ワケあり公子は諦めない

豊口楽々亭

文字の大きさ
上 下
7 / 62
婚約式

叱咤

しおりを挟む
さすが、妹が信頼をおく従女だ。
男の僕をこれ以上ないぐらいの美少女に仕上げてくれている。
鏡の前で立ちながら、僕は思わず感嘆の吐息をこぼした。

「悪い虫がつかないか、心配だな」
「それは、大丈夫ではないでしょうか?なんと言っても本日婚約式を上げたばかりですし」

大粒のサファイアとダイヤモンドの耳飾りを取り上げ、僕の耳を飾り付けていくヴィオレッタから冷静な言葉が帰ってくる。それでも、僕は納得せずに腕を組んだ。

「いや、だって…最近は愛人を囲うのが流行りだそうじゃないか。既婚も未婚も、婚約も関係ないなら、ローゼの美貌にたぶらかされない男なんて、いないんじゃないか?」

聞く者がいれば、兄馬鹿と言われるであろう。
それでも構わないと思うぐらい、僕は妹を愛しているのだから仕方ない。
あるいは僕のことをナルシスト、と笑うかもしれない。
だが、どんなに外見が似ていても、中身の違いは外に現れるものだ。
僕はローゼリンドの儚く美しい姿の中にある、芯の強さが大好きだった。
それは立ち姿や笑い方という仕草の端々に表され、学ぶ姿勢にも見られていた。
そんな彼女を真似るよう、僕はしっかりと前を見据える。
鏡の中から、綺羅星を宿す彼女の瞳が僕を真っ直ぐ見つめ返してくれるようだった。

「そこは大公子様がローゼリンド様を魅了して下さると、期待いたしましょう」

淡々と告げるヴィオレッタの指によってネックレスが取り付けられられていく。
香水瓶を手して戻ってきたダリアが、その話に加わってきた。

「それより、ジークヴァルト様が舞踏会にご出席されない方がご令嬢にもご令息にとっても大問題ですよ!」
「ああ、一応…そうだね、親交を結びたい相手としては、僕は筆頭に上げられるから」

まだ成長期が来ていない僕は、どうしても男としての自信がない。
それに時期当主とはいえ、植物を育む力が乏しいことが、引け目になっていた。
成長期を迎えると共に能力は成長を見せると言われているが、不安がどうしたって纏わりつくのだ。
それでも、公国に二つしかない公爵家ならば、結婚相手としては垂涎の的であろう。
僕の冷淡な反応に、ダリアは金木犀のパルファムの匂いと一緒に、呆れた声を吹き掛けてくる。

「そうじゃなくてですね、ジークヴァルト様が何と呼ばれているかご存知ないのですか?」
「いや、気にしたことがない…というか、僕は地味だしね」

妹や、年より若く見える父への恋慕とやっかみを含んだ噂や評価は、僕の耳にもよく届く。
だけど、僕自身の噂に関しては積極的に耳に入れようとはしなかった。
ときおり漏れ聞こえる評価も、余り良い意味合いじゃないように思えたからだ。

「これを機会に、ご自身のお噂を聞いて来られるのがよろしいかと」
「そうですよね。そろそろジークヴァルト様にも現実を知ってもらわないと」

ヴィオレッタとダリアが顔を見合わせて、重々しく頷きう。
僕は一人、置き去りにされてしまったような気分だ。
いい加減、自分の社交界での評判と向き合って直していけ、ということだろうか。
鏡の中のローゼリンドが、情けなく眉を垂らしていた。
双子の妹にこんな顔をさせるわけにはいかないけど、今だけは許して欲しかった。

「分かったよ…、…ちゃんと聞いてきて直すから」
「はい、ぜひそうして来て下さい」

晴れやかに笑うダリアの言葉に、とどめを刺されたような気分だ。
今すぐ公爵家に戻って庭木を相手にお喋りしたい。
引きこもりたい。
そんな鬱々とした気分を、どうにか立て直す。
一通り準備が終わると、僕は扉に目を向けた。
今まさに、妹が発見されたという知らせが届くんじゃないかと、期待したのだ。
でも、僕の思いをおいてけぼりにして、時間は進んでいく。
日が陰り、夜が深くなっていくのに比例して、僕の心は鉛を詰められていくように重くなり、くらい海の底に沈み込んでいくようだった。
僕は不安を振り払うように、頭を左右に振るった。
公爵家、しかもウィリンデ緑の精霊の家系に手を出す恐ろしさは、以来、公国民なら皆知っているはずだ。

───だから、大丈夫だ。妹はきっと生きている。

僕は何度となく同じこと言葉を心のなかで唱えながら、ヘリオスに迎えに来てもらえるようにと、先触れを出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

【完結】人生で一番幸せになる日 ~『災い』だと虐げられた少女は、嫁ぎ先で冷血公爵様から溺愛されて強くなる~

八重
恋愛
【全32話+番外編】 「過去を、後ろを見るのはやめます。今を、そして私を大切に思ってくださっている皆さんのことを思いたい!」  伯爵家の長女シャルロッテ・ヴェーデルは、「生まれると災いをもたらす」と一族で信じられている『金色の目』を持つ少女。生まれたその日から、屋敷には入れてもらえず、父、母、妹にも虐げられて、一人ボロボロの「離れ」で暮らす。  ある日、シャルロッテに『冷血公爵』として知られるエルヴィン・アイヒベルク公爵から、なぜか婚約の申し込みがくる。家族は「災い」であるシャルロッテを追い出すのにちょうどいい口実ができたと、彼女を18歳の誕生日に嫁がせた。  しかし、『冷血公爵』とは裏腹なエルヴィンの優しく愛情深い素顔と婚約の理由を知り、シャルロッテは彼に恩返しするため努力していく。  そして、一族の中で信じられている『金色の目』の話には、実は続きがあって……。  マナーも愛も知らないシャルロッテが「夫のために役に立ちたい!」と努力を重ねて、幸せを掴むお話。 ※引き下げにより、書籍版1、2巻の内容を一部改稿して投稿しております

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...