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婚約破棄

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 薄暗い夕暮れ時、アリシアは車椅子に座り、震える手で前髪をかき上げた。心臓の鼓動が早まり、ロドリックの呼び出しに応じるため、意を決して屋敷を出た。彼の言葉にはどこか期待を込めていたが、その一方で不安も抱えていた。

 屋敷の中は静まり返り、アリシアの車椅子の車輪が音を立てる。心の中で何度も繰り返した「大丈夫」という言葉が、逆に彼女を緊張させた。ロドリックが待つ部屋にたどり着くと、彼はすでに座っていた。いつもの優雅な姿は、今は冷たい印象を与える。

「アリシア、来てくれてありがとう」

 ロドリックは微笑んでいるが、その目には不安の色が浮かんでいる。アリシアは彼の顔を見つめ、心の中で緊張が高まる。何かが変わる予感がした。

「ロドリック、どうしたの?」

 彼女は声を震わせながら訊ねた。ロドリックは深呼吸し、決意を込めた表情で言葉を続けた。

「実は、婚約を破棄したいと思っている」

 その瞬間、アリシアの心に冷たい刃が突き刺さる。彼女の目には驚きと悲しみが交錯し、ロドリックの言葉が耳から離れなかった。

「……どうして?」

 彼女の声は震えていた。ロドリックは一瞬躊躇した後、言葉を選びながら告げる。

「ドジな奴とは、これ以上一緒にいたくない」

 その言葉は、アリシアの心を一層深く傷つけた。彼女は無言で彼を見つめ、涙が頬を伝うのを感じる。自分の運命が、彼の一言で決まってしまったのだ。

「お願い、もう少し……」

 彼女の言葉は消えていった。ロドリックは何も言わず、ただその場を離れようとした。アリシアは彼の背中を見送りながら、心の中で崩れ落ちていく。

 彼女は涙を流しながら車椅子を進め、屋敷へと戻った。目の前がぼやけ、道のりが長く感じられる。家に辿り着くと、急いで中へ入った。

 使用人のミルンが近寄ってきて、心配そうに彼女を見つめる。アリシアはその瞬間、感情を抑えきれずにミルンに抱きついた。涙は止まることなく流れ、彼女はただ泣き続けた。

「アリシア様……」

 ミルンは彼女を優しく抱きしめ、慰めの言葉をかける。アリシアの心は悲しみでいっぱいだったが、ミルンの温もりが少しだけ救いを与えてくれた。

「自室へ戻ろう」

 ようやく落ち着いたアリシアは、ミルンに支えられながら自室へと向かった。ドアを閉め、静かな部屋の中で、彼女は自分の気持ちを整理しようとした。しかし、その思考は混乱し、どうすればいいのか分からなかった。

 その時、ドアをノックする音が響く。ミルンが顔を出し、真剣な表情で言った。

「アリシア様、これを見てください」

 手に持っていたのは、一冊の古びた魔術書だった。アリシアは興味を持ち、その書物に視線を向ける。

「これは、身体の一部を他者と入れ替える呪文が載っているんです」

 その言葉に、アリシアの心に何かが宿る。ロドリックの足を奪い、彼を苦しめることで、自分の心の痛みを和らげることができるのではないか。彼女はミルンを見つめ、心の中で決意を固めた。

 アリシアはミルンが持ってきた古びた魔術書をじっと見つめる。心の中で復讐の計画が浮かんでいた。彼女の目が次第に輝き始め、魔術書の内容に期待を寄せる。

「私は代々あなた方に忠誠を誓った身です。何をしようとも、私はあなたに付いていきます」

 ミルンの言葉が響く。彼女の無条件のサポートが、アリシアにさらに力を与える。アリシアは感謝の気持ちを抱きながらも、自らの目的に向かって進む覚悟を決めた。

「この魔術書を使って、ロドリックの足を奪うの……」

 彼女の心に決意が宿る。ロドリックには、自分がどれほどの苦しみを味わっているのかを思い知らさなければならない。アリシアは再び魔術書を手に取り、そのページをめくり始めた。

 しかし、ページに書かれた文字は、アリシアが知っているものとは異なっていた。異国の言語で綴られており、内容を理解することができない。

「これ……読めないわ」

 アリシアは失望感に包まれ、ミルンに目を向ける。ミルンはその表情を見て、すぐに理解した。

「私が解読します。お待ちください」

 ミルンは書物に目を落とし、真剣な表情で文字を読み始めた。

 アリシアはミルンの解読を聞きながら、魔術書に記された呪文の意味を考えた。この呪文は、身体の一部を入れ替えるだけでなく、自分が持つ足の病に関する全てを他者に移すことができるというものだった。

「つまり、私の足の病に関する全てを、ロドリックに移してしまうことができるのね……」

 アリシアの心に復讐への計画が膨らむ。彼女はロドリックに、自分がどれほどの苦しみを抱えてきたのかを思い知らせるために、この魔術を使うことを決意した。

「ロドリックには、私が味わった苦しみをすべて感じさせる。彼がどれほど無情であったか、身をもって理解させるの」

 アリシアは冷静に計画を練り始めた。彼女の目は輝き、復讐の炎が心の中で燃え上がる。ミルンもその決意を感じ取り、彼女を支えるために全力を尽くすことを決めた。

「ロドリックを呼び寄せて、呪文を実行するわ。彼が私の前に来た時、全てを終わらせる」

 アリシアは強い意志を持ち、魔術書をしっかりと握りしめた。ロドリックが自らの運命を知らずに彼女の前に立つその日を、心待ちにする。

「彼には、私の痛みを感じさせなければならない……」

 アリシアの復讐心は、彼女を突き動かす原動力となり、彼女は新たな決意を胸に秘めた。ロドリックの運命が、今、彼女の手の中にあるのだ。

「ロドリックが痛みを感じ、動けなくなる……それがアリシア様の望みなら、私は全力でサポートします」

 アリシアはミルンの言葉に力をもらい、自らの心を強くしていく。ロドリックがどれほどの恐怖と苦しみを味わうのか、その姿を思い描くと、復讐心が胸の奥から沸き上がる。

「ロドリックを呼び寄せて、呪文を実行するわ。彼が私の前に来た時、全てを終わらせるの」

 アリシアは強い決意を持って、魔術書をしっかりと握りしめた。ロドリックが自らの運命を知らずに彼女の前に立つその日を、彼女は心待ちにする。

「絶対にやり遂げて見せる」

 アリシアはロドリックに接触する方法を必死に考えた。しかし、彼の周囲は厳重に警戒されており、アリシアの名前を出しては入れてもらえないだろう。

「彼の屋敷には守衛がたくさんいる……」

 彼女は悔しさを噛み締めながら、状況を整理する。ロドリックの周囲には彼女を排除しようとする者たちがいる。直接的な接触は非常に困難であることが、アリシアの心を重くさせた。

「私の名前を言ったところで、彼は私を思い出すこともないだろう」

 アリシアは、自分が捨てられたことを思い出す。ロドリックにとって、彼女はもう過去の存在でしかない。どれほどの想いを抱いても、彼にとっては意味がないのだ。

「どうにかして接触しなければ……」

 彼女は心の中で焦燥感を募らせる。自分の思いを伝えるためには、彼を引き寄せる何かが必要だった。

「でも、どうやって……?」

 アリシアは考えを巡らせながら、静かに自室の窓から外を眺めた。

 それから数日間、アリシアはミルンに彼の情報を調べさせた。

 アリシアは彼女の帰りを待ちながら、心の中で復讐の計画を練り続けた。やがて、ミルンが戻ってきた。

「アリシア様、良い情報があります」

 ミルンの言葉に、アリシアの心は躍る。彼女は身を乗り出して聞く。

「ロドリック様が、数日後に他国の領主と会うために出かける予定だそうです。その間、彼の警備は手薄になると考えられています」

「それなら、帰りを襲うのがいいわね」

 アリシアは目を輝かせた。屋敷内ほどの厳重な警備がないのなら、彼に接触するチャンスが訪れる。自分の思いを伝えるためには、今がその時だと感じた。

「彼が外に出ている間は、警備が緩むのね。護衛が少なくなるチャンスを逃す手はないわ」

 アリシアは心の中で計画を練りながら、ミルンに目を向けた。

「私たちでどのようにして彼に近づくかを考えましょう。ロドリックを捕まえて、復讐の準備を整えるの」

 ミルンはしっかりと頷き、アリシアの決意を受け入れた。

「わかりました。では、帰りの時間を狙って、彼に接触できるように計画を立てましょう」

 アリシアは、自分の運命を握る瞬間が近づいていることを感じていた。ロドリックに復讐するための第一歩を踏み出す準備が整いつつあった。

 一方ロドリックは、自らの復讐など一切考えず、他国の領主との会合に向けた準備に没頭していた。彼は、領主との会話で新たな女性を紹介してもらえることを期待し、心を躍らせていた。彼にとって、その女性は新たな出発を象徴する存在となるだろう。

 準備が整い、彼は夜の時間を楽しむことに決めた。ロドリックはメイドのミルシーを呼び寄せると、彼女の存在に心を躍らせた。ミルシーは、美しい容姿と魅力的な笑顔を持つ若いメイドであり、彼女との密会は彼にとって刺激的な楽しみだった。

「ロドリック様ぁ!」

 彼女が名前を呼ぶと、その声は甘く響いた。ロドリックは一瞬、彼女の純粋な愛情に心が温かくなるのを感じた。

「愛してるよ、ミルシー!」

 ロドリックは彼女を全力で愛し、彼女の体を抱きしめた。二人の間には、情熱的な火花が散り、激しい愛の営みが始まった。ロドリックの心は、彼女との時間にすっかり浸り込んでいた。

「もっと……私を感じて、ロドリック様!」

 ミルシーの声が彼の耳に響き、ロドリックはますます彼女を求めた。彼の心の中には、復讐や過去の苦しみは一切存在せず、ただ目の前の愛の瞬間に全てを委ねていた。

 二人は熱い吐息を交わし、暗い部屋の中で情熱の渦に飲み込まれていった。ロドリックにとって、今この瞬間が全てであり、アリシアのことなど頭の片隅にもなかった。彼は愛に溺れ、その心を満たしていた。

 二人の情熱は、ますます過熱していった。ミルシーはロドリックを喜ばせるために、彼の好みを知り尽くしていた。

「ロドリック様、私だけのものになって……」

 彼女の甘い囁きが彼の心に火を点ける。ミルシーは、彼を興奮させるための言葉を次々と紡ぎ、ロドリックの心を掻き立てた。

「もっと強く抱きしめて、私の全てを感じて……」

 その言葉に触発され、ロドリックは野獣のように彼女を求めた。彼の心には、彼女に対する欲望が渦巻き、もう一度、彼女を自分のものにしたいという衝動が溢れた。

「お前は最高だ、ミルシー!」

 ロドリックは彼女の身体を貪るように愛し、激しい情熱で彼女を包み込んだ。彼の手は、彼女の柔らかな肌を優しくなぞり、やがてその力強さを増していく。

「もっと、もっと強く……私を壊して、ロドリック様!」

 ミルシーは彼の情熱に応え、さらに彼を刺激する言葉を投げかけた。ロドリックは彼女の言葉に耳を傾けながら、彼女の身体を獣のように愛し続けた。彼女の反応に触発され、彼はその激しさを増していく。

「お前の全てを俺に捧げてくれ!」

 ロドリックは、ミルシーの身体を自分のものにしようとするかのように、全力で彼女を愛し続けた。二人の間には、燃え盛るような熱情が充満し、その瞬間は永遠に続くかのように感じられた。
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