向に顔を背けるようにして受け流す技で、中南米のボクサーを中心に見られる高等技術であります」
いいたおしの流れるようなトークで、放送は彼の独擅場と化している。

「おっと、しかし赤居の拳が二発、グラッチェに当たったようであります」
視聴者には当たっているのが分からない者もあったようだが、いいたおしにはしっかりと見えていたようだ。流石は一流アナウンサーといったところか。
「次はグラッチェが攻撃を仕掛けたようであります。フックを織り交ぜた見事な攻撃の応酬。ですがこれは赤居に届かないようであります。そして日本中が興奮の渦に巻き込まれる中、第二ラウンド終了であります」

佐藤は解説を加えて話を広げようとしたが、いいたおしからは気のない返事が返って来ただけであったため、水を飲んで時間が過ぎるのを待つことにした。
「さあ続いての第三ラウンド、グラッチェは『ウィービング』を使って赤居を惑わせております。これは上体を上下左右に動かし、的を絞らせない防御法であります。あっとグラッチェ、顔が少し赤くなっております。赤居の攻撃が当たり始めたため、怒りを露わにしているようであります」
グラッチェの顔は溶岩が沸き立つように赤みがかっていた。

「第四ラウンド突入であります。グラッチェ、今度はどんなテクニックを見せてくれるのでしょうか。おっと、『ダッキング』であります。ここへ来て防御技の基本へ立ち返る戦法に出たか。アヒルが水面を潜るように頭を素早く下げて赤居のパンチを躱しております」
いつテレビに映るか分からないため、佐藤は欠伸を堪えながらも真面目な顔をしていた。

「第五ラウンド、依然としてチャンピオンであるグラッチェ浜松が優勢であります。このまま王座を護り切ることができるのか。それとも赤居が意地を見せるのか。そしてグラッチェ、続いては『スウェーバック』であります。これはスウェーイングとも呼ばれ、上体を後ろに反らすだけで相手の攻撃を避ける技法であります」
 いいたおしは続けざまに解説を加える。

「目の良いボクサーは『スウェーバック』に頼る傾向がありますが、チャンピオンもその例外ではありません。お得意のスタイルで相手を翻弄(ほんろう)します」
“流石によく分かっているな”いいたおしの解説に、佐藤はこの場における自分の必要性に対して疑問を抱き始めていた。

「会場の声援が勢いを増したまま第六ラウンド開始です。グラッチェ、どれほどの数の防御技を持っているのでしょうか。技が尽きる気配がありません。お~っと、このラウンドでは攻勢に転じるようです。両手を交互に打ち出しての目まぐるしい連続攻撃。あ~っとこれには赤居、反撃の機会がないか。いや、打ち込みました。重たい一撃。出ました『クロスクリュー』です。そして倒せると分かったら、ここぞとばかりに打ち込みます。これにはグラッチェ、堪らず『クリンチワーク』です。これは相手に抱き着いて攻撃を止める防御技です。レフェリーが二人を引き離したところでラウンド終了です」

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ここまで読んで頂いてありがとうございます。

ただいま作者の崗本は『賞レース中にて書籍化のチャンス』に直面しております!!

下記サイト(Note創作大賞2023)にて各話♡ハートボタンを押して頂けたら幸いです。

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一人一人の応援が力になります。よろしくお願い致します!!

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