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婚約式
麗人の誘惑
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カウチの背凭れに両腕を乗せて、伏せるようにして顔を埋める。
その隣にフロレンスが腰を下ろすと、優しく僕の背中を撫でてくれた。
僕は意を決して、口を開いた。
「他の方々は…ヘリオス様の愛人のことを、知っているの?」
「大公子に愛人がいる…という噂はあったが君の家のこともあって、みんな信じてなかったよ。真実だと知っているのは、偶然現場を見た君と私ぐらいだ。まさかまだ続いてると思わなかったけどね」
公爵家が彼と婚約を結んだから、ヘリオスが後継者に選ばれたという公然の事実。
そして、ウィリンデの家系を裏切った時の恐ろしさは、みんな知っている。
だから、大公子が愛人を作ることなんてない。
そう信じ込んでいるのだろう。
僕も現場を見なければ、ただの噂として一笑に付してたかもしれない。
───自分の馬鹿さ加減に、泣きたくなる。
ヘリオスの上っ面に騙されていたことも、妹がこんな事実を隠して耐えていたのに気付かなかったことも。
今すぐ妹を抱き締めて、謝りたかった。
心の底から。
声を出したら泣いてしまいそうになって、僕は思わず唇を噛み締めた。
「やはり、ヘリオスを後継者から引きずり下ろしてしまおうか」
「え?」
聞き間違いだろうか。
僕は弾かれたように顔を上げ、フロレンスを見た。
「あ、唇を噛み締めちゃ駄目だよ、ローゼ。口紅が落ちてしまう」
笑いながら下唇に残った歯列の痕を辿るフロレンスの優しい指が、今言った言葉とまるで噛み合ってなくて、僕は余計に混乱してしまう。
「今、なんて言ったのかしら?」
「ヘリオスを引きずり下ろそうか。と言ったんだ。君が事を荒立てたくない、大公家にも公爵家にも迷惑を掛けたくないと言ったから、大人しくしていたけど。いい加減、見限っても良いんじゃないか?」
「駄目よ…っ、それじゃあフロレンスが逆賊に問われるかもしれないわ」
ヘリオスは勿論、どうにかしてやりたいと思うぐらい憎い。
だからといって、後継者を変えようと公言しては、公爵家が公国の転覆を目論んだと言われても言い訳のしようがない。
「可笑しなことを言うね、ローゼ。私はそんな下手を打たないよ?」
「それでも絶対に、駄目」
僕はきっぱりと断ると、フロレンスと睨み合う。
このまま沈黙が続くかと思っていたが、先に根負けしたのはフロレンスの方だった。
「本当にローゼって頑固だな…昔から変わらない」
「そういうフロレンスは、昔から言うことが過激過ぎるのよ」
緊張が解けると、僕は腕を組んでフロレンスを睨み付ける。
フロレンスは悪戯っぽく片眉をそびやかせて、軽やかに笑ってみせた。
「私の性分なんだ、仕方ない」
「でしたら、頑固もわたくしの性格よ。諦めてちょうだい」
二人で目を見合わせると、今度は同時に吹き出してしまった。
ひとしきり笑い合ってから一息つくと、少しだけ心が軽くなった気がする。
「そろそろ戻るかい?」
「ええ、そうするわ。フロレンス」
先に立ち上がったフロレンスが、僕に手を差し伸ばす。
「お供するよ、ローゼ」
「お願いするわ」
手を重ねると、エスコートされるままに立ち上がって歩き出す。
──── 一先ず、大丈夫だ。
ヘリオスが姿を見せても、殴りかかったりしないで済みそうなぐらいには冷静になれた。
だが、ヘリオスと一緒にいた相手の正体は、誰だったのか。
10年前の忌まわしい事件を思い起こさせる匂いだけは、僕の心に染みついて離れない。
────駄目だ、今はこの場をやり過ごすことだけ考えるんだ。
僕は頭を左右に振って雑念を払う。
いざ外に出ようと踏み出した瞬間、扉に手を掛けたままフロレンスが急にが足を止めた。
「わっ…」
踏み出し掛けた僕は勢い余って、彼女の背中にぶつかってしまった。
その隣にフロレンスが腰を下ろすと、優しく僕の背中を撫でてくれた。
僕は意を決して、口を開いた。
「他の方々は…ヘリオス様の愛人のことを、知っているの?」
「大公子に愛人がいる…という噂はあったが君の家のこともあって、みんな信じてなかったよ。真実だと知っているのは、偶然現場を見た君と私ぐらいだ。まさかまだ続いてると思わなかったけどね」
公爵家が彼と婚約を結んだから、ヘリオスが後継者に選ばれたという公然の事実。
そして、ウィリンデの家系を裏切った時の恐ろしさは、みんな知っている。
だから、大公子が愛人を作ることなんてない。
そう信じ込んでいるのだろう。
僕も現場を見なければ、ただの噂として一笑に付してたかもしれない。
───自分の馬鹿さ加減に、泣きたくなる。
ヘリオスの上っ面に騙されていたことも、妹がこんな事実を隠して耐えていたのに気付かなかったことも。
今すぐ妹を抱き締めて、謝りたかった。
心の底から。
声を出したら泣いてしまいそうになって、僕は思わず唇を噛み締めた。
「やはり、ヘリオスを後継者から引きずり下ろしてしまおうか」
「え?」
聞き間違いだろうか。
僕は弾かれたように顔を上げ、フロレンスを見た。
「あ、唇を噛み締めちゃ駄目だよ、ローゼ。口紅が落ちてしまう」
笑いながら下唇に残った歯列の痕を辿るフロレンスの優しい指が、今言った言葉とまるで噛み合ってなくて、僕は余計に混乱してしまう。
「今、なんて言ったのかしら?」
「ヘリオスを引きずり下ろそうか。と言ったんだ。君が事を荒立てたくない、大公家にも公爵家にも迷惑を掛けたくないと言ったから、大人しくしていたけど。いい加減、見限っても良いんじゃないか?」
「駄目よ…っ、それじゃあフロレンスが逆賊に問われるかもしれないわ」
ヘリオスは勿論、どうにかしてやりたいと思うぐらい憎い。
だからといって、後継者を変えようと公言しては、公爵家が公国の転覆を目論んだと言われても言い訳のしようがない。
「可笑しなことを言うね、ローゼ。私はそんな下手を打たないよ?」
「それでも絶対に、駄目」
僕はきっぱりと断ると、フロレンスと睨み合う。
このまま沈黙が続くかと思っていたが、先に根負けしたのはフロレンスの方だった。
「本当にローゼって頑固だな…昔から変わらない」
「そういうフロレンスは、昔から言うことが過激過ぎるのよ」
緊張が解けると、僕は腕を組んでフロレンスを睨み付ける。
フロレンスは悪戯っぽく片眉をそびやかせて、軽やかに笑ってみせた。
「私の性分なんだ、仕方ない」
「でしたら、頑固もわたくしの性格よ。諦めてちょうだい」
二人で目を見合わせると、今度は同時に吹き出してしまった。
ひとしきり笑い合ってから一息つくと、少しだけ心が軽くなった気がする。
「そろそろ戻るかい?」
「ええ、そうするわ。フロレンス」
先に立ち上がったフロレンスが、僕に手を差し伸ばす。
「お供するよ、ローゼ」
「お願いするわ」
手を重ねると、エスコートされるままに立ち上がって歩き出す。
──── 一先ず、大丈夫だ。
ヘリオスが姿を見せても、殴りかかったりしないで済みそうなぐらいには冷静になれた。
だが、ヘリオスと一緒にいた相手の正体は、誰だったのか。
10年前の忌まわしい事件を思い起こさせる匂いだけは、僕の心に染みついて離れない。
────駄目だ、今はこの場をやり過ごすことだけ考えるんだ。
僕は頭を左右に振って雑念を払う。
いざ外に出ようと踏み出した瞬間、扉に手を掛けたままフロレンスが急にが足を止めた。
「わっ…」
踏み出し掛けた僕は勢い余って、彼女の背中にぶつかってしまった。
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