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太陽は照らし出す

贖罪

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「お兄様っ!!」
「ジークっ!!」

不意に、二人の声が僕の鼓膜を穿った。
その呼び声が、過去と、変えた未来に捕らわれかけていた僕を引き戻す。ベアトリーチェに捕らわれていた僕は、上に伸し掛かる彼女を押し退けた。
起き上がろうとする僕に、白い指先が伸ばされる。僕は咄嗟に手を伸ばすと、その指を掴んだ。
淡い色の爪が並ぶ指が僕の手を握って、引き寄せる。

「フロレンスっ…」

僕は立ち上がり、腕に力を込めて彼女を抱き寄せた。
華奢な身体が、腕の中に収まる。長く艷やかな髪が僕の腕から溢れていく。
フロレンスの体温が、怨嗟に絡め取られようとしていた僕を、救い出してくれた。
遅れて駆け寄ってきたローゼリンドが、僕とフロレンス二人を両手いっぱいに、抱きしめる。
短く切りそろえられた銀色の髪をふわふわと輝き、踊っていた。
細い肢体を純白の騎士服に包んだリーゼリンドの頬を両手で包んで顔を上げさせると、星屑を宿した瑠璃色の瞳を覗き込んだ。

「ローゼリンド、どうしてここに?」
「お兄様が心配で、大公閣下にお願いして隠れさせて貰ってたの」

妹が振り返った先には、玉座の後ろに垂れかけられた緞子の幕が揺れていた。
ローゼリンドの存在を確かめるように掻き抱くと、僕はそのまま周囲に視線を巡らせた。
大公閣下にアスラン、トーラス、ロザモンド公爵、そして父。かつて僕が失った人々全てが、そこに生きていた。
そして、佇む僕の耳元に、今はなき母の声が柔らかな蘇る。

『目を背けず、自分も人も許して上げて』
「私を憎みなさいって言っているでしょ!!!」

母の言葉に重なるうように、ベアトリーチェの唇から、慟哭が絞り出された。
床に這いつくばった彼女はドレスを振り乱し、その声は、どこまでも悲しくて。僕は残っていた憎しみの澱を、ゆっくりと吐き出し力を抜いた。
炯々と輝くベアトリーチェの柘榴色の瞳を見下ろすと、僕を重々しく唇を開いた。

「僕は、君を赦そう。ベアトリーチェ」

僕を見上げるベアトリーチェの瞳に宿っていた矜持が、音もなく砕け散ったのが、分かった。
柘榴色の瞳が、紅血が溢れ出すように潤んでいく。

「私は、貴方が憎くて堪らないわ…、…」

呆然と呟く彼女の声は、どうしようもなく絶望に満ちていた。

────赦すことこが罰になる

静かに涙を頬に伝わせるベアトリーチェを静かに見下ろしながら、僕は優しさの残酷さを、そして悪女の憐れさを知ることになった。
力なく項垂れるベアトリーチェの腕を、トーラスが無慈悲に掴む。
糸の切れた操り人形に似た彼女は、引きずるように立ち上がると、足を縺れさせた。
不安定に傾くベアトリーチェとトーラスの間に割り込むようにして、アーベントが立ち塞がった。

「逃げやしない。手を離せ」

一瞬だけ眉を跳ねさせるトーラスの鋼色の瞳が、アスランへと向けられる。アスランはゆっくりと頷くと、ベアトリーチェをアーベントの腕に委ねた。
アーベントはベアトリーチェを支えて歩き出すと、トーラスは外から呼び込んだ兵士と共に左右から挟み、歩き出す。
連れて行かれようとする二人の背中を、か細い声が引っ掻いた。

「アーベント、お母様…」
「お前たち家族を、守ってやれなかった。すまない」

アーベントは一度だけ振り返ると、ベアトリーチェと同じ色の瞳を悲しげに細めたのを最後に、二度と振り返らなかった。
全てが決した今、黄金の精霊はゆっくりと空に溶けていくように眩い光の粒子となって崩れていく。そして陽光の輝きは、再び玉座に降り注ぐばかりとなった。
静かな謁見の間には、胎児のように身体を丸めてたまま動かないヘリオスが、取り残されていた。
黄金の精霊が消え去った後も、泣き続けるばかりで立ち上がろうとしないヘリオスを、王族付きの騎士二人が腕を掴んで引っ張り上げる。
俯くヘリオスの顔は髪の影によって隠され、ぽたり、ぽたり、と涙が床へと滴り落ちた。

「ヘリオスよ、お前の処分も後ほど知らせる。その間幽閉せよ。アゼリアよ、お前は事情を聞くのでな。アスランと共に行くが良い」

ヘリオスを見下ろす大公閣下が低く厳かな声で告げると、引きずられるようにして、ヘリオスは謁見の間の扉の外へと連れ出されていく。
その後をアスランに伴われたアゼリアが、迷いながらも真っ直ぐに、前を見て歩き出すのだった。
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