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第9話 必殺技
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第二章 日 本 編
東日本新人王トーナメントが終わり、明は瞼の怪我を治すために6針縫った。そして、ライセンスの更新を行った。4回戦選手は『C級ライセンス』6回戦選手は『B級ライセンス』8回戦選手は『A級ライセンス』を持っている。
『B級ボクサー』となれるのは、4回戦で4勝を上げた場合か、突出した実力があると認められる場合、例えば、アマチュアの日本ランキング10位以内などの場合である。
引き分けは0.5勝とカウントされ、今回の新人王トーナメントで明は、その『B級ボクサー』として活動できるようになった。
金銭面では、4回戦選手として貰えるファイトマネーは5万円。3試合で12万円と新人戦の優勝賞金50万円とを合わせると所持金が62万円となった。
そして、その後の12月3日と12月24日、明は6回戦で溶ける拳『炎鉄拳』を巧みに操る海老原三兄弟の三男三郎と、凍える拳『冷鉄拳』を巧みに操る海老原三兄弟の次男二郎に合計2勝していた。
そのことで6回戦で2勝したことになり、晴れて『A級ボクサー』にまでスピード昇格して、順調に出世街道を邁進していた。時は1984年1月1日。明と五十嵐は初詣と願掛けを済ませた後、ジムで新年一発目の練習を行っていた。
「赤居、お前この前の試合をどう思う?」
「どうって、楽しかったよ。イブまでボクシングかよって思ったけど、試合に勝って、相手と分かりあって。これ以上の試合はなかったってくらいさ」
「違う、弱い相手に勝った試合は、直ぐに忘れろ。与那嶺との方だ。ボクシングを好きでいることは大いに結構だ。それは強くなるために最も必要な能力のうちの一つだろう。だが赤居、この前の試合を見て俺は一つ気づいたことがある」
物事を深く考えないと本質は見えて来ない。そのことを言葉ではなく経験で学び取ってほしい。そう考えながら五十嵐は明に問いかける。
「なんだよ、お説教か。講釈垂れるのも良いけど、理論だけじゃ相手は倒せないぜ」
「はっきりと言おう。今のお前には決め手が足りていない。相手を一撃の下にリングに沈める技。平たく言うとそう、『必殺技』だ」
明はこの瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「どうした赤居。必殺技には興味がなかったか?」
五十嵐は多少意外だというような表情を見せた。
「興味がない?欲しいに決まってんだろ。男で必殺技が欲しくない奴なんかいるかよ」明は遠足前夜の少年のように目を輝かせている。
「なら俺が昔使っていた必殺技を二つ教えてやる。『クロスカウンター』と『コークスクリュー』と言ってな。どちらも必殺技と呼ぶに相応しいだけの破壊力を持つ」
「『今の』じゃなくてか」
明は不満はあるが、五十嵐の機嫌を損ねないよう配慮したような言い方で伝えた。
「お前はまだ、ボクシングを始めて4ヶ月しか経っていない素人同然のボクサーだ。お前はすぐ調子に乗るからあまり言いたくはないが、この前試合をした段階の与那嶺に勝とうと思ったら並みのボクサーなら2年はかかる」
五十嵐は明を真っ直ぐ見つめ、その言葉に偽りがないことを強調した。
「しょうがねぇな。まぁ何にせよ必殺技ってのは男の憧れだ。二つも教えてもらえるならよしとするか」
この時、五十嵐も明が自分では気づいていない、褒められると要求を飲んでしまう傾向があることに気が付いた。
「なら今から俺が直々に教えよう」
五十嵐は明に左手でストレートを出させ、その腕の上に自分の右ストレートを交差させる。
「なんだよ、本気で打って来てもよかったのに」明はつまらなそうに口を尖らせた。
「忘れたか。俺は左利きだぞ」五十嵐はいつものように不敵に笑った。
「利き手じゃない手で軽く打って、この威力って相当なもんだな。こりゃあもう一つの必殺技にも期待が懸かるぜ」明の目は輝きを取り戻している。
「では、次のヤツに行くぞ」
そう言うと五十嵐は、左手を鋭く 捻りながら明の右頬に突き刺した。
「痛ってぇな。てめぇ素手で殴ってんじゃ――」
明はそう言いかけて自分の誤りに気付く。
「どうだ。グローブ越しでも素手で殴られたと勘違いしてしまう程の威力。これが二つ目の必殺技『コークスクリューブロー』だ」五十嵐は今度は得意げにそう言った。
『コークスクリュー』は『コルク抜き』に名を由来し、アメリカのキッド・マッコイがボールにじゃれつく猫の前足を見て思いついた、回転の加わったピストルの弾丸のようなパンチである。
「確かに二つともすげぇ威力だ。これならどんな相手でも倒せそうな気がするぜ」
明は大いに喜んでいる。
「多少急だが、次の試合は一ヶ月後だ。それまでにこの二つの必殺技を、どちらも完璧に繰り出せるようになれ」
“まだ自分で見る段階じゃないってか。上等だ。てめぇが俺を認めるまでいくらでも練習してやるぜ”明は密かにそう思った。それを察してか、五十嵐は言葉を付け足した。
「お前には悪いと思っているが、すまないが俺にはもう時間がなくてな」
「まぁどっちだっていいさ。俺は強くなるんだ」
この二人はタイプは違うが、目指すところが同じだということもあり、波長が合うようだ。
一ヶ月という期間は、人によって感じ方が違ってくるもので、充実していれば早く、怠惰に過ごせば長く感じる。
明にとってこの一ヶ月は、言うまでもなくほんの一瞬かのように感じられた。
東日本新人王トーナメントが終わり、明は瞼の怪我を治すために6針縫った。そして、ライセンスの更新を行った。4回戦選手は『C級ライセンス』6回戦選手は『B級ライセンス』8回戦選手は『A級ライセンス』を持っている。
『B級ボクサー』となれるのは、4回戦で4勝を上げた場合か、突出した実力があると認められる場合、例えば、アマチュアの日本ランキング10位以内などの場合である。
引き分けは0.5勝とカウントされ、今回の新人王トーナメントで明は、その『B級ボクサー』として活動できるようになった。
金銭面では、4回戦選手として貰えるファイトマネーは5万円。3試合で12万円と新人戦の優勝賞金50万円とを合わせると所持金が62万円となった。
そして、その後の12月3日と12月24日、明は6回戦で溶ける拳『炎鉄拳』を巧みに操る海老原三兄弟の三男三郎と、凍える拳『冷鉄拳』を巧みに操る海老原三兄弟の次男二郎に合計2勝していた。
そのことで6回戦で2勝したことになり、晴れて『A級ボクサー』にまでスピード昇格して、順調に出世街道を邁進していた。時は1984年1月1日。明と五十嵐は初詣と願掛けを済ませた後、ジムで新年一発目の練習を行っていた。
「赤居、お前この前の試合をどう思う?」
「どうって、楽しかったよ。イブまでボクシングかよって思ったけど、試合に勝って、相手と分かりあって。これ以上の試合はなかったってくらいさ」
「違う、弱い相手に勝った試合は、直ぐに忘れろ。与那嶺との方だ。ボクシングを好きでいることは大いに結構だ。それは強くなるために最も必要な能力のうちの一つだろう。だが赤居、この前の試合を見て俺は一つ気づいたことがある」
物事を深く考えないと本質は見えて来ない。そのことを言葉ではなく経験で学び取ってほしい。そう考えながら五十嵐は明に問いかける。
「なんだよ、お説教か。講釈垂れるのも良いけど、理論だけじゃ相手は倒せないぜ」
「はっきりと言おう。今のお前には決め手が足りていない。相手を一撃の下にリングに沈める技。平たく言うとそう、『必殺技』だ」
明はこの瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「どうした赤居。必殺技には興味がなかったか?」
五十嵐は多少意外だというような表情を見せた。
「興味がない?欲しいに決まってんだろ。男で必殺技が欲しくない奴なんかいるかよ」明は遠足前夜の少年のように目を輝かせている。
「なら俺が昔使っていた必殺技を二つ教えてやる。『クロスカウンター』と『コークスクリュー』と言ってな。どちらも必殺技と呼ぶに相応しいだけの破壊力を持つ」
「『今の』じゃなくてか」
明は不満はあるが、五十嵐の機嫌を損ねないよう配慮したような言い方で伝えた。
「お前はまだ、ボクシングを始めて4ヶ月しか経っていない素人同然のボクサーだ。お前はすぐ調子に乗るからあまり言いたくはないが、この前試合をした段階の与那嶺に勝とうと思ったら並みのボクサーなら2年はかかる」
五十嵐は明を真っ直ぐ見つめ、その言葉に偽りがないことを強調した。
「しょうがねぇな。まぁ何にせよ必殺技ってのは男の憧れだ。二つも教えてもらえるならよしとするか」
この時、五十嵐も明が自分では気づいていない、褒められると要求を飲んでしまう傾向があることに気が付いた。
「なら今から俺が直々に教えよう」
五十嵐は明に左手でストレートを出させ、その腕の上に自分の右ストレートを交差させる。
「なんだよ、本気で打って来てもよかったのに」明はつまらなそうに口を尖らせた。
「忘れたか。俺は左利きだぞ」五十嵐はいつものように不敵に笑った。
「利き手じゃない手で軽く打って、この威力って相当なもんだな。こりゃあもう一つの必殺技にも期待が懸かるぜ」明の目は輝きを取り戻している。
「では、次のヤツに行くぞ」
そう言うと五十嵐は、左手を鋭く 捻りながら明の右頬に突き刺した。
「痛ってぇな。てめぇ素手で殴ってんじゃ――」
明はそう言いかけて自分の誤りに気付く。
「どうだ。グローブ越しでも素手で殴られたと勘違いしてしまう程の威力。これが二つ目の必殺技『コークスクリューブロー』だ」五十嵐は今度は得意げにそう言った。
『コークスクリュー』は『コルク抜き』に名を由来し、アメリカのキッド・マッコイがボールにじゃれつく猫の前足を見て思いついた、回転の加わったピストルの弾丸のようなパンチである。
「確かに二つともすげぇ威力だ。これならどんな相手でも倒せそうな気がするぜ」
明は大いに喜んでいる。
「多少急だが、次の試合は一ヶ月後だ。それまでにこの二つの必殺技を、どちらも完璧に繰り出せるようになれ」
“まだ自分で見る段階じゃないってか。上等だ。てめぇが俺を認めるまでいくらでも練習してやるぜ”明は密かにそう思った。それを察してか、五十嵐は言葉を付け足した。
「お前には悪いと思っているが、すまないが俺にはもう時間がなくてな」
「まぁどっちだっていいさ。俺は強くなるんだ」
この二人はタイプは違うが、目指すところが同じだということもあり、波長が合うようだ。
一ヶ月という期間は、人によって感じ方が違ってくるもので、充実していれば早く、怠惰に過ごせば長く感じる。
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