婚約破棄されたので、同じ境遇の人たちと復讐します

復讐共謀

　リリアンが婚約破棄を告げられたのは、まるで悪夢の中で突如として訪れる不幸のようだった。広間には絢爛たるシャンデリアが輝き、上流階級の貴族たちが笑顔で語り合っていたが、彼女の周囲だけが冷たい闇に包まれているかのように感じられた。婚約者であったアルフレッド侯爵は、無感情な瞳で彼女を見下ろし、冷たく言い放った。

「リリアン、君との婚約はもう終わりだ。僕たちは道を違えた」

　その言葉が耳に届いた瞬間、リリアンの心臓は強く締めつけられた。アルフレッドの言葉は彼女にとって信じ難いものだった。つい先日まで、彼は優しさと愛情を込めた眼差しで彼女を見つめ、未来を約束してくれていたではないか。だが、その約束はあっけなく破られ、彼女の目の前で粉々に砕け散った。

「どうして……どうしてなのですか？」

　リリアンは震える声で問いただしたが、返ってくる答えは冷酷だった。

「理由は聞かないでくれ。もう終わったことだ」

　それだけを言い残し、アルフレッドは背を向けて去っていった。彼の背中が遠ざかるにつれ、リリアンは自分の足元が崩れ落ちるような感覚に襲われた。世界が音もなく彼女から遠ざかっていく。周囲のざわめきも、きらびやかな装飾も、すべてがぼやけ、無意味なものに変わっていく。

　その夜、リリアンは自分の部屋で一人、涙を流し続けた。彼女の心は引き裂かれ、まるで深い闇に沈んでいくようだった。ベッドの上で、彼女は何度もアルフレッドの名前を呼び、過去の幸福な日々を思い出した。だが、それらの思い出は彼女を慰めることなく、かえって更なる悲しみを呼び起こすばかりだった。

　翌日も、リリアンは屋敷の外に出る気力を失い、カーテンを閉め切った部屋に閉じこもっていた。窓の外では秋の陽が燦々と輝いていたが、彼女の心にはその光が届くことはなかった。家族や友人たちは彼女を励まそうとしたが、その言葉はどれも空虚に響いた。

　時が経つにつれて、リリアンの心の中には孤独と絶望が積み重なっていった。愛を失い、未来を失った彼女にとって、日々はただ過ぎ去っていく無意味な時間に過ぎなかった。

　そんなある日、リリアンの元に一通の手紙が届いた。美しい筆跡で書かれた宛名には彼女の名前が記されており、封筒の端には見慣れない紋章が押されていた。手紙を開けると、中には短い一文だけが書かれていた。

「あなたのように婚約破棄された者たちが集まる場所があります。もし興味があれば、以下の住所までお越しください」

　リリアンはその手紙を手に取り、長い間じっと見つめていた。誰がこの手紙を送ってきたのか、そしてその場所がどこなのか、何も分からない。しかし、彼女の中には奇妙な引力が働き、この誘いに応じるべきかどうかを悩ませた。

　数日後、リリアンはついに決心した。屋敷に残ることはもう耐えられなかった。彼女は最小限の荷物をまとめ、手紙に記された住所へと向かった。馬車で数時間の道のりを経て、彼女が辿り着いたのは、郊外の静かな森に囲まれた屋敷だった。

　その屋敷は、見た目こそ古めかしく、どこか寂しげな雰囲気を漂わせていたが、どこか暖かさを感じさせる場所だった。玄関の扉を叩くと、やや年配の女性が現れ、穏やかな笑顔でリリアンを迎え入れた。

「ようこそ、おいでくださいました。私はこの家の管理人を務めております、マルガレータと申します」

　彼女の優しい声に、リリアンはほっとしたように息をついた。屋敷の中に入ると、リリアンはすぐに感じた。ここは特別な場所だと。壁には柔らかな照明が灯り、温かみのある家具が並び、どこか安心感を与える空間だった。リリアンはこの場所が、ただの屋敷ではなく、彼女の心の傷を癒すための避難所であることを直感した。

「こちらで、同じように婚約破棄を経験された方々と共にお過ごしいただけます。皆さん、色々な思いを抱えていらっしゃいますが、お互いに支え合い、前に進もうとされています」

　リリアンはマルガレータの案内で、屋敷の中を見て回った。広い居間では、数名の女性たちが穏やかに談笑していた。彼女たちの表情には、どこか共通の悲しみが宿っていたが、それを隠すように明るく振る舞っていた。リリアンはその中に、かつての自分を見たような気がした。

　数日が経つと、リリアンは徐々にこの新しい環境に慣れていった。彼女は同じ境遇を持つ仲間たちと心を通わせ、少しずつ心の傷が癒えていくのを感じた。だが、その一方で、彼女たちの間に流れる共通の意志も感じ取っていた。

　それは、復讐という名のもとに集まった者たちの、共有された思いだった。裏切りに対して、ただ黙って耐えるだけではなく、自らの手で正義を貫くこと。その思いが、リリアンの中にも少しずつ芽生え始めていた。彼女はまだ復讐の道を選ぶかどうかを決めていなかったが、少なくとも、ここでの生活が新たな一歩を踏み出すための重要な節目となることは確信していた。

　リリアンは心の奥底で、自らの新たな決意を固め始めていた。ここでの日々が、彼女を次なる運命へと導くための準備期間であることを理解しながら……。

　リリアンがグループホームに通う日々が続く中、彼女は他の入居者たちと次第に親しくなっていった。特に、ミーナとアンの二人とは、すぐに仲良くなった。ミーナは明るく活発な性格で、いつも元気な笑顔を浮かべていた。一方のアンは、どこか控えめで落ち着いた雰囲気を持つ女性で、静かながらも聡明さを感じさせる存在だった。

　ある日の午後、リリアンは彼女たちと一緒に居間でお茶を飲んでいた。壁に掛けられた絵画や、窓から差し込む温かな光が、心地よい空間を作り出していた。リリアンは、ミーナの元気な話に耳を傾けながら、徐々に心の中のもやもやが晴れていくのを感じていた。

「リリアン、どう思う？ 私たち、あの裏切り者たちに何か仕返しできたらいいのにね」

　リリアンはその言葉に少し驚いた。彼女自身も復讐を考えないわけではなかったが、具体的な方法を考えたことはなかったからだ。

「仕返し？ 具体的にはどうするの？」

　ミーナは目を輝かせながら、自分の考えを語り始めた。「例えば、アルフレッドの大事な商売を妨害したり、彼の評判を落とすようなことをするの。そしたら、彼も少しは後悔するかもしれないでしょ？」

「それは……」

　リリアンは口ごもりながらも、ミーナの言葉にどこか心が躍った。裏切られた者としての復讐心が、自分の中でも芽生えていたのだ。

　その時、アンが静かに口を開いた。

「でも、そういう方法は本当に成功するかわからないわ。相手を傷つけることで、私たちもまた傷つくことになるかもしれない。もっと巧妙な方法を考えた方がいいかもしれないわ」

　アンの冷静な言葉に、リリアンは一瞬考え込んだ。復讐という目的のために、自分たちがどのような選択をするのか、慎重に考えなければならないことを理解した。

「具体的に何かアイデアがあるの？」

　リリアンはアンに尋ねた。

「たとえば、彼らの秘密を暴露するような情報を集めること。彼らが隠していることを知ることで、相手の心に不安を与えることができると思うの」

　アンは真剣な表情で言った。

　ミーナも頷きながら、「それなら、私たちで協力して情報を集めていくのもいいかも。お互いの協力で、もっと効果的な方法が見つかるかもしれないわ」と提案した。

　リリアンはその言葉に感銘を受けた。彼女自身がただ漠然と復讐を望んでいただけだったが、ミーナやアンの具体的なアイデアを聞くことで、彼女の中の復讐心が一層大きくなった。彼女たちと共に何かを成し遂げることで、失ったものを取り戻す道が見えてくるのかもしれない。

「私も協力する。どんなことができるか、私も考えてみる」

　リリアンは心から言った。彼女の言葉には、かつての無力感が消えつつあることを示す力強さがあった。

　その後、三人は復讐のための具体的な計画を話し合うことになった。どこから手をつけるのか、どんな情報が必要なのか、思いつく限りのアイデアを出し合った。会話の中で、リリアンは次第に自分自身の心の中にあった痛みを、逆に力に変えていくことができると感じ始めていた。

　リリアンは、この仲間たちと共に復讐を果たすための第一歩を踏み出すことを決意した。彼女たちの友情と協力の中で、自分の存在意義を見出し、力強く生きていける希望を抱いていた。彼女の目には、新たな決意が宿っていた。

　リリアンたちは、グループホームでの毎日を復讐のための準備に費やしていた。ミーナとアンは彼女にとっての大切な仲間であり、彼女たちと共に行動することで少しずつ自信が湧いてきた。三人は話し合いを重ね、アルフレッドの過去や彼が関わっている事柄について調査を始めた。

　彼女たちは町の噂話や情報を集めるために、様々な手段を使った。特に、アルフレッドの知人や周囲の人々に近づいて、彼についての話を引き出すことに力を入れた。ミーナは社交的な性格を活かして、アルフレッドの周囲の人々と交流し、意図的に会話の中にアルフレッドの名前を織り交ぜることで、情報を得ていった。

　数日が経ったある晩、リリアンはミーナとアンと共に夕食をとっている最中、思わぬ情報を耳にした。ミーナがうれしそうに言った。

「リリアン、聞いた？ アルフレッド、最近女癖が悪いって噂されてるみたいよ。特に、誰かと浮気してるって話があちこちで広がってるんだって」

　リリアンの心がざわついた。彼女の中で何かが弾けた。アルフレッドの女癖、そしてそれに関する噂は、彼を窮地に追い込む絶好の材料になるかもしれない。リリアンは、その情報がどれほど強力な武器になるかを想像した。

「それを利用できるかもしれないわね……」

　アンが冷静に続けた。「もし本当に女癖が悪いなら、私たちがその証拠を集めて、彼を嵌めることもできるかもしれない。周りの人々がそれを知ったら、彼の評判は一気に落ちるはずよ」

　ミーナも目を輝かせながら賛同した。「そうよ、リリアン。私たちみんなで協力して、アルフレッドを追い詰める方法を考えましょう」

　リリアンは二人の言葉を聞き、心が高鳴るのを感じた。彼女の頭の中で、復讐の計画が徐々に具体化していくのがわかる。アルフレッドを嵌めるためには、まず彼の女癖についての具体的な証拠を集め、周囲にそれを広める必要があった。

「私、アルフレッドに近づいてみる。彼が何を考えているのか、どんな行動をしているのか見てくるわ」

　リリアンは決意を新たにした。彼女の心の中には、復讐を果たすための強い意志が宿っていた。ミーナとアンの助けを借りながら、彼女はアルフレッドの女癖を突き止め、彼を追い詰めるための行動を開始することを決めた。

「私たちの計画を進めよう。まずは、アルフレッドの行動を観察して、彼の周りの人たちに気を配るわ」

　三人は顔を見合わせ、互いに頷いた。新たな決意を胸に抱き、彼女たちは協力して復讐のための準備を整えることにした。リリアンの心には、少しずつ自信と希望が芽生えていた。

　リリアンは、ミーナとアンと共に過ごす時間がますます楽しくなっていく中、ある日のことを覚えていた。グループホームの共有スペースで、三人はお茶を飲みながらリラックスした雰囲気で会話を楽しんでいた。話題は自然とアルフレッドに移っていく。

「ねえ、アン。アルフレッドのこと、どう思う？」とミーナが問いかけた。

　アンは一瞬考え込んでから、少し恥ずかしそうに微笑んだ。「実は、私、昔彼に求婚されたことがあるのよ」

　リリアンは驚きの声を上げた。「えっ、本当に？ そんなこと、全然知らなかった！」

「私も最初はびっくりしたけど、その時はすでに婚約者がいたから断ったの」とアンは言った。

　リリアンはその話に耳を傾けながら、アルフレッドの意外な一面を知ることになった。彼の魅力に引き寄せられる人もいたのだと実感しつつも、アンが彼を断った理由に少し安堵を覚えた。彼女自身が今、アルフレッドに復讐しようとしていることを考えると、少し不思議な気持ちだった。

「でも、もし私の復讐のためなら、一肌脱いでくれる？」とリリアンが冗談交じりに言うと、アンは笑顔で答えた。

「もちろん！リリアンのためなら、全力で協力するわ。アルフレッドのこと、少し懲らしめてやろうじゃない」

　その言葉に、リリアンの心は高鳴った。アンの協力を得られることで、計画が一層具体化していくのを感じた。彼女は自分たちのチームワークがどれほど強力なものになるのか、想像するだけでワクワクしていた。

「これでいけるかもしれない。私たちの計画を進めよう！」

　リリアンは心の中で新たな決意を固めた。彼女の復讐は、ただの夢ではなく、現実のものになる可能性を秘めていた。アンとミーナの助けを得て、彼女はさらなる一歩を踏み出す準備を整えていた。

　ある日の午後、リリアンはミーナとアンと共に、グループホームのリビングで次の計画を練っていた。心の中には、アルフレッドへの復讐の思いが膨らんでいた。そんな時、アンがふと思いついたように口を開いた。

「そういえば、リリアン、次の週末に友人が主催するパーティーがあるの。アルフレッドも婚約者を連れて来るらしいわ」

「パーティー？」

　リリアンは興味を示した。

「それって、彼に接近するチャンスじゃない？」

「ええ、そう思う。だって、アルフレッドは多分、まだ私に未練があると思うのよ」とアンは笑いながら言った。その言葉に、リリアンは驚きつつも少し興奮した。

「未練があるの？」ミーナも興味深そうに聞いた。

「そう。私たちの過去を知っている友人たちの間でも、彼が私のことを今でも気にしているって噂が立っているの」とアンは言った。その目には、少し mischievous な輝きが宿っていた。

　リリアンは、その可能性に心が踊った。アルフレッドがアンに未練を持っているのなら、それを利用して彼を揺さぶることができる。彼の心にかつての思いを呼び起こし、その隙に彼を追い詰める計画が頭の中でぐるぐると回り始めた。

「それなら、アンがパーティーで彼を誘惑してみるのがいいかもしれないわね。彼の気を引く方法を考えてみて」とミーナが提案した。

「そうだね、彼を惑わせることができたら、彼の婚約者にどんな影響を与えるかも見てみたいわ」とリリアンも同意した。

「実は、私もそのつもりなの」とアンはにっこり笑って続けた。

「彼をじらして、気を引いてみようと思う。少しだけ私の魅力を振りまいて、アルフレッドを混乱させてやるわ」

　リリアンはその計画にワクワクした。アンが自信を持って行動する様子を見ていると、彼女も自分の復讐に対する期待感が増していくのを感じた。パーティーは、彼女たちにとって新たな一歩を踏み出す絶好の機会になるかもしれない。

「アン、どんな服を着るつもり？」とリリアンは尋ねた。アンは少し考え込み、やがて答えた。

「セクシーだけど品のあるドレスを選ぼうと思っているわ。アルフレッドが見た瞬間に、私のことを思い出すようなスタイルにするつもり」

「それなら、リリアンも一緒に準備しよう。私たちのチームで一緒に挑むんだから！」とミーナが元気に言った。

「ありがとう、二人とも。これで計画はどんどん進んでいくわね」とリリアンは心強く思った。パーティーの日が近づくにつれて、彼女の胸の内には期待と緊張が入り混じった感情が渦巻いていた。アルフレッドとの再会、そして復讐の第一歩を踏み出す瞬間が待ち遠しかった。

　パーティー当日、華やかな雰囲気が漂う中、グループホームの広いリビングルームは色とりどりの装飾やキャンドルの灯りで照らされ、ゲストたちの笑い声や楽しそうな会話が響いていた。リリアンは、心臓が高鳴るのを感じながら、参加者たちの中からアルフレッドを探していた。

　その時、彼の姿が目に入った。新たな婚約者であるユウナを連れてやってきたアルフレッドは、周囲の視線を集めていた。ユウナは美しいロングドレスを身にまとい、明るい笑顔で周囲に挨拶をしている。リリアンは、その二人を見つめながら心中に複雑な思いを抱いた。アルフレッドの目に、自分たちの過去の影がちらついていることを期待しながら。

　しばらく楽しいパーティーが続き、参加者たちはそれぞれのテーブルで飲み物や軽食を楽しんでいた。音楽が流れ、ダンスをする人々もいれば、談笑を交わす人々もいる。リリアンは友人たちと共に、パーティーの雰囲気に酔いしれていた。

　その瞬間、ミーナがユウナに声を掛けた。

「ねえ、ユウナさん。あちらでお話しましょうか？」彼女の明るい声が、静かな瞬間を作り出した。

　ユウナは少し驚いた表情を浮かべながらも、笑顔で答えた。「もちろん！どんなお話をしましょう？」

　二人は笑顔を交わしながら、パーティーの別の場所へと向かっていった。リリアンは、その瞬間を逃さなかった。アルフレッドが一人になるチャンスだ。彼の目に浮かぶ不安や戸惑いを利用するための絶好の機会だと直感した。

　その時、アンが静かに現れた。彼女は、セクシーなドレスに身を包み、まるで華やかな舞台の上に立つ女優のように、自信に満ちた微笑みを浮かべていた。そのドレスは、彼女の曲線美を引き立てるもので、魅惑的な雰囲気を醸し出していた。

　リリアンは思わず息を飲んだ。アンの姿は、アルフレッドに近づくための完璧な武器になるだろう。彼女が目の前に立つと、アルフレッドは一瞬その存在に気づき、驚いた表情を浮かべた。アンは、しなやかに歩み寄り、彼に微笑みかけた。

「アルフレッド、久しぶりね……」

　彼女の声は柔らかく、心地よい響きを持っていた。アルフレッドの目が、少しずつアンの姿に引き寄せられていくのが見えた。

「アン……」

　アルフレッドがその名を口にした瞬間、彼の声には明らかに戸惑いと驚きが混じっていた。アンはその反応を感じ取り、微笑みを浮かべた。

「久しぶりね、アルフレッド……」

　彼女の声は甘く、周囲の喧騒を忘れさせるような魅力を持っていた。アンは少し前に移動したアルフレッドの腕に抱きつき、その温もりを感じ取った。

「ねぇ、あっちで話しましょ？」と、彼女はささやくように誘った。彼女の目には、一瞬の期待感が宿っていたが、アルフレッドの反応は冷ややかだった。

「そういうのはちょっと……」アルフレッドは言葉を濁し、視線を少し外した。ユウナの姿がちらりと目に入ってしまったのだ。彼の心の中に、戸惑いと罪悪感が同時に生まれた。

　アンは、その反応に少し驚いた様子を見せたが、すぐに目に涙を浮かべ、上目遣いでアルフレッドを見つめた。

「私は駄目なの……？」

　彼女の声にはかすかな震えが混じっていた。まるで子供のように無邪気な表情を浮かべて、彼の心の奥を揺さぶる。

　その瞬間、アルフレッドは思わず目をそらせずにいた。彼の視線は、無意識にアンの胸元に向かってしまう。彼女のドレスが彼女の身体の曲線を強調しており、どうしても目が離せなかった。その瞬間、彼は喉を鳴らし、ごくりとつばを飲み込む。

「やっぱり……」

　アルフレッドは心の中で葛藤していた。ユウナの存在を思い出し、罪悪感が胸にのしかかるが、同時にアンの魅力にも抗えない自分がいた。

　しばらくの間、アルフレッドは迷った表情を浮かべていたが、再度ユウナの姿を確認すると、彼の心に小さな決断が生まれた。

「ちょっとだけなら……」と、彼はついに口にした。

　アンはその言葉に、まるで太陽の光を浴びた花のように明るい笑顔を返した。

「ありがとう、アルフレッド……」

　彼女の声は嬉しさに満ち、彼を引っ張るようにして、二人はその場を離れた。

　周囲の喧騒が遠くなり、リリアンはその様子を見つめていた。心の中では、計画が思い通りに進んでいることに、ほっとした気持ちと期待感が交錯していた。アルフレッドの心が揺れ動く瞬間を見逃さないよう、彼女は目を光らせていた。

　豪華な個室に足を踏み入れると、瞬間的に空気が変わった。外の喧騒が薄れ、ふかふかのカーペットが足元を包み込み、心地よい静寂が二人を包み込んだ。部屋の中にはシャンデリアが煌めき、柔らかな光がアンとアルフレッドを優しく照らしていた。

　アンはドアを閉めると、アルフレッドの顔をじっと見つめた。彼女の心には、さっきまでの控えめな自分とは別の強い意志が芽生えていた。彼女の目が熱を帯び、感情が溢れ出す。次の瞬間、アンは思い切りアルフレッドに近づき、彼の唇にキスをした。

　唇が触れ合った瞬間、アルフレッドは驚きと混乱の入り混じった表情を浮かべた。彼の心臓はドキドキと高鳴り、彼女の温もりを感じると、まるで時間が止まったかのように思えた。しかし、すぐに彼は我に返り、アンを引き離す。

「何をするんだ！」

　アルフレッドの声には明らかな怒りが混じっていた。彼は、自分の感情とアンの行動に対する戸惑いに苛まれながら、彼女を見つめ返した。

　だが、その視線がすぐにアンの姿に釘付けになった。アンのドレスは、急な行動により既に乱れており、彼女の肌がほんのりと透けて見えた。彼女の髪も少し乱れて、彼女の魅力を一層引き立てている。アルフレッドの心の中で、欲望が静かに燃え上がっていくのを感じた。

　彼はその状況に抗おうとしたが、アンの誘惑的な微笑みと、艶やかな姿に目を奪われ、理性が揺らぎ始めていた。彼の心の中で、欲望と戸惑いが激しくせめぎ合う。

「アルフレッド、どうしたの？」

　アンは微笑みを浮かべ、彼の心を刺激するような口調で囁いた。彼女の声は甘く、柔らかい響きを持っていた。アルフレッドはその言葉に惑わされ、彼の心に秘めていた感情が一層強くなっていくのを感じた。

　アルフレッドは、抑えきれない欲望の波に呑まれ、次第にアンの存在が彼の理性を侵食していく。彼は心の中で葛藤しながらも、彼女に対する思いを完全に無視することができず、欲望に身を委ねる決意を固めつつあった。

　アルフレッドの心の中で理性が崩れ落ち、彼は一瞬の躊躇もなくアンを強く引き寄せた。彼の腕の中で、彼女の温もりを感じると、全身が熱くなり、彼女を求める気持ちが爆発するように溢れ出した。

「アン……」

　アルフレッドは低い声で名前を呼び、彼女の唇に再び自分のそれを重ねた。今度は彼の情熱が前面に出て、優しさなどという概念を忘れさせるような激しいキスだった。彼女の唇が柔らかく、甘く、まるで彼の欲望に応えるように吸い寄せられる。

　アンも彼の求めに応じるように、可愛らしい声で囁いた。

「アルフレッド……もっと、私を感じて……」

　その言葉は彼の心を直撃し、さらに強い欲望を掻き立てた。彼女の目はまるで夢の中にいるかのように輝き、恍惚の表情を浮かべていた。

　二人は、お互いを求め合うように身を寄せ合い、激しい愛がぶつかり合った。アルフレッドは彼女の髪を優しく掻き上げながら、彼女の肌に唇を這わせ、官能的な感触を楽しんだ。アンはアルフレッドの背中に腕を回し、彼をもっと近くに引き寄せ、彼の熱を感じようとした。

　部屋の中には二人の息遣いと心臓の鼓動だけが響いていた。お互いの体温が高まり、彼らの存在が一体化していく感覚に陶酔していた。アンの手は彼の胸に触れ、アルフレッドの手は彼女の腰を優しく包み込む。彼女の肌に触れるたびに、彼の中で欲望がさらに高まっていくのを感じた。

「もっと……私を感じて、アルフレッド……」

　アンの声は再び彼の耳に届き、その言葉はまるで魔法のように彼を惹きつけた。彼は彼女を強く抱きしめ、彼女の身体を思うままに愛おしむように感じていた。

　その瞬間、二人の心は一つになり、激しい愛が全身を駆け巡った。互いの存在が全てを包み込み、周囲の世界が消えてしまったかのような錯覚に陥る。愛が溢れ出し、二人はその熱に身を委ねた。

　アンの従者であるサミュエルは、部屋の外でじっと様子を見守っていた。彼はアルフレッドとアンが豪華な個室に入るのを見て、心の中で小さくガッツポーズをした。計画が順調に進んでいることを実感し、安堵の表情を浮かべる。彼はすぐにリリアンのもとへ向かい、報告をすることにした。

「リリアン様、アン様とアルフレッド様が個室に入ったところを確認しました」と、彼は息を切らしながら伝えた。リリアンはその言葉を聞いて、心の中で復讐の計画が一歩進んだことを感じ、興奮が走る。

「よくやったわ、サミュエル」とリリアンは彼を褒め、思わず微笑む。彼女の目は冷静さを保ちながらも、心の奥底には期待と興奮が渦巻いていた。

　一方その頃、ミーナとユウナの二人は、パーティーの喧騒の中で軽やかな声を交わし合っていた。

「ユウナ、今日のドレス、とても素敵ね」とミーナは笑顔で褒めた。ユウナは自分のドレスを見下ろし、少し恥ずかしそうに微笑む。

「ありがとう、ミーナ。あなたも美しいわ。こんな素敵なパーティーに出られて嬉しい」とユウナは返した。

　二人はしばらく、ドレスや髪型、パーティーの雰囲気について軽やかに話し続けた。ミーナは、ユウナがアルフレッドの新たな婚約者であることを利用し、彼女の心を掴むことを目論んでいた。彼女は巧妙に話題を変え、ユウナにアルフレッドとの関係について尋ねた。

「アルフレッドとの婚約はどう？素敵な方だと思うけれど」とミーナは尋ねると、ユウナの表情が少し曇る。

「ええ、でも……彼はまだ過去に囚われているような気がして」とユウナは不安げに言った。ミーナはその言葉を聞いて、ユウナの心の隙間を見逃さず、さらに距離を詰めるチャンスだと感じた。

「過去って、どんなこと？」ミーナはユウナに興味を示し、会話を引き出す。

「アルフレッドには、昔婚約者がいたみたいなの。でも、彼はそれを終わらせることができていないようで……」

　ユウナは少し口ごもりながら言った。ミーナは内心で喜びを感じながら、ユウナの心の中に潜り込むチャンスをつかんだ。

「それなら、彼に自信を持たせるようにしてみたら？あなたが彼の新しい存在なんだから」とミーナは励ますように提案した。

　ユウナは少し考え込む。

「そうね、私も頑張らなくちゃ……」と彼女は心を決めたように言った。

　その時、ミーナはふと、ユウナを個室へ誘う絶好の機会が訪れたと感じた。「それなら、今度私たち二人で、アルフレッドをもっと盛り上げる計画を立てようよ。今日は楽しい思い出を作る日なんだから」

　ユウナはその言葉に目を輝かせ、「いいアイデアね、ミーナ！じゃあ、何をする？」と興奮した様子で応じた。ミーナはにっこりと笑い、「あっちに行って、もっとお話ししましょう」と言って、彼女の手を優しく引いた。

　ユウナは少し戸惑いながらも、ミーナの誘いに応じて個室へと向かうことになった。ミーナは心の中で勝ち誇った気持ちを抱きつつ、計画が着実に進んでいることを実感していた。彼女は、この瞬間が彼女たちの復讐のための大きな一歩であることを確信していた。

　ミーナとユウナは、パーティー会場の賑やかな雰囲気から離れ、静けさが漂う個室の前にたどり着いた。ミーナは一瞬立ち止まり、少しドキドキしながらも、ユウナを振り返った。

「さあ、ここよ。思い切って入ってみましょう」

　彼女は微笑みを浮かべ、意図を隠していた。

　ユウナは緊張した面持ちで頷き、ミーナがドアノブに手をかけると、扉が静かに開く瞬間が訪れた。しかし、その直後、部屋の中から聞こえてきたのはアンの大きな喘ぎ声だった。

「えっ……！」

　ミーナは驚きの声をあげながらも、その声に目を輝かせた。彼女は期待感を胸に秘め、ユウナの反応を見つめる。

　次の瞬間、アンの声が再び響き渡った。

「アルフレッド！もっと……！」

　ユウナはその声に愕然とし、目を大きく見開いた。彼女は何が起きているのか理解できず、静まり返った空間に耳を澄ませた。さらに、部屋の中からアルフレッドの声も聞こえてきた。「アン！アン！」と繰り返される彼の名前が、ユウナの耳に入り込んできた。

　ミーナは心の中でほくそ笑んだ。ユウナの反応に少し興奮を覚え、彼女の表情を注意深く観察していた。ユウナの目には恐怖とショックが浮かんでおり、その様子に満足感を覚えた。

　ユウナは、心の中で何が起こっているのかを理解しきれず、突然の現実に打ちひしがれた。全てが崩れ去るかのような思いに駆られ、彼女はその場に崩れ落ちた。足元がふらつき、まるで世界が暗転していくようだった。

「ユウナ、しっかりして！」

　ミーナは冷静さを装い、ユウナの肩を支えようとしたが、彼女の視線は虚ろで、何も見えていないようだった。ミーナは心の中で計画がうまくいっていることを確信し、冷静さを保とうとした。

　やがてリリアンも駆けつけて来る。

「アルフレッド！」

　リリアンはドアを勢いよく開け、部屋の中に飛び込んだ。その瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、アンとアルフレッドが肌を寄せ合う姿だった。アンのドレスは乱れ、彼女の表情には恍惚とした笑みが浮かんでいる。アルフレッドは驚きの表情を浮かべ、目を大きく見開いていた。

「何をしているの、アルフレッド！」

　リリアンは怒りを込めて叫んだ。彼女の声は部屋の中に響き渡り、まるでその場の空気を一変させるかのようだった。アンは、まるでこの状況を楽しんでいるかのように、口元を隠して微笑んでいる。

「リリアン、これは……違うんだ！」アルフレッドは慌てて言い訳をしようとするが、その声には焦りが滲んでいた。彼は立ち上がり、リリアンに向かって手を伸ばしたが、彼女の目は怒りで燃えていた。

「ひどい……」

　その声はユウナのものだった。彼女はその場で、目を潤ませていたが、すぐに立ち去る決意を固めていた。

「こんなことが許されるわけがない……！」と呟きながら、部屋を出て行った。

「ユウナ、待って！」

　ミーナはすぐにユウナの後を追った。彼女は心の中で、友人を慰める必要があると思っていたが、同時に自分の計画がうまくいくことを願っていた。部屋の外での二人のやり取りを見守る中、リリアンは再びアルフレッドの方に目を向けた。

「何をしているの、アルフレッド！」リリアンはそのまま彼に向かって怒鳴った。アルフレッドは彼女の鋭い視線に耐えきれず、口を開こうとしたが言葉が見つからないようだった。

　アンもこの状況を面白がるかのように微笑み、リリアンの怒りに対して少し挑発的に振る舞った。「私たちはただ、ちょっとお話ししていただけよ」と、意地悪なウインクをしてリリアンを見つめた。

　後日、アルフレッドは衝撃の事実に直面することとなった。彼が愛していたユウナから、婚約破棄を言い渡されたのだ。理由は明確で、彼の女癖が原因だった。ユウナは涙を流しながら、アルフレッドに背を向けて去っていく。その姿は、彼の心に深い傷を残した。

　ユウナは、彼の過去の行動を周囲に話し広め、すぐに貴族界隈に広まっていった。彼がどれだけ多くの女性と関係を持っていたのか、そしてその一人一人に対する裏切りが、いつしか噂として流布されていく。アルフレッドの名は、女癖が悪い男として知られることになり、彼が結婚することは永遠に叶わない夢となってしまった。

　その頃、リリアンは自分の計画が成功したことに満足感を覚えていた。彼女は仲間たちと共に、アルフレッドの破滅を見届けることができたことに喜びを感じていた。復讐を果たしたその瞬間、彼女の心には安堵が広がった。

「彼はもう、私たちの敵ではなくなった」と、リリアンは仲間たちに微笑みかける。彼女たちは、共に笑い合い、アルフレッドの運命を祝福した。

　彼の悲劇は、彼自身の選択によってもたらされたものであり、リリアンはその結果を見て、さらに彼への感情が薄れていくのを感じていた。結局、彼は自分が愛していた女性を失い、自らの選択によって未来を奪われてしまったのだ。

　リリアンたちは、新たな日々を迎える準備を整え、彼女たちの復讐は、まるで清々しい朝の光のように、心を晴れやかにしてくれた。彼女たちの絆はさらに強まり、共に歩む道がこれからどれほど素晴らしいものであるかを確信していた。

　そして、アルフレッドの名は、彼の過去の行動と共に記憶の中に消えていった。彼の運命は、彼自身の選択がもたらした結末だった。