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第4話 喧嘩

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本日5月11日の土曜、昴と瑞希は予定を合わせられたため、一緒に練習に参加していた。

二人は土日に休みが取り難いため、練習にはなるべく日程を揃えて参加することにしている。

ピッチに到着すると、気になったことがあった昴は、先に来ていた瑞希に疑問をぶつけた。

「あれっ、莉子と美奈は?」

「ああ。莉子は出張で、美奈は従妹が泊まりに来るからそのための買い出しだって」

「そっか~。試合前だってのに、相変わらず人数少ないよな」

「用事があるならしょうがないよね。絶対に来なくちゃいけないってわけじゃないし」

「そうだよな。どうしてもプライベート優先になっちゃうよな。所詮遊びだし」

「私は違うよ。真剣だもん」

「俺だってそうだよ」

「嘘だ~すぐサボるくせに」

「まあね。だって、真剣にやっても仕方ないんだもん」

「――。そうだよね」

「そう暗くなんなって。もう終わったことだろ?」

「やっぱり本当にーー本当にもう終わりなの?」

「ああ、そうだよ。何度も言わせんなよ」

「――分かった。昴くんがそう言うなら、そうだよね」

「そうそう、所詮は遊び。俺にとってサッカーは趣味なんだよ」

 それから練習が終わり帰ろうとした所、瑞希はふと思いついて昴に話し掛ける。

「そうだ!パブ行ってみない?せっかく合宿が終わってちょっと時間あるんだし」

「え~。俺、明日の朝ちょっと早いんだよな~」

「いいじゃん、ちょっとだけ。せっかく一緒に居るんだし」

「う~ん、それもそうだな。仕事に響かないように、1杯だけならいいよ」

「やった~。流石は昴くん!」

それから二人は静岡まで電車で出て『イヌロフ』という名のパブで飲むことにした。

パブに入るとカウンターに着き一杯ずつ酒を注文した。

昴が愛想よくそのドリンクを受け取ると、瑞希はカクテルを持ってきたウェイターに嫉妬してしまったようだ。

昴は徐(おもむろ)に携帯を開くとメールを打ち始めてしまった。

瑞希はそんな昴の気を惹こうと寄りかかるように体を寄せて少し大げさに甘えてみせた。

「ねえ~え~。昴く~ん」

「ん、んん~」

 昴は瑞希がベタベタしてくるのを少し鬱陶しそうにあしらった。

愛情を表現するためにはしつこく甘えると逆効果となり、過度なスキンシップをしないこと、人前では甘え過ぎないことが大切である。

どうしても甘えたい場合は男性側の心理に配慮し、二人きりの時や、特別な日に多めにすると負担が少なくて済み、たまに弱音を吐いてみたりするのも効果的である。

「可愛いでしょ!このキーホルダー」

「うん」

「可愛いよね、ね!」

「うん」

「今度の木曜日の予定どうする?」

「え、う~ん。何でもいいよ」

この発言を受けて、瑞希は不機嫌になってしまったようだ。

その後もわいもない話をしながら二人でしっぽり飲んでいると、20代前半くらいの3人組の青年が入ってきた。 

そのタイミングで瑞希が立ち上がると、少し酔ってふらついてしまい、その中の一人にカクテルが掛かってしまった。

身長170cm程で細身だががっしりしており、髪型は茶髪のマッシュであった。焦った瑞希は慌てて青年に声を掛けた。

「あ!!す、すみません!!」

「ん!?ああーー。大丈夫ですよ。目立ってないですし、すぐ洗えば落ちますよ」

「いえ、そういうわけにはーークリーニング代だけでもお支払いしますので」

「本当に大丈夫です。どうせ安物ですし、それに買ってからだいぶ経ってますし」

 そう言った青年のコートは、言葉とは裏腹にそれなりの値段がしそうであった。

昴はその態度が気に入ったのか、率先して青年に話し掛ける。

「いや、それじゃ俺らの気が済まねえよ。折角なんだし、1杯おごらせてくれよな」

「う~ん、そうですか。それじゃ、お言葉に甘えて1杯だけ」

 そう言った青年はその他の二人と共に席に着くと、注文したカクテルを飲み始めた。

暫く話すとその他の二人はナンパ目的で来ていたようで、目当ての女の子を見つけるとそちらに話し掛けて席を移してしまった。

だが、先ほどの青年は、折角だからと昴たちと話を続けるようにしてくれたようだ。

酒の席はそれなりに盛り上がり二人とも酒好きのようで身の上話に花が咲いた。

そんな昴と青年には、ある共通点があったようだ。

「やあ~後輩だったとはな」

「ホント偶然ですね。二人とも歓応私塾高出身だったなんて」

「そうそう!しかも同じサッカー部」

「そう!それも偶然ですよね」

「コッチに出張がなかったら出会ってなかったわけだもんな」

「そうですね。ほんと一期一会って感じしますよね」

「友助はポジションどこだったんだ?」

「僕はミッドフィルダーでした。昴さんはどこだったんですか?」

「俺はフォワードだよ。バリバリの点取り屋なんだぜ」

「昴さん、イケイケな感じしますもんね。肉食っていうか」

「だろ!ガンガン狙いに行くんだぜ」

「そうですよね。やっぱ男は攻めて行かないと!」

「それより水臭えじゃねえか、俺のことは兄貴と呼べ。なんせお前の先輩だからな」

「わかりました。兄貴に一生ついて行きま~す」

敬礼をした友助は、もうだいぶ酔いが回って来ているようだった。

暫く話していると、昴の携帯が光って着メロが鳴り響いた。

彼は画面を横目で確認したが、電話に出ようとしなかった。

そして、電話はそのまま切れてしまった。

その仕草を見て、瑞希は思うところがあったようだ。

「今の電話、誰から?」

「友達」

「友達って誰?」

「高校の友達」

「だから誰?」

「誰だっていいだろ!」

「良くないよ!!また浮気してるんじゃないの」

「してないって!!なんでいつもそうなんだよ」

「だってあの時も――」

「あの時のことはもう謝っただろ!!」

「私の中ではまだ終わってないの!!」

「――じゃあ、もう別れる」

「――ごめん」

「瑞希は束縛しすぎなんだって。大丈夫だから」

「私、ちょっと外の空気吸って来る」

 瑞希を見て心配になったのだろう。友助は不安そうに声を上げる。

「あっ、瑞希さん――」

「いいんだよ。ほっとけって」

「僕、ちょっと追いかけて来ます」

 そう言うと友助は、すぐ勢いよく出て行った。

暫く経つと友助に連れ戻された瑞希が、少し不貞腐れながら戻って来た。

それを見た昴は、先程の怒りが再燃したのか少し棘のある言い方で会話を始めた。

「ったく。もういい大人だろ?他人に迷惑かけんなよ」

「ちょっと外に出ただけだもん。私は悪くない」

「あと前にも言ったんだけど、お前なんかあった時にすぐ感情的になるの止めろよな」

「それなら私も前に言ったんですけど。お前呼ばわりされたくないって」

「なんだよ、せっかく仲直りしようと思ってたのに!!」

「こっちだってそうよ!!」

こうなると、もう売り言葉に買い言葉で、殆どどうしようもなかった。

必死で宥める友助と少し呆れ気味の周囲を尻目に、それから二人はバチバチと火花を散らしていた。

ナンパ組が失敗して戻って来たタイミングで支払いを済ませて店を出て、友助らとはそこで別れ、無言の瑞希を家まで送ってこの日は解散した。
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