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太陽は照らし出す

独白

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大公殿下の声に応えて、アスランが扉へと顔を向ける。

「来い、トーラス!」

雄々しい声が謁見の間の外まで、突き抜けた。
間を置かずして、開かれる扉から最初の姿を現したのは、壁のように聳えるトーラスの背中だった。
規則正しい靴音を響かせて謁見の間に入ってくるトーラスの後ろから、くすんだ色の金の髪と、薄曇りを思わせる柔らかな青い瞳の持ち主が、恐る恐る歩んでくる。

「アゼリア、無事だったのか!!」

僕は思わず喜びの声を上げて、駆け出した。
地味なきなりのワンピースに身を包み、赤い花を握るアゼリアは、驚いたように僕を見ると、垂れた眉尻を一層下げて、弱々しく微笑んでみせた。

「ジークヴァルト様、ですよね?アスラン殿下から、全て聞きました。お約束を守れず申し訳ございません」
「そんなこと、気にしなくて良い。本当に無事で良かった…」

危険を承知の上で頼んだことであったけれど、必要な犠牲だったと割りきることなんでできない僕にとって、アゼリアの無事が何よりの喜びだった。
ほっ、と胸を撫で下ろした僕に、アスランが顎を反らして、アゼリアの傍らを示してみせた。

「国境で二人が揉めているところを、トーラスが捕らえた。この野郎、アゼリアだけでも逃がすつもりだったらしい」

アスランに従って視線を向けると、アゼリアの傍らには、ベアトリーチェと同じ深紅の瞳を持つ男が立っていた。
日に焼けた肌に、涼やかな目元。
伸びた黒髪を無造作に括った男は、周囲に視線を向けることなく、たった一点だけを見つめていた。

「なんで、アゼリアが生きているの…?」

アーベントの視線の先で、乾ききった女の声が空気に亀裂を走らせるように響いた。
海壁が決壊する寸前に似た危うさに、誰もが一瞬息を詰める。
ベアトリーチェはドレスを掴み、真っ直ぐに駆け出した。

走る音が、勢いを増す。

歩くために作られた踵の高い靴の片方が脱げて、硬い音を立てて転がった。
脱げたことも気に止めず、ベアトリーチェはアーベントに掴みかかると、襟首を掴み引き寄せた。
鼻先が触れ合いそうな距離で睨み合うと、ベアトリーチェの唇の合間から漏れ出る荒々しい呼吸が、アーベントの唇を鋭く打った。

「なんでアゼリアが、それを持って生きているのかと聞いているのよ、アーベント!!!」
「俺に…この子は殺せない」

アーベントの低く落ち着いて声が、静かに滴り落ちた。
彼の深紅の瞳には優しい諦念に満ちて、戸惑いながら花を抱くアゼリアに向けられる。

「ぁ、あ、あ、、ああ…っアーベント!!私を裏切ったのね!!!」

アーベントの視線を追って、ベアトリーチェは自らの娘を切り裂くような目付きで睨めつけた。
掴んでいたアーベントを突き飛ばし、自分の娘に掴みかかろうと手を伸ばすベアトリーチェの前に、僕は立ち塞がった。

「ジークヴァルト…っ、フロレンスっ」

憎々しげに僕の名を吐き捨てるベアトリーチェの視線が、僕の傍らに向けられる。
隣を見なくても、僕には誰がいるの分かった。
フロレンスの存在が、空気を介して伝わる体温と、気配となって、僕に伝わってくる。
アゼリアを庇うように立つ僕たち二人を見たアーベントは、一瞬安心したように口角を緩めると、大公閣下へと顔を向けた。

「アゼリアの持つ植物がマルム王家から持ち込まれた毒であること、そして大公后殿下、ならびにカンディータ公爵夫人を毒殺したことは、俺が証言する」
「っ…黙りなさいっ」

アーベントは怒声を張り上げるベアトリーチェの手を掴んで、引き寄せる。
後ろによろけたベアトリーチェの華奢な背中が、アーベントの胸によって受け止められた。

「俺が地獄まで付いていく。もう、諦めろ」

ベアトリーチェの柘榴色の瞳が大きく見開かれて、赤く濡れた唇が戦慄いた。
アーベントに捕らわれたベアトリーチェの指先から、萎えるように力が無くなり、頭が項垂れる。
諦めたのだろうか、そう思った瞬間、ベアトリーチェの手が勢いよくアーベントの手を振り払った。

「煩い!何のために私がここまでやってきたと思ってるの!!お前は良いっていうの!?私たちの子がどうなろうと、構わないってことなの!?」
「黙れ、ベアトリーチェ!!」

アーベントが初めて、声を荒らげた。
その声さえも届かないのか、ベアトリーチェの視線が、僕に定められた。

「お前が…私を暴いたっていうのッ!?私の毒を、私の人生をっ」

ベアトリーチェの指が、縋るように僕の首に絡みつく。
勢いよく引き倒される身体が傾いて、背が冷ややかな大理石の床に叩きつけられた。

「ッ…、…ぅ」
「ジークヴァルト!!」

フロレンスが駆け寄ろうとするのを、僕は片手を持ち上げて止めた。
彼女が全てを告白しようとするこの時を、誰にも邪魔されたくはなかった。
僕の上に馬乗りになるベアトリーチェの結い上げ髪が乱れ、黒檀の豊かな髪が垂れかかって頬を打つ。
彼女の蠱惑的な瞳は大きく見開かれ、狂気の輝きが燃え尽きる寸前の、星辰のように輝いていた。

「私がやったのよ…」

ベアトリーチェの真っ赤な唇が、捻り上がっていく。

「善人の皮を被った、厚顔無恥な女も!自分が世界で一番幸せだって面して笑ってた馬鹿女も!!全員私が殺してやったわ!!」

僕の首に、血の気の引いた冷たい指が食い込む。
10年前の亡霊が、突如として僕の前に立ち現れたような、錯覚を覚えた。

「ねえ、知っていて?あの薬、とっても苦しいのよ。公子様も味わったでしょう?お前の母親は苦しんで死んだの、私に、殺されたの。ねえ、憎いでしょう…ほら、憎みなさい…」

ベアトリーチェが僕に囁く。
憎悪を誘うように。
僕にもう一度、悪夢を見せるように。
記憶が魂の奥から湧き上がってきて、心が冷えていくのを感じた。
母を奪われた怒りと共に、妹の亡骸の重さが僕の腕に生々しく蘇る。

「母上…、…叔母様、ローゼ…っ」

僕の背中の影から、軋む音が聞こえたような気がした。
憎しみと溢れそうな悲しみが、再び僕の肉体を包もうとしていた。
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