ワケあり公子は諦めない

豊口楽々亭

文字の大きさ
上 下
9 / 62
婚約式

貴族社会②

しおりを挟む
周囲を見回すと、嵐のような熱気は過ぎ去ったようだ。
今度は先程よりも落ち着いた会話が始まる。
みんなの話に溶け込もうと聞き耳を立てていると、恐る恐るといった調子で一人の令嬢が声を掛けてきた。

「あの…ローゼリンド様…、…お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ」

僕がおおらかに頷くと、まだ幼い顔立ちの少女は頬どころか首筋まで一気に火照らせて、視線を彷徨さまよわせる。
どうしたのかと目で問えば、熟れきった林檎になってしまった頬を扇子で隠しながら、ようやく言葉を口にした。

「…ジークヴァルト公子様はお元気でいらっしゃいます?」

なぜ、僕のことを尋ねるだけで、彼女はこんなにも赤くなってしまったのだろう?
もしかして、舞踏会の熱にやられてしまったのだろうか。
倒れないか心配になりながら、僕は彼女の問いかけにわざと視線を落とす。

「兄は今病を患っておりまして…しばらくは邸宅で療養することになっておりますの」
「それは…ローゼリンド様も、さぞご心配でしょう。本当に仲の良いご兄妹ですもの」

同情が寄せられると、ちくり、と針で刺されるような心の痛みを感じて、思わず胸を抑える。
痛みに耐える僕をよそに、話を聞いていた他の令嬢からは、深い溜息が吐き出された。

「ああ、あの儚い月の公子様がご病気だなんて、お側にいってお慰めしたいわ」
「そんな大それたことを仰って、他の方に聞こえたら恐ろしいことよ?」
「分かっておりますわ。だからいつもこうやって、ローゼリンド様の側でしかお話しないんですもの!」

夢見るように語る令嬢の言葉が、僕の脳味噌のうみそを思い切りぶっ叩いてきた。
くらくらする頭を抱えながら、周囲で交わされる話に聞き耳を立てていると、徐々じょじょに分かってきた事があった。

それは、僕を巡って血で血を洗う壮絶な戦いが、水面下で繰り広げられているという事実だ。

───待って待って待って、僕聞いてない…そんな話聞いてない!!

心の中の絶叫をよそに、情報は次々僕の耳に飛び込んできた。
どうやら高位の令嬢が家格が下の令嬢達を牽制けんせいしているため、令嬢たちの内輪のみで僕に対する憧れ混じりの夢が語られ。
高位の令嬢たちはお互いに睨み合っているせいで身動きが取れない。
そんな状況が作り上げられているらしい。

「憂いのある麗しい顔に、真面目な態度。時期公爵としての気品のあるお姿が見れないだなんて…胸が張り裂けそうよ、私」
「それだけじゃないわ!あの美貌もさることながら、お若い頃から公爵家の運営の一部も任されておられて、才能もあるとのこと。それに何より…まだ、ご婚約者がいないのよ!」

最後の言葉に、周囲の令嬢たちの瞳が餌を前にした獣みたいに輝いて見えた。
僕の背筋に戦慄せんりつが走る。

───…怖い!待って、怖い!捕って食われる!!

内心の悲鳴をどうにか隠して、僕は引き攣りそうな口元を扇子でそっと隠し、今にも戦いを始めそうな令嬢達へと声を掛ける。

「私、少し熱気でのぼせてしまったようです。みなさま、どうそ楽しんでいらして」

言うが早いか、僕は颯爽とドレスの裾を翻して歩き出した。
目指すは、大公城にある自慢の裏庭だ。
エスメラルダ公国を覆うウィリンデ緑の精霊の加護により、公国内は常に緑が芽吹き、花が咲き綻ぶ。
カンディータ公爵家が存続する限り、常春が約束された我が国では、厳冬げんとうの足音は遠い他国のものでしかない。
だからこそ、どこの貴族も庭作りには力が入っている。
今すぐ緑に癒されたい僕には、うってつけの場所だった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

【完結】人生で一番幸せになる日 ~『災い』だと虐げられた少女は、嫁ぎ先で冷血公爵様から溺愛されて強くなる~

八重
恋愛
【全32話+番外編】 「過去を、後ろを見るのはやめます。今を、そして私を大切に思ってくださっている皆さんのことを思いたい!」  伯爵家の長女シャルロッテ・ヴェーデルは、「生まれると災いをもたらす」と一族で信じられている『金色の目』を持つ少女。生まれたその日から、屋敷には入れてもらえず、父、母、妹にも虐げられて、一人ボロボロの「離れ」で暮らす。  ある日、シャルロッテに『冷血公爵』として知られるエルヴィン・アイヒベルク公爵から、なぜか婚約の申し込みがくる。家族は「災い」であるシャルロッテを追い出すのにちょうどいい口実ができたと、彼女を18歳の誕生日に嫁がせた。  しかし、『冷血公爵』とは裏腹なエルヴィンの優しく愛情深い素顔と婚約の理由を知り、シャルロッテは彼に恩返しするため努力していく。  そして、一族の中で信じられている『金色の目』の話には、実は続きがあって……。  マナーも愛も知らないシャルロッテが「夫のために役に立ちたい!」と努力を重ねて、幸せを掴むお話。 ※引き下げにより、書籍版1、2巻の内容を一部改稿して投稿しております

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

処理中です...