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第32話 波乱のウズベキスタン戦

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28日、日本代表はウズベキスタン代表との準々決勝の日を迎え、昨日の雨空とは打って変わって清々しい天気であり、嘘のような快晴であった。
スタメンは焔、金、林、港、硯と静岡代表で固めており、東海ベスト5と言っても過言ではない編成であった。見るとウズベキスタン代表が、それぞれ1メートルほどその場でジャンプしながらアップしていた。それを見ていた焔が、港に話し掛ける。

「どうでもいいけど、あっちのチームズボンの丈短くね?」
「あんなもんだろ」
「あんな高くジャンプしたら、なんかはみ出て来そうじゃね?」
「大丈夫だろ」
「それになんかオッサン多くね?」
「人は歳を取るものだろ」
「若いマネージャーに先越されて水飲まれちゃってね?」
「レディーファーストなんだろ」
「っていうか、全体的に雰囲気暗くね?」
「それは俺もだろ」

 息が合っているのかいないのか。一抹の不安を抱ながらの試合開始となった。
3分後、日本代表側のスタンドで、マナーの良いファンを中心に熱心な応援が繰り広げている中ウズベキスタンボールでのキックオフとなり、キレのあるパス回しから、特徴的な陣形を組んできた。

ウズベキスタン代表の、この『クワトロ』はフィールドプレーヤーが横一線に並ぶシステムで、このゼロトップシステムはスペースの使い方が難しいため珍しく、他に使用しているチームはなかったのだが、彼らはこの攻めにも相当な自信があるようであった。そして、フェイントから抜け出した一人の選手をベンチから見ていた昴は、その動きに思わず目が釘づけになった。

“うわっ、ナイトメアじゃん。珍しい”
バティルのこの『ナイトメア』は、ボールに逆サイドの回転を掛け自らはディフェンスの反対側を通り、三日月のように躱(かわ)す技であった。結構な難易度であり、成功させるには実力差が必要であったりと、相当に高度な技であるのだが、バティルはこの高等技術を難なく熟していた。ここから繰り出される浮きあがるシュートは傍から見ている以上に軌道が読みにくく、あの硯が弾いて対応するほどのものであった。

このことでコーナーキックになることが多く、アラのナルクルが正確に蹴るセンタリングに合わせて、ヘディングで押し込むという戦略であった。この『サリーダ・デ・バロン』は、ボールの出口を作ってピヴォをドフリーにする戦術であり、バティルは人差し指と親指でL字を作り、機関銃のようなポーズのパフォーマンスを見せた。

そこから何度か危ういシーンがあったものの、失点については問題なさそうであった。それよりも気になったのは、それほど危険でもないようなプレーでも、前半開始わずか8分でPKが5回も出ていることであり、これはかなり異様なことであった。それは恐らくある一人の審判の所以であり、この人物が矢鱈と笛を吹きまくっていた。

だが、両チームとも堅守のゴレイロを中心としたディフェンスで互いにゴールを割る気配がない。ここでいよいよ満を持してといった感じで、キャプテン林がフェイクを掛けてウズベキスタンゴールを脅かそうとする。

「おっしゃ、行くぜウズベキスタン!」
林のこの『ダブルタッチ』は両足で素早くボールを弾いて左右に振り、どちらかに抜き去るというもので、利き足に関わらず左右どちらにも抜けるためディフェンスが予測し難く、守り難いという技である。林はアラのバティルを瞬時に抜き去りシュート放つが、ゴレイロのウルマスが弾いて跳ね返って来たボールをキープしている際に、後ろにいたナルクルにボールを取られてしまった。普段ならそんなミスを犯すようなことはなかったのだが、どうやら味方から出ている声が聞こえなかったようだ。

ウズベキスタンの観客はマナーは良いのだが、応援グッズとして鳴らしていたブブゼラがうるさく、日本代表はこの音で味方の声が聞こえず、何度かボールを奪われてしまっていた。そして前半14分、そのナルクルの飛び出しに反応した焔が、少しやり過ぎかと思われるほどのスライディングをお見舞いしてしまった。これに対し、審判の目が光る。即座に歩み寄ると、高らかにレッドカードを掲げた。

「な、なに!?レッドカードだと」
焔は予想外の一発退場に動揺を禁じえなかった。実はこの審判は、レッドカード・アナコンダと呼ばれ、大げさな裁定や誤審が目立つ人物で選手たちから蛇蠍のように疎まれ畏怖されているのであった。これには猿渡監督も納得が行かず抗議するが、
審判団の裁定が覆ることはなかった。

ナルクルは顔にできた大きめの痣をさすりながら、自らの運の良さにほくそ笑んでいた。ここで日本代表のタイムアウト、キャプテンの林が皆に語り掛けて鼓舞する。
「沈むなよ!まだ前半、これからって時だろ?」
「今までだってトラブルなんていくらでもあったさ。俺たちなら乗り越えられる!」
「6月の選抜を思い出せよ!俺ら東海エイパースの底力を見せてやろうぜ!!」

 こういった場面での林の言葉には、場を纏めてしまうような不思議な力があった。彼の人望と求心力には監督の猿渡も大きな信頼を寄せており、林はこのメンバーだと実力的にレギュラーではないのだが、その熱意に満ちた『キャプテンシー』を買われ、主将としてチームを率いているのであった。

そして試合が再開され、ピヴォの位置に金、アラとして主に袴田が出場することとなった。不満が募りそうな展開ではあるが、日本代表の観客席では熱狂的なファンが、基本的に過激な行いはせず熱狂的だがマナーを守って観戦できていた。よくサッカーはラグビーに比べてファンのマナーが悪いなどと言われるが、品行方正なファンも居るということを知ってほしいと思う。それから前半終了までの8分間、試合は荒れることなく進行して行き、ハーフタイムに移行した。

これまでの試合を振り返り、ピヴォのブリは少々悲観的に試合を捉えていた。
「ああ、このままでは、俺は役立たずのオンボロだ。国へ帰って卵をぶつけられても仕方がないくらいだ。誇り高きオオカミの意思を守り通さねば」
「大丈夫よ、ブリ。きっと神のご加護があるはずだわ」
「そう言ってくれると助かるよ。君はいつだって優しいんだね」
「当然よ。私はあなたのフィアンセですもの。さあブリ、チームに勝ちを齎して!」
そう言うと、マネージャーのニサは温和に微笑んだ。この二人は小さい頃から許嫁として育てられており、7歳年は離れていたが兄妹よりも深い仲であった。


 後半に入ってからも、ウズベキスタン代表はチーム全体の纏まりがよく、それぞれ個性を活かしたプレーができていた。そして彼らはここで速い展開でのクロスを使ってきた。この『ジャゴナウ』は斜線の意であり、ピヴォが作ったスペースにフィクソが走り込むプレーである。ここで瑠偉、瑞希、璃華、瑚奈が感想を述べあう。

「それにしても凄い『アジリティ』ね。常にこちらが後手に回っているわ」
「この俊敏性はこちらとしては相当に窮屈なものですね」
「ホントそうですよね。今の攻撃、わりと怖かったですもん」
「あっ、カナブン!!」

フィクソのサリベクは黄色の髪を振り乱して、渾身のシュートを撃ちこんできた。これは惜しくも外れたが、ウズベキスタン代表は徐々に良いリズムを作り始めており、このチームは良いシューターばかりで、まるで全員が点取り屋のようであった。

 弾かれたボールを続けざまにブリが撃ったシュートがゴールポスト上部へと当たり、それから地面へと叩きつけられた。これは、ゴールラインを割っており、あわや勝ち越しゴールかと思われるものであったが、硯が素早く蹴り出してクリアしたボールがサイドラインから出ると審判たちは何事もなかったように試合を続行した。

 これにウズベキスタン代表が怒り、ベンチの選手たちも一緒になって審判たちに詰め寄った。すると、暫くモメていたのだが、興奮してにじり寄ったナルクルにアナコンダが手をクロスして体当たりしてしまった。これにアナコンダは苦い気持ちで顔を顰めると、徐(おもむろ)にポケットに手を突っ込んで、自らレッドカードを出して退場した。

「お前が退場するんかーい」
藪が小声で言った独り言に、瑞希は思わず笑いが止まらなくなってしまった。
協議の結果このゴールはノーゴール扱いとなり、それから、13分間、互いに狙い続けてはいたが、双方ゴールを割ることはできず2対2の同点のまま後半が終了し、互いに苦しい中での延長戦となった。

フットサルでは、延長戦はわずか5分間とサッカーに比べて短く、前後半合わせて10分しかないという1ゴールの価値がとても高いものとなっている。そして、休憩を挟んで迎えた延長前半、これまで奮闘していたものの、何かの不調を感じてはいたサリベクは頭痛を訴えてピッチを退き、交代でポニョのアルティカリが出場した。

 延長後半に入って時間は残り5分となり、日本代表としてはなんとかここで決着を付けたいところであったが、粘りを見せるウズベキスタン代表に悪戦苦闘していた。
そしてここで、優位に立ったウズベキスタン代表は露骨に時間稼ぎを行って来た。これは『セラ』と呼ばれるもので、自分たちに有利に働かせるために行う牛歩戦術であった。そしてここでも試合は動かず、結局はPKへと縺れ込んだ。審判がコイントスを行い、日本代表からのキックとなった。会場全体が固唾を飲んで見守る。ニサも花のように美しい二人のマネージャー、グル、アイムと共に肩を組んで応援していた。

 キッカーは焔。丁寧にボールを置くと、タイミングをずらし、引っ張るようにしてゴール左横の良い位置に蹴り込んで見せたが、これは惜しくもゴールポストに当たってしまった。得点と言うところであったが、ウルマスのプレッシャーは強大なものであった。バティルの放ったシュートは相当に強烈なものであったが、硯はゴール右隅の難しい位置でのシュートを左手を使い片手で弾くという形で止め切ってみせた。

「うほおおおお」
吠えている硯に対し、チームメイトたちはその働きに見合った激しいリアクションを見せる。次のキッカーへと移り、藪、ブリ、林、ナルクル、袴田、サリベクの順にPKを行うが、シュートは全てゴレイロに阻まれてしまった。

そしていよいよ最終キッカーとなる。キッカーは金であり、彼はPKに絶対の自信を持っていた。そして、大きく深呼吸すると意外にも何の小細工もなしにシュートを放つ。シュートはそのままウズベキスタンゴールへと突き刺さり、日本サイドは歓喜に打ち震えた。値千金の一撃にウズベキスタンサイドは意気消沈の様子であった。

5人目に向かって上手くなっていた日本代表に対して、上手い方から蹴って行ったウズベキスタン代表はポニョのアルティカリが緊張した面持ちでシュートを放つも、これが浮き球となってしまい、ゴールポストの上を通過した。PKまでも延長戦に縺れ込むかと思われたが、これは日本代表に運があったということだろう。昴は出番がなかったことに悔しさを感じつつも、チームの勝利を素直に喜ぶことができていた。
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