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贖い

説得

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課題を与えると、ローゼリンドはさっさと部屋から僕を追い出した。

「やることができたから、出ていって」

そう言って笑っていたが、何をするつもりなのだろうか。
溝が埋まったのは喜ばしいが、反面、勝ち気さを隠さなくなった妹に一抹の不安が過る。
僕は新たな悩みを抱え込みながら、フロレンスとの待ち合わせ場所に向かった。

「おはよう、ジークヴァルト」

邸宅の馬車回しの前で待っていたフロレンスは、昨日のことを忘れてしいまったかのように、いつもと変わらない態度で僕に笑いかけた。
肩透かしをくらった気分だったが、気まずく過ごすよりは良いのだろうと考え直す。

「アゼリアは聖堂の礼拝に毎日参加しているそうだ。その帰りに声を掛けようと思う」
「分かった。説得は、僕に任せて欲しい」

二人で質素な馬車に乗り込んで暫く、貴族街の整えられた石畳の道を抜けると、程なくして土埃が舞う市民街へと差し掛かる。
目的の場所は、聖堂に続く大通りだ。
しばらく走ってから目的の場所で馬車が停車すると、僕とフロレンスは窓から聖堂前の大通りに注意深く目を走らせた。
どのぐらいの時間が経っただろうか、活気づく街の中を行き交う人々の間に、麦色の髪を背に長し、素朴な生なりのワンピースに身を包んだアゼリアの姿が見えた。

「いた、あそこだ」

告げるが早いか、フロレンスは馬車の外に飛び出すと人波を器用にかき分けて、アゼリアに追いつく。
二人の会話はこちらまで聞こえなかったが、程なくしてフロレンスはアゼリアを伴って、引き返してきた。
馬車の扉がフロレンスによって、開かれる。恐る恐る中を覗き込んだアゼリアは、僕を見た瞬間、口をぽかん、と開けて固まってしまった。

「あなたは…、…精霊様ですか?」

ようやく、上擦った声がアゼリアの口から漏れだした。

「アゼリア嬢、この方は今からお話することに深く関わっている人物です。まず、彼から話しを聞いて下さい」

フロレンスの声に、夢現のままをアゼリアは馬車のタラップに足を掛けて、中へと乗り込んだ。
アゼリアとフロレンスが座ったのを確認すると、僕は壁を叩いて御者に合図を送った。
同時に、馬車が大きく揺れ、ゆっくりと走り出す。

「どこに向かっているんです?」

ようやく現実に戻ってきたアゼリアは、窓の外に視線を向けた。
大通りでは人々が行き交い、行商の売り込みの声や子供の笑い声が高らかに響き、なんの変哲もない日常が広がっていた。

「どこにも。強いて言えばここが目的地です」
「どういうことです?」

アゼリアの下がり眉が、更に下へと垂らされて困惑を滲ませた。

「単刀直入に言いましょう。あなたに助けて欲しいことがある」
「私に、ですか?」

フロレンスから引き継ぐ形で、僕は口を開いた。

「あなたの母親…シュルツ伯爵家のベアトリーチェには、国家反逆罪と殺人の容疑が掛けられています」

アゼリアの瞳が、ゆっくりと、見開かれていく。

「お母様が…っ、何かの間違いでは」

漏れ出した声はか細く、震えていた。
急に言われて信じられないのも、無理はないのだ。
誰しも家族が罪を犯したと告げられて、飲み込めるはずがない。

「僕たちも確証がなければ、このような話しはしません。彼女は間違いなく…二人の人間を、殺している」
「お母様が誰を殺したっていうんですか!!」

僕の言葉を拒絶するように、アゼリアの声が馬車の中に大きく響いた。
わんわんと反響する音が、彼女の怒りの強さを物語っている。
僕はアゼリアの瞳を真っ直ぐに見つめると、慎重に口を開いた。

「…カンディータ公爵夫人と、大公妃殿下のお二人です」

鈍色の青い瞳が、大きく揺れた。
アゼリアの動揺が、瞳の中にありありと浮かんでは、嵐の中に一人取り残されたかのように、瞳孔が心細く震えている。

「…っ、そんなはずありません!!そんな…、…」

心当たりがあるのか、徐々にアゼリアは勢いを失って俯いていき、声はか細く、消えているようだった。
僕は思わず、彼女の手を掴んできつく握った。

「アゼリア、どうか信じて下さい。このままでは、もっと多くの人が傷つく。あなたの協力が必要だ」

祈るような思いだった。
アゼリアの協力がなければ、打つ手がない。
もしもベアトリーチェを捕まえられなければ、妹の命はいつまでも危険に晒されるだろう。
そして妹に何かあれば、僕はまた、罪のない人々を傷つけるかもしれない。
恐ろしい予感に、僕の心臓は鈍い音を立てて軋んだ。

「…私は、信じられません。そんな恐ろしいことをお母様がしただなんて」

俯くアゼリアは、僕の願いを拒絶するように頭を左右に揺する。
重い沈黙が落ちた。
馬車の揺れる音だけが、空しく響く。
諦め掛けて離そうとした僕の手の中で、アゼリアの指が不意に強く握り込まれた。

「だけど、あなた方がこんな嘘を吐く理由も、見出だせません」

再び顔を上げたアゼリアは、迷いながらも僕を真っ直ぐに見つめていた。

「私があなた達から話を聞いて、母に伝えるんじゃないか、とは考えないのですか?」
「あなたは、誇り高い方です。そして、優しい人だ…僕はあなたを信じたい」

真意を探り合う僕とアゼリアであったが、互いの瞳の中に、嘘はなかった。
考える時間が欲しいのだろう、アゼリアの柔らかな唇は、硬く引き絞られる。

「…私は、家族を信じています。だから、あなた方が仰っている証拠はなかったと、胸を張って言うために協力いたします」

再び唇を開いたアゼリアの声に、迷いはなかった。
僕は思わず、深く頭を下げる。

「ありがとう。アゼリア」
「礼なんて必要ありません、私は、あなた方が間違っていると言っているのですよ!」

勢いよく手を振り払ったアゼリアは、力強く輝く瞳で僕を突き刺す。
敵意を向けられたとしても、それでも構わなかった。
怒りをぶつけても変わらない僕の態度に、アゼリアは気まずそうに顔を背ける。

「何を探してくれば良いのか、教えて下さい…」
「花を持ってきて欲しいのです。できれば根ごと。特徴は、赤い一重咲きの花弁を持っていること。ベアトリーチェ夫人が身に付けている香水と同じ匂いがするはずです」
「庭で見たことはありませんが、母が管理する温室があります。家族の誰も出入りできなくて、唯一出入りできるのは、…」

アゼリアは、片手を唇に隠して言葉を飲み込んだ。

「どうしました?」
「いいえ、何でもありません。その花があれば必ず、お持ちいたします」

勢いよく頭を振ったアゼリアの声は硬く、踏み入ることを頑なに拒んていた。
今の彼女に何を尋ねても、答えは返ってこないように思えてならなかった。

「明日の朝…太陽が昇る前にロザモンド公爵家に来てください。お待ちしております」
「分かりました」

訝る思いと案ずる気持ちを一緒に飲み込むと、僕たちとアゼリアは、約束を交わした分かれることになった。
街中を走る馬車が、大通りの馬車道の端に紛れるように停車する。
扉を開けて何事もなかったように外へと踏み出すアゼリアは、こちらを一度も振り返らずに、雑踏の中に消えていった。
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