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贖い

兄妹喧嘩

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翌朝、朝食を部屋で終えた僕の元にローゼリンドが尋ねてきた。
丁度、マグリットの手で身支度を終えた僕は、妹の姿を見ると思わず頬が緩んでしまう。

「どうしたんだ、ローゼ」

穏やかな声で問い掛けると、ヴィオレッタとダリアを伴って部屋に入ってきたローゼリンドが僕の前に立つ。
前は同じぐらいの身長だったローゼリンドだが、僕が成長した今では随分と小柄に見えた。
生きていてくれるだけでも愛しいのに、更に庇護欲を掻き立てられる。
しかし、表情を緩める僕とは対照的に、正面に立つローゼリンドの顔は、きつく引き絞られていた。
短く整えられた銀髪のせいで、まるで勝ち気な少年のようだ。

「お兄様、わたくしに話すことがあるのでは?」

星屑を散らした瑠璃色の瞳が、僕を睨み上げる。
僕は内心の動揺を飲み込んだ。
妹が聞きたいことは分かっている。だが、妹の耳に真実を入れたくなかった。

「今回のことは…終わったら、ちゃんと話すよ」
「嘘よ!お兄様もお父様も!フロレンスも、アスラン叔父様だって、わたくしだけを除け者にして、話を進めて…最初から教える気なんてないんでしょ!!」

曖昧に笑ってみせた僕に、妹の鋭い声が突き刺さった。
妹の口からアスランの名前が出たことに、僕の心臓は跳ね上がる。
昨日の話しを、妹は知っているのだろうか。

「僕はローゼに傷ついて欲しくなくて…っ」

焦りのせいで上擦った声に、ローゼリンドの訴えが覆い被さる。

「守ろうとするのと、耳を塞ぐことが違うってことぐらい、わたくしでも分かるわ!わたくしだって、知る権利がある。考えることだってできる!!馬鹿にしないでっ」

震えるほど強く握り込まれた両手。
強く固いプライドを宿したローゼリンドの目が、微かに濡れていた。
僕が言葉を失っている間に、妹は身を翻すと部屋から走り去っていく。

「待ってください、お嬢様!!」

慌てて後を追っていくダリアの姿を見た僕は、一緒になって追いかけようと踏み出した。

「お待ち下さい、ジークヴァルト様」

僕の前に、涼やかな美貌に仮面のような無表情を張り付けたヴィオレッタが、立ち塞がる。

「ヴィオレッタ、どうして止めるんだっ」
「ジークヴァルト様、差し出がましいことかもしれませんが、発言してもよろしいでしょうか?」

ヴィオレッタの揺らがない態度に、僕は少しだけ落ち着きを取り戻すと、追いかけるのを一度諦めてゆっくりと頷いて先を促した。

「…分かった、言ってくれ」
「ローゼリンド様を長年近くで見ておりますが、とてもお強く、聡明なお方です。知る機会を奪うより、お伝えして一緒に考える方がよろしいかと存じます」

淡々と告げられる忠告に、僕は虚をつかれて言葉をなくした。
妹の身代わりになった未来の中で、フロレンスが語っていたローゼリンドは、随分と勝ち気な少女だった。
それに、山中でソルに追いつめられた時、絶体絶命の最中に猛々しく啖呵を切った声。

記憶が、次々思い出される。
その全てが、僕の知らない妹の一面だった。

「…僕は、理想をあの子に押し付けていただけなのか?」

僕は愕然とした。
妹を支えるという僕の幼い頃からの目標が、ローゼリンドを見る目を曇らせていたのではないか。
敏い妹は、僕の望みに気付いて演じていたのではないか。
そう気付いてしまえば、羞恥心が込み上がってきた。
同時に、霧が晴れていくように思考が明瞭になっていく。

「…ありがとう、ヴィオレッタ」

目が覚める思いだった。
同時に、肩から力が抜けた。

「君たちとローゼリンドに話がある。マグリットもだ…時間をくれるか」
「え、俺も?いや、良いけどよ。何だ、どうした?」

まさか話しが振られると思っていなかったのだろう。振り返ると、驚きを隠せず、まんまるに目を見開くマグリットがいた。

「僕がこの姿になるまで…何をしたのか、何があったのか、全部話したいんだ。君たちにも、聞いて欲しい」

僕の言葉にヴィオレッタとマグリットが顔を見合わせると、二人は頷いた。



先触れの代わりにヴィオレッタをローゼリンドの元に向かわせると、僕は時間を惜しんで、妹の部屋の前で待つことにした。
妹を守って生きていくという、小さい頃からの目標を手放し、自分の罪を語ると決めると、妙に身体が軽い。
あるいは何かが抜け落ちた、と言っても良いのかもしれない。

久し振りにぼんやりと窓の外を見ていると、扉が開く小さな軋音が聞こえてきた。
視線を向けた先に、扉の隙間からこちらを伺うローゼリンドの姿があった。

「お兄様…、…」

力なく項垂れるように下を向いたローゼリンドに、僕はかがみ込んで視線を合わせる。

「ごめんね、ローゼ。僕が悪かった。君も守るつもりでいて、現実を見ていなかったって…今さら、気付いたよ」
「わたくしこそ、ごめんなさい。お兄様がわたくしのことを思っていてくれているって、分かっているの…でも大人しくしていられなくて。嫌いになった…?」

萎れてしまったように項垂れるローゼリンドに、腕を伸ばして胸に抱き締めると、頭を包むようにして優しく撫でる。
月の色をした柔らかな髪が、僕の指の間でさらさらと音を立てた。

「嫌うはずがない。大好きだよ…僕の可愛いローゼ。僕は、君がいつまでも自分の可愛いお姫様でいて欲しいって、思っていたんだ。誰だって、成長していくのにね」

いつまでも、守られているだけのはずがない。
その現実を受け入れるように、自分に言い聞かせると、僕はそっとローゼリンドの身体から腕を離した。
正面から妹の顔を捉えると、僕と同じように泣き出しそうな顔をしている。
目を反らさずに僕を見つめる妹は、今までになく美しく、瑠璃色の瞳は力強く輝いて見えた。
いつに間に、ローゼリンドはこんなにも成長していたのだろう。

「信じられないかもしれないけど、僕の犯した罪と、罰を聞いてくれるか?」

僕は静かに告げると、妹はそっと頷いてみせた。
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