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一時の逢瀬
暴かれる秘密
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───ローゼ…、…死んでいるのか…、…本当に
生々しい恐怖が、足元からせりあがってる。
僕は恐ろしさに冷たくなっていく両手を、強く握り込んだ。
「でも、まだ…ローゼの死体は見つかっていません。それに、アーベントと一緒にいた男は川た落ちたと言っていた。まだ生きてるかもしれない…!いや、きっと生きてる!あの子は僕より賢くて、いつだって最善を選ぶ子なんだ。死ぬはずなんてない!!」
気が付くと、僕はアスランに掴み掛かりて叫んでいた。
武人として立派な体躯を持ったアスランは、逃げもせず僕を受け止めて、背中を軽く叩く。
「ジーク、落ち着け。今は兎に角、事実を確かめなけりゃならん。ローゼリンドを捜し出すぞ」
「……はい」
結局、弱々しく頷くことしかできなかった。
妹のこと、アスランのこと、全てが絡み合って混乱する頭の中に、フロレンスの姿が思い浮かぶ。
待っていて、と言っていった彼女を置いてきてしまっていた。
きっと僕のことを心配して探し回っているだろう。
「よし、長居は無用だ。行くぞ、二人とも」
扉に向かうアスランを、僕は引き止めた。
「待ってください、アスラン殿下。実はフロレンスも一緒に来ているんです」
「はぁ?そりゃ、どういうことだ」
アスランは怪訝に顔を歪めて、僕の方を振り返った。
ギィィィ────
アスランの背後で、扉が軋む音を立てた。
思わず誰もがそちらに視線を向けると、陽射しが射し込まない薄暗い路地裏に、誰かが佇んでいた。
黒く塗り潰された人影に最初に気付いた背丈の高い人物が、ランタンを床に叩き落とした。
ガラスが割れ、火が消える。
光が取り払われ一瞬にして暗く沈んだ廃屋の中に、剣柄に手を掛ける重い金属音が響いた。
男の腰から、銀色に鈍く光る刃が引き抜かれる。
「やめろ、トーラス」
アスランが片手を上げて制した。
呼ばれた背丈の高い人物は、ぴたりと動きを止める。
僕は驚いてトーラスと呼ばれた男を見上げた。
アスランと共に戦場にいることが多いトーラスの顔を知る者は少ない。だが、それでも誰もがトーラスの名前を知っていた。
もちろん、僕も。
鉄壁の重装騎士を率いるトーラス伯爵。
沈黙の巨人と呼ばれるアスランの懐刀は、黙したまま剣の柄から手を離し、同じように佇んでいた。
トーラスに剣を向けられかけた事にも気付かないように、扉の前に立っていた人影は、覚束ない足取りで前へと踏み出し、小屋の中へと踏み込む。
「どうしてここにいるんです、アスラン殿下…それに今、ローゼリンドを探すって…だって、目の前にいるでしょう?」
暗さに慣れてきた僕の目に映る薔薇色の瞳が、嵐に嬲られる花弁のように揺れていた。
今にも散ってしまいそうな頼りなさに、僕は思わず人影へと両手を伸ばした。
「フロレンスっ…」
妹に似せて高く作ったいた声が、馬鹿みたいに低く掠れる。
装うことを忘れた僕の声にフロレンスの肩がぴくり、と跳ねて、ゆっくりと顔がこちらに向けられた。
「君が、見当たらなくて…花が落ちていて。それで、捜し回っていたら…中から、君の声が」
僕を食い入るように見つめるフロレンスの瞳が、どれだけ僕を心配してくれていたのかを物語っていた。
せめて謝りたいのに、声は硬く、喉に詰まって音にならない。
「入れ替りを、フロレンスは知らんのか」
「……はい」
僕とフロレンスの様子を見守っていたアスランの問い掛けに、僕は項垂れるようにして頷いた。
俯いた僕に、フロレンスの視線が突き刺さるのが分かる。
現実を理解するにつれて、フロレンスの声が感情を抑えるように震えだした。
「ローゼでないなら、君は……」
僕は、弾かれたように顔を上げる。
彼女が真実を口にする前に、どうしても謝りたかった。
「ごめん!騙したかったわけじゃないんだっ、フロレンスっ…っ、ただ…───」
フロレンスの表情が、僕から言葉を奪う。
戸惑い、傷付いた顔がまっすぐに僕を見つめていた。
怒ってくれる方が、何倍もマシだ。
フロレンスに伸ばそうとした僕の手は、空しく虚を掴んだ。
沈黙の痛みに耐える僕とフロレンスを現実に引き戻すように、アスランの声が静かに響いた。
「思うところはあるだろうが、まずは今はローゼリンドを捜すことが先決だ。俺の方の事情も道々伝える、ジークヴァルトも分かっていることを話せ」
「…はい」
ローゼリンドの名が出されると、僕は罪悪感の沼から無理矢理這い出した。
「フロレンスもそれで良いな?」
「承知、いたしました」
フロレンスも顔を上げると、自分の感情を飲み下すような沈黙の後で頷いてみせた。
生々しい恐怖が、足元からせりあがってる。
僕は恐ろしさに冷たくなっていく両手を、強く握り込んだ。
「でも、まだ…ローゼの死体は見つかっていません。それに、アーベントと一緒にいた男は川た落ちたと言っていた。まだ生きてるかもしれない…!いや、きっと生きてる!あの子は僕より賢くて、いつだって最善を選ぶ子なんだ。死ぬはずなんてない!!」
気が付くと、僕はアスランに掴み掛かりて叫んでいた。
武人として立派な体躯を持ったアスランは、逃げもせず僕を受け止めて、背中を軽く叩く。
「ジーク、落ち着け。今は兎に角、事実を確かめなけりゃならん。ローゼリンドを捜し出すぞ」
「……はい」
結局、弱々しく頷くことしかできなかった。
妹のこと、アスランのこと、全てが絡み合って混乱する頭の中に、フロレンスの姿が思い浮かぶ。
待っていて、と言っていった彼女を置いてきてしまっていた。
きっと僕のことを心配して探し回っているだろう。
「よし、長居は無用だ。行くぞ、二人とも」
扉に向かうアスランを、僕は引き止めた。
「待ってください、アスラン殿下。実はフロレンスも一緒に来ているんです」
「はぁ?そりゃ、どういうことだ」
アスランは怪訝に顔を歪めて、僕の方を振り返った。
ギィィィ────
アスランの背後で、扉が軋む音を立てた。
思わず誰もがそちらに視線を向けると、陽射しが射し込まない薄暗い路地裏に、誰かが佇んでいた。
黒く塗り潰された人影に最初に気付いた背丈の高い人物が、ランタンを床に叩き落とした。
ガラスが割れ、火が消える。
光が取り払われ一瞬にして暗く沈んだ廃屋の中に、剣柄に手を掛ける重い金属音が響いた。
男の腰から、銀色に鈍く光る刃が引き抜かれる。
「やめろ、トーラス」
アスランが片手を上げて制した。
呼ばれた背丈の高い人物は、ぴたりと動きを止める。
僕は驚いてトーラスと呼ばれた男を見上げた。
アスランと共に戦場にいることが多いトーラスの顔を知る者は少ない。だが、それでも誰もがトーラスの名前を知っていた。
もちろん、僕も。
鉄壁の重装騎士を率いるトーラス伯爵。
沈黙の巨人と呼ばれるアスランの懐刀は、黙したまま剣の柄から手を離し、同じように佇んでいた。
トーラスに剣を向けられかけた事にも気付かないように、扉の前に立っていた人影は、覚束ない足取りで前へと踏み出し、小屋の中へと踏み込む。
「どうしてここにいるんです、アスラン殿下…それに今、ローゼリンドを探すって…だって、目の前にいるでしょう?」
暗さに慣れてきた僕の目に映る薔薇色の瞳が、嵐に嬲られる花弁のように揺れていた。
今にも散ってしまいそうな頼りなさに、僕は思わず人影へと両手を伸ばした。
「フロレンスっ…」
妹に似せて高く作ったいた声が、馬鹿みたいに低く掠れる。
装うことを忘れた僕の声にフロレンスの肩がぴくり、と跳ねて、ゆっくりと顔がこちらに向けられた。
「君が、見当たらなくて…花が落ちていて。それで、捜し回っていたら…中から、君の声が」
僕を食い入るように見つめるフロレンスの瞳が、どれだけ僕を心配してくれていたのかを物語っていた。
せめて謝りたいのに、声は硬く、喉に詰まって音にならない。
「入れ替りを、フロレンスは知らんのか」
「……はい」
僕とフロレンスの様子を見守っていたアスランの問い掛けに、僕は項垂れるようにして頷いた。
俯いた僕に、フロレンスの視線が突き刺さるのが分かる。
現実を理解するにつれて、フロレンスの声が感情を抑えるように震えだした。
「ローゼでないなら、君は……」
僕は、弾かれたように顔を上げる。
彼女が真実を口にする前に、どうしても謝りたかった。
「ごめん!騙したかったわけじゃないんだっ、フロレンスっ…っ、ただ…───」
フロレンスの表情が、僕から言葉を奪う。
戸惑い、傷付いた顔がまっすぐに僕を見つめていた。
怒ってくれる方が、何倍もマシだ。
フロレンスに伸ばそうとした僕の手は、空しく虚を掴んだ。
沈黙の痛みに耐える僕とフロレンスを現実に引き戻すように、アスランの声が静かに響いた。
「思うところはあるだろうが、まずは今はローゼリンドを捜すことが先決だ。俺の方の事情も道々伝える、ジークヴァルトも分かっていることを話せ」
「…はい」
ローゼリンドの名が出されると、僕は罪悪感の沼から無理矢理這い出した。
「フロレンスもそれで良いな?」
「承知、いたしました」
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