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陰謀の庭園
巡り遭う
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フロレンスは静まり返った周囲を見渡すと、ゆっくり唇を開いた。
「幼くして母を亡くした者がいるならば、名乗りでよ。公国を護るため自分を犠牲にできる者は、前に進み出れば良い。その者だけが、公爵家に石を投げることが許される」
凛として透き通って響くフロレンスの言葉は、齢12の頃から公国の守護者として戦場の前線に立ち続けているからこそ、人々の心に重くのし掛かった。
不穏な空気が一掃される代わりに、誰しもが自分を恥じるように俯く。
静まり返った庭園の中央で、フロレンスの薔薇色の瞳に射抜かれたヒルデだけが、怒りに燃え上がる紅い瞳を僕とフロレンスに向けていた。
「ヒルデ嬢、君に尋ねたい。母を亡くし、父と兄と、そして民から信用を失いかけながら、幼い頃から公国を背負う重責と戦い、公国のために生きるローゼリンドを…君は大公妃に相応しくないと言うのか?」
フロレンスの問い掛けに、ヒルデは歯を軋ませる程に噛みし締める。
ダンッ、とテーブルを両手で叩き椅子を蹴倒しながら、ヒルデは立ち上がった。
「そうよ!私の方が相応しいんだから当たり前でしょ!!」
ヒルデがテーブルを叩いた勢いでティーカップが引っくり返り、陶器がぶつかる甲高い音が悲鳴のように響く。
中身の紅茶が、血のように白いテーブルクロスに広がっていった。
「お姉さま、なんてことを仰るのですか!!」
「うるさい!!」
アゼリアは顔を真っ青にしながらヒルデの腕を掴むと、ヒルデは汚い物を振り落とすようにアゼリアの手を叩く。
鋭い音が、庭園に響いた。
「っ…」
声を殺して痛みに耐えるアゼリアの白い手は、みるみるうちに赤く染まり、爪が当たったのであろう血の筋が手の甲に滲んでいた。
妹に怪我を負わせるという、淑女にあるまじき失態を犯した姉を庇うよう、アゼリアは手で傷を隠していた。
そんな妹を憎々しげに見下ろすヒルデは、金切り声を張り上げる。
「私の方がヘリオス様に相応しいしでしょ!マルム王国の血を引くわたくしなら両国の架け橋になるって、お母様が常々っ」
「およしなさい、ヒルデ」
唐突に響いた淑やかな声は、大きくもないのに空気にしっとりと滲んで、人々の耳に汲まなく染み込んでいった。
ヒルデは息を詰めると、恐れを抱えて縮こまるように背後を振り返る。
つられて視線を向けると、中庭の中央に敷かれた石畳を踏みながら、ゆっくりと近づいてくる靴音が優雅に響いた。
微かに吹く風が、僕たちを遠巻きにする令嬢たちの合間から滑り込み、甘く蠱惑的な匂いが僕の鼻先を擽った。
途端に、背中にぞろりと虫が這うような悪寒が走る。
甦ったのは、婚約式の夜の不貞の声。
そして、僕が、最後に母を見た時の記憶だった。
「…、…この匂い…」
「ローゼ…大丈夫かい?」
緊張し、ドクドクと痛いぐらいに脈打つ鼓動のせいで、フロレンスの声が上手く聞き取れない。
両手を胸に添えて抑えながら、コルセットに阻まれて上手く膨らまない肺に、どうにか酸素を送り込んでいく。
───落ち着け、これは…チャンスだ。
自分自身に言い聞かせる僕の前で、ゆっくりと人垣が割れていく。
そして妖艶という言葉に肉体を持たせたような女性が、姿を現した。
「幼くして母を亡くした者がいるならば、名乗りでよ。公国を護るため自分を犠牲にできる者は、前に進み出れば良い。その者だけが、公爵家に石を投げることが許される」
凛として透き通って響くフロレンスの言葉は、齢12の頃から公国の守護者として戦場の前線に立ち続けているからこそ、人々の心に重くのし掛かった。
不穏な空気が一掃される代わりに、誰しもが自分を恥じるように俯く。
静まり返った庭園の中央で、フロレンスの薔薇色の瞳に射抜かれたヒルデだけが、怒りに燃え上がる紅い瞳を僕とフロレンスに向けていた。
「ヒルデ嬢、君に尋ねたい。母を亡くし、父と兄と、そして民から信用を失いかけながら、幼い頃から公国を背負う重責と戦い、公国のために生きるローゼリンドを…君は大公妃に相応しくないと言うのか?」
フロレンスの問い掛けに、ヒルデは歯を軋ませる程に噛みし締める。
ダンッ、とテーブルを両手で叩き椅子を蹴倒しながら、ヒルデは立ち上がった。
「そうよ!私の方が相応しいんだから当たり前でしょ!!」
ヒルデがテーブルを叩いた勢いでティーカップが引っくり返り、陶器がぶつかる甲高い音が悲鳴のように響く。
中身の紅茶が、血のように白いテーブルクロスに広がっていった。
「お姉さま、なんてことを仰るのですか!!」
「うるさい!!」
アゼリアは顔を真っ青にしながらヒルデの腕を掴むと、ヒルデは汚い物を振り落とすようにアゼリアの手を叩く。
鋭い音が、庭園に響いた。
「っ…」
声を殺して痛みに耐えるアゼリアの白い手は、みるみるうちに赤く染まり、爪が当たったのであろう血の筋が手の甲に滲んでいた。
妹に怪我を負わせるという、淑女にあるまじき失態を犯した姉を庇うよう、アゼリアは手で傷を隠していた。
そんな妹を憎々しげに見下ろすヒルデは、金切り声を張り上げる。
「私の方がヘリオス様に相応しいしでしょ!マルム王国の血を引くわたくしなら両国の架け橋になるって、お母様が常々っ」
「およしなさい、ヒルデ」
唐突に響いた淑やかな声は、大きくもないのに空気にしっとりと滲んで、人々の耳に汲まなく染み込んでいった。
ヒルデは息を詰めると、恐れを抱えて縮こまるように背後を振り返る。
つられて視線を向けると、中庭の中央に敷かれた石畳を踏みながら、ゆっくりと近づいてくる靴音が優雅に響いた。
微かに吹く風が、僕たちを遠巻きにする令嬢たちの合間から滑り込み、甘く蠱惑的な匂いが僕の鼻先を擽った。
途端に、背中にぞろりと虫が這うような悪寒が走る。
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「…、…この匂い…」
「ローゼ…大丈夫かい?」
緊張し、ドクドクと痛いぐらいに脈打つ鼓動のせいで、フロレンスの声が上手く聞き取れない。
両手を胸に添えて抑えながら、コルセットに阻まれて上手く膨らまない肺に、どうにか酸素を送り込んでいく。
───落ち着け、これは…チャンスだ。
自分自身に言い聞かせる僕の前で、ゆっくりと人垣が割れていく。
そして妖艶という言葉に肉体を持たせたような女性が、姿を現した。
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