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婚約式
婚約式の準備
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僕が妹の身代わりになる間、邸宅の使用人達には僕は病で伏せっていると伝えることにした。
現大公陛下に婚約式に出席できない非礼を詫びる書状を、僕の従者であるマグリットが届けてくれる。
それ以外にも、彼は僕が抱えている公爵家所領の税収の確認や、領内の治安維持の報告など、様々な内容を纏めておいてくれることになった。
元の生活に戻った時に、速やかに決裁を下すためではあるが、負担をかけることが目に見えていた。
「ごめん、マグリット」
「大丈夫だから、俺に全部任せとけよ。ジーク」
僕と乳兄弟である幼馴染みは、向日葵みたいに快活に笑って言ってくれた。
しかし、しかしだ…
周りに全てを任せて専念しても、まったくと言っていいほどに式まで時間が足りない。
それでも必死に、式の段取りを頭に叩き込み、ローゼリンドの話し方、仕草、表情をひたすら模倣していく。
喜んでいいのか悲しいんでいいのか、成長期がまだ訪れていない僕は、妹と立場を入れ換えて遊べるぐらいに、体格差がない。
見た目が同じお陰で、付け焼き刃であってもそれなりに様になっていた。
それでも踵の高い靴の辛さや、コルセットの締め付けに、弱音を吐きたくなった。
けれど僕以上に大変そうな侍女の二人を見ていると、何も言えなくなる。
何を着ていくか形式的に決まっているとはいえ、二人だけで準備を進めるヴィオレッタとダリアの目の下には、この短期間で化粧では隠しきれない隈ができていた。
無理をする二人の姿を見ていると、申し訳ない気持ちが頭をもたげる。
「二人とも、大変だろう。ごめんね」
「ジー、…いえ、ローゼリンドお嬢様!!なんて勿体ないお言葉!ダリアはその言葉だけで十分でございます」
「私達は公爵家の忠実な道具でございます。いつだって上手にお使い下さいませ」
忙しなく立ち働く二人は、僕に向かって晴れ晴れと笑ってみせた。
公爵家と縁戚にあたる二人の令嬢は、公爵家の偏愛の気質がやや備わっているようで、僕と妹にたっぷり愛情を注いでくれる。
時折、行きすぎでは…?
と思うことがあるが、僕はありがたく二人の好意を受け取っておくことにした。
こうして準備が整っていく最中にも、必死の捜索は続いていた。
だが、僕たちを嘲笑うように、時間はあっという間に過ぎ去っていき、結局妹は見つからないまま婚約式の当日を迎えることになってしまったのだった。
※
婚約式当日の朝。
大公家の馬車が到着した知らせを受けて僕は、ヴィオレッタとダリアを伴い、邸宅から外へと出る。
母が愛した薔薇園を通り、邸宅の門前に辿り着くと四頭立ての馬車が僕たちを出迎えてくれた。
馬具の革は純白、馬も白く、装飾は金があしらわれている。
立派な馬車の前後には公国の騎士団が整列し、それぞれの手には旗が高々と掲げられていた。
よく晴れた空の下、カンディータ公爵家の紋章である薔薇を抱く蛇が描かれた旗と、アウラトス大公家の天秤を掴む大鷲の紋章が、晴々しく翻る。
旗を眩し気に見上げる僕に、馬車の傍らに立つ従者が頭を下げた。
「お迎えに上がりました。カンディータ家のご息女、ローゼリンド様」
「…ありがとうございます」
恭しく扉が開かれると、僕は一瞬だけ躊躇してから、意を決して一人で馬車の中に乗り込んだ。
ヴィオレッタとダリアは大公家の騎士団の後に続くカンディータ家の馬車に乗って、後をついてくる手筈だ。
両家の結び付きを公国に知らしめる示威行為としてのパレードが始まると、しばらくして窓の外に色とりどりの花びらが舞い始めた。
同時に、周囲から喜びの声が響き渡る。
豊穣を約束するカンディータ公爵家とエスメラルダ公国を纏める大公家への期待が、国民たちの歓声となって鳴り響いていたのだ。
民の声に応えるたに、僕が馬車の窓から顔を覗かせると、人々の喜びが一気に爆発的した。
「ご婚約おめでとうございます!ウィリンデの公女様!星と緑の女神様!!」
「なんてお綺麗な公女様なの…」
「すごい、銀糸のような髪ってのは本当だったんだな。日に透けてきらきらしてる」
「昼なのに、星が輝いているみたい!」
次々に上げられる祝いの言葉に、僕は喜びと共に複雑な思いが込み上がってきた。
ローゼリンドが受けるべき祝福を、民が寄せる期待を、僕が受け入れている違和感。
そして、今も妹を全て奪った何者かがいる事実。
───絶対に許してなるものかっ…
思わず強張りそうな表情を微笑みに変えながら、民に見送られて僕は大公城に向かっていった。
多くの宮が点在する城のなか、代々大公家の直系のみが使用することが許される教会で、婚約式が行われるのだ。
貴族街から出て平民街を巡り、再び貴族街に至ってようやく、城門へと辿り着く。
揺れる馬車から見上げた先にあるのは、父上連れられて何度も訪れた大公城があった。
開門の音と高らかに響く、ファンファーレ。
それは、僕にもう引き返すことはできないのだと、突き付けるようだった。
跳ね橋が降り、馬車が城の中へと滑り込んでいく。
これからが、本番になる。
僕は硬く拳を握りしめると、決心を固めた。
現大公陛下に婚約式に出席できない非礼を詫びる書状を、僕の従者であるマグリットが届けてくれる。
それ以外にも、彼は僕が抱えている公爵家所領の税収の確認や、領内の治安維持の報告など、様々な内容を纏めておいてくれることになった。
元の生活に戻った時に、速やかに決裁を下すためではあるが、負担をかけることが目に見えていた。
「ごめん、マグリット」
「大丈夫だから、俺に全部任せとけよ。ジーク」
僕と乳兄弟である幼馴染みは、向日葵みたいに快活に笑って言ってくれた。
しかし、しかしだ…
周りに全てを任せて専念しても、まったくと言っていいほどに式まで時間が足りない。
それでも必死に、式の段取りを頭に叩き込み、ローゼリンドの話し方、仕草、表情をひたすら模倣していく。
喜んでいいのか悲しいんでいいのか、成長期がまだ訪れていない僕は、妹と立場を入れ換えて遊べるぐらいに、体格差がない。
見た目が同じお陰で、付け焼き刃であってもそれなりに様になっていた。
それでも踵の高い靴の辛さや、コルセットの締め付けに、弱音を吐きたくなった。
けれど僕以上に大変そうな侍女の二人を見ていると、何も言えなくなる。
何を着ていくか形式的に決まっているとはいえ、二人だけで準備を進めるヴィオレッタとダリアの目の下には、この短期間で化粧では隠しきれない隈ができていた。
無理をする二人の姿を見ていると、申し訳ない気持ちが頭をもたげる。
「二人とも、大変だろう。ごめんね」
「ジー、…いえ、ローゼリンドお嬢様!!なんて勿体ないお言葉!ダリアはその言葉だけで十分でございます」
「私達は公爵家の忠実な道具でございます。いつだって上手にお使い下さいませ」
忙しなく立ち働く二人は、僕に向かって晴れ晴れと笑ってみせた。
公爵家と縁戚にあたる二人の令嬢は、公爵家の偏愛の気質がやや備わっているようで、僕と妹にたっぷり愛情を注いでくれる。
時折、行きすぎでは…?
と思うことがあるが、僕はありがたく二人の好意を受け取っておくことにした。
こうして準備が整っていく最中にも、必死の捜索は続いていた。
だが、僕たちを嘲笑うように、時間はあっという間に過ぎ去っていき、結局妹は見つからないまま婚約式の当日を迎えることになってしまったのだった。
※
婚約式当日の朝。
大公家の馬車が到着した知らせを受けて僕は、ヴィオレッタとダリアを伴い、邸宅から外へと出る。
母が愛した薔薇園を通り、邸宅の門前に辿り着くと四頭立ての馬車が僕たちを出迎えてくれた。
馬具の革は純白、馬も白く、装飾は金があしらわれている。
立派な馬車の前後には公国の騎士団が整列し、それぞれの手には旗が高々と掲げられていた。
よく晴れた空の下、カンディータ公爵家の紋章である薔薇を抱く蛇が描かれた旗と、アウラトス大公家の天秤を掴む大鷲の紋章が、晴々しく翻る。
旗を眩し気に見上げる僕に、馬車の傍らに立つ従者が頭を下げた。
「お迎えに上がりました。カンディータ家のご息女、ローゼリンド様」
「…ありがとうございます」
恭しく扉が開かれると、僕は一瞬だけ躊躇してから、意を決して一人で馬車の中に乗り込んだ。
ヴィオレッタとダリアは大公家の騎士団の後に続くカンディータ家の馬車に乗って、後をついてくる手筈だ。
両家の結び付きを公国に知らしめる示威行為としてのパレードが始まると、しばらくして窓の外に色とりどりの花びらが舞い始めた。
同時に、周囲から喜びの声が響き渡る。
豊穣を約束するカンディータ公爵家とエスメラルダ公国を纏める大公家への期待が、国民たちの歓声となって鳴り響いていたのだ。
民の声に応えるたに、僕が馬車の窓から顔を覗かせると、人々の喜びが一気に爆発的した。
「ご婚約おめでとうございます!ウィリンデの公女様!星と緑の女神様!!」
「なんてお綺麗な公女様なの…」
「すごい、銀糸のような髪ってのは本当だったんだな。日に透けてきらきらしてる」
「昼なのに、星が輝いているみたい!」
次々に上げられる祝いの言葉に、僕は喜びと共に複雑な思いが込み上がってきた。
ローゼリンドが受けるべき祝福を、民が寄せる期待を、僕が受け入れている違和感。
そして、今も妹を全て奪った何者かがいる事実。
───絶対に許してなるものかっ…
思わず強張りそうな表情を微笑みに変えながら、民に見送られて僕は大公城に向かっていった。
多くの宮が点在する城のなか、代々大公家の直系のみが使用することが許される教会で、婚約式が行われるのだ。
貴族街から出て平民街を巡り、再び貴族街に至ってようやく、城門へと辿り着く。
揺れる馬車から見上げた先にあるのは、父上連れられて何度も訪れた大公城があった。
開門の音と高らかに響く、ファンファーレ。
それは、僕にもう引き返すことはできないのだと、突き付けるようだった。
跳ね橋が降り、馬車が城の中へと滑り込んでいく。
これからが、本番になる。
僕は硬く拳を握りしめると、決心を固めた。
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