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陰謀の庭園

伯爵姉妹

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エントランスから奥の扉へと抜け回廊に踏み出すと、白い柱は実直に立ち並んでいた。
陽射しを浴びた柱は影を伸ばし、よく磨かれた白い回廊の床に投げ掛けられている。
中庭に視線を向けると白いパラソルが花開き、女性の華やかな笑い声が風に乗って響いてきた。

回廊の中央まで来ると柱が途切れ、変わりに中庭へと下る階段が続く。
僕とフロレンスが階段の前に立ち止まると同時に、従女の声が高らかに中庭に響いた。

「ロザモンド公爵家、フロレンス・フォン・ロザモンド様ならびにカンディータ公爵家、ローゼリンド・フォン・カンディータ様がお見えになられました」

高々と告げられた僕たちの名前。
僕が一歩踏み出そうとすると、フロレンスが自然と手を差し伸べてくれる。

───女性が同性をこんなに堂々とエスコートするのは、ありなんだろうか?

僕は思わず周囲を見渡すと、羨望と憧れのキラキラと輝くような眼差しが注がれていた。
まるで理想のお姫様と王子様を見守るような、そんな視線だ。

───これは、肯定的な反応…かな?

悩むようにチラリと傍らを見上げると、フロレンスの瞳がにっこりと、有無を言わさぬ力で微笑んでいる。
僕は、頬が一気に熱くなるのを感じた。
フロレンスとローゼリンドが昔からごっこ遊びをしていたのは、僕も覚えている。
これもその延長で二人は慣れているのかもしれないけれど、僕の脳裏には、ジークヴァルトが好きだと告げたフロレンスの顔がちらつく。

───僕は、心臓が持ちそうにないよ…ローゼ。

動揺を隠すようにゆっくり深呼吸をしたから、僕はフロレンスの手に指をそっと乗せた。
途端にきゃあきゃあ、と色めき立った小さな悲鳴が方々から響く。
その声に驚いて肩を跳ね上げた僕の耳元に、フロレンスの顔がそっと寄せられた。
香水の香りとは違う、仄かな甘い匂いが長い髪と一緒に崩れ落ちてきて、僕の肩の上を滑る。
心臓がぎゅっ、と握り潰されそうな痛みを感じるぐらい、緊張が走った。
その癖、鼓動は高鳴り、喜びが身体中を巡るのは一体どうしてなのか。

「どうしたの、ローゼ。いつもなら面白がるのに、今日はぎこちないね」
「いえ、ちょっと…──何でもないわ、行きましょう」

僕は正体がバレないように取り繕うと、フロレンスのエスコートで足を踏み出した。

───浮かれている場合でも、恥ずかしがってる時でもないんだ。僕は妹のためにここにいる。誰かに悟られた時点で、妹の未来が潰れてしまうかもしれないんだぞ。

僕が一番騙さなければならない相手は、僕と妹の幼馴染みであり、妹の一番の親友であるフロレンスだ。
フロレンスが一番、妹になり代わっている僕に気付く可能性がある。
そしてもし、彼女がこの秘密を知ったなら。

───…きっと、僕を軽蔑する。嘘を吐いて、フロレンスの恋心まで知ってしまった僕のことを。

ずきり、と心臓が痛んだ。

妹のために身代わりにだったというのに、僕が今一番心配しているのはフロレンスを傷つけてしまうかもしれないことと、彼女に軽蔑されるかもしれない、という恐れだ。
自分本意な考えに、自己嫌悪に陥る。
僕は引き攣りそうになる顔を笑顔に変えて、令嬢たちが待つ中庭へと足を進めた。



フロレンスに連れられて降り立ったシュルツ伯爵邸の中庭は、見慣れない形をしていた。
縦に長い長方形に切り取られ、丈の短い芝生が青々と繁っている。
左右に引かれた水路は青空を映した水が流れ、その両脇を赤い花が彩っていた。
ここにも、マルム王国の庭園の特徴がはっきりと現れている。

左右の水路に挟まれた中央の広々とした芝生の上にテーブルが並べられ、生成色のパラソルが光を遮って白く輝いて見えた。
目に鮮やかな異国の風景に、僕は驚いて瞬きを繰り返す。
庭を眺める僕の前に、一人の令嬢が歩み寄ってきた。
この国には珍しいブルネットの豊かな髪を結い上げ、燃えるような赤い瞳が僕たちを見据える。
高慢にツン、と反らされた顎先は細く整っていた。

「お待ちしておりましたわ、ロザモンド公女様、カンディータ公女様、シュルツ伯爵家のヒルデでございます。どうぞお掛けになって下さいな」

ティーパーティーの主らしく華やかに笑うと、主賓が座る場所へと僕たち案内する。
僕たちが席に近付くと歓談をしていた令嬢たちが椅子を立って、ドレスを摘まみ膝を折って敬意を示してみせる。

「麗しき緑の精霊の公女様、猛き紅の精霊の公女様、お二人にご挨拶を申し上げます」

折り重なる令嬢たちの挨拶にフロレンスと僕が軽く頷いて応えて見せると、メイドたちに引かれる椅子に腰を落ち着ける。
僕たちに倣って周囲も再び腰を落ち着けると、再び華やかな話し声や笑い声が響いてきた。
僕は同じテーブルに座った令嬢たちを順繰りに見渡すと、内心で溜息を吐いた。

───精霊の力によるエスメラルダ公国の安定に、否定的な貴族ばかりだな。

僕やフロレンスとはやや距離を置いている男爵や伯爵、子爵の令嬢に取り囲まれると、これから楽しい時間が過ごせるとは、とても思えなかった。

その中で一人だけ、居心地が悪そうにこちらをちらちらと伺う小柄な女性がいた。
席はこのパーティーの主催であるシュルツ伯爵家の長女、ヒルデの横だ。

────シュルツ家にもう一人娘が居ると聞いていたけれど…確か、名前はアゼリア嬢だったか。

僕はアゼリアを見た。
髪の毛はライ麦に似た金髪、瞳は鈍い青色で落ち着いた色をしている。
ヒルデの毒々しいほどの華やかさと比較すると全体的に地味な印象ではあったが、大きな瞳に小さな唇、少し困ったように眉尻を下げた気の弱そうな顔立ちは、可愛らしい印象だった。
僕がまじまじと観察していると、不意にぱちり、とアゼリアと視線が合う。
途端に、アゼリアは首から頬までを真っ赤に染め抜いていった。
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