太ったからと婚約破棄された令嬢は復讐に動く

復讐の果実

　計画が整ったとはいえ、その実行は容易ではなかった。カレンス男爵は、私との婚約を破棄して以来、社交の場で頻繁に姿を見せるようになっていた。彼の周りには、常に誰かしらの取り巻きがいて、独りになる瞬間はほとんどなかった。私の計画を遂行するには、慎重さと機転が求められる。

　まずは彼の行動パターンを徹底的に調べ上げた。幸いにも、彼と私の間にはまだ共通の知人が多く、情報を得るのは難しくなかった。彼がどこで何をしているのか、誰と会っているのか、すべてが私の耳に入るようになっていた。

　ある日の夕刻、私は彼が大規模な社交パーティーに参加することを知った。このパーティーは、地元の貴族たちが集まる恒例のもので、彼も毎年出席していた。そこには私も招待されていたが、彼との破局以降、顔を合わせるのは避けていた。しかし、今回ばかりは違う。このパーティーこそ、私の計画を実行する最良の機会だった。

　パーティーの夜、私は特別なドレスを選んだ。淡いブルーのドレスは、優雅でありながらも落ち着いた印象を与える。髪は慎重にまとめ、シンプルな銀のアクセサリーで飾った。鏡の前に立つと、そこにはかつての悲しみに囚われた自分ではなく、冷静で強い意志を持った女性が映っていた。

「今日は、あの男に報いを受けさせる日だ」

　私は心の中でそう誓い、深呼吸をした。ドレスのポケットには、小さなガラス瓶が隠されている。中には、彼のために作り上げた特別な紅茶の粉が入っていた。

　会場に着くと、すでに貴族たちの華やかな笑い声が響いていた。大きなシャンデリアが、豪華な装飾が施されたホール全体を明るく照らし出している。貴族たちは、互いに談笑しながら美酒に酔いしれていた。

　私はカレンス男爵を探した。彼はすぐに見つかった。彼の周りには、数人の若い貴婦人たちが集まり、彼の一挙手一投足に注目している。彼は微笑みながら、余裕たっぷりに会話を楽しんでいる様子だった。

「リディア嬢、久しぶりだね」

　彼は私に気づくと、驚いたような表情を見せたが、すぐにそれは冷ややかな微笑みへと変わった。私は心の中で怒りを押さえ込み、落ち着いた笑みを浮かべた。

「お久しぶりです、カレンス様。お元気そうで何よりです」

　彼との会話は形式的なものに過ぎなかった。私の心は彼に復讐するための計画でいっぱいで、言葉の端々に刺すような棘を潜ませることしか考えられなかった。

　その後、パーティーは進行し、ゲストたちは次々と席についていった。大きなテーブルには、豪華な食事とともに、様々な種類の飲み物が並んでいる。私は彼がどこに座るかを確認し、彼の近くの席を選んだ。

　そして、ディナーが始まる頃合いを見計らって、私はそっと紅茶の瓶を取り出した。その粉はあらかじめ準備していたもので、彼のカップにすばやく入れることができるよう、細心の注意を払って調合した。まるで魔術のような手際で、それを実行した。

　食事の最中、私は機会をうかがっていた。彼のカップが空になる瞬間を逃さないよう、じっと観察していた。やがてその時が訪れた。カレンス男爵は、自分のカップを手に取り、中身が空であることに気づいた。

「お飲み物をお注ぎしましょうか？」

　私は優雅に微笑みながら、彼の前に歩み寄った。彼は一瞬戸惑ったが、すぐに笑みを返してきた。

「ありがとう、リディア嬢。では、お願いしようかな」

　その言葉を聞いた瞬間、私は内心で勝利の微笑みを浮かべた。私は紅茶を注ぎ、彼のカップにそっとその粉を混ぜた。見た目も香りも普通の紅茶そのもので、決して毒が含まれているとは思わせない。

　カレンス男爵は、まったく疑いを持たずにその紅茶を一口飲んだ。私はその様子を見つめながら、彼がこの後どうなるのかを想像して、胸の中で笑いを噛み殺していた。

　その瞬間から数時間後、パーティーが終わりに近づいた頃、カレンス男爵の顔色が急に変わった。彼は突如として額に手を当て、苦しそうな表情を浮かべた。周囲の人々が心配そうに彼を見つめる中、彼は急に席を立ち、トイレへと駆け込んだ。

　私はその後を追うように、彼の後ろ姿を見つめた。トイレからは、彼のうめき声が漏れ聞こえてきた。激しい痛みに耐えきれず、彼はそこで倒れ込んでしまったようだった。

「これが報いだ…………」