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出逢い
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生まれた時から婚約者が決まっている。
それは不思議な気分だった。
将来は父上や母上みたいに結婚して、皇国を一緒に支えていくらしいのだけど。
僕にはどこか他人事みたいだった。
見たこともない婚約者なんて、寝ておきたら忘れちゃう夢みたいに掴みどころがない。
だけど、そんなふわふわした形の相手は、僕が8歳になった時に現実の女の子になって会いに来たのだった。
僕の婚約者が父親に連れられて、王宮に遊びに来た。
その知らせを受けたのは、ちょうど僕が中庭で休憩している時だ。
皇位継承者として学習を始めていた僕には、中庭の東屋でお菓子とお茶を味わう時間が数少ない息抜きになっていた。
正直、誰にも邪魔はされたくなかったのだけど……女の子の誘いを無下にするなんて、男がやることじゃない。
最近読んだ騎士道物語にそう書かれていたから、僕は教えを守ることにした。
「いいよ、来てもらって」
お伺いを立てる従者に伝えてから、僕は椅子に座ってぶらぶらと両足を揺らし、待つ間の落ち着かない気分を和らげる。
行儀が悪い、って顔で僕を見る乳母の視線を無視して庭に目を向けると、四季折々の花が咲き誇る庭園の小道を、従女に案内されながら歩く一人の女の子の姿が映り込んだ。
「アステリオス皇子様、ご婚約者のユーナ・アルカソック侯爵令嬢をお連れいたしました」
そう告げた従女が横へと引くと、小さな姿が目に飛び込んだ。
豊かな波を描く黒髪は、夜空のよう。艶々した光沢は、星が散りばめられているみたいだった。
子猫みたいにつん、と目尻が跳ね上がった潤んだ瞳は青く透き通った湖面みたいに綺麗だ。
─────この子が婚約者。
ふわふわとして、よく分からなかった輪郭が、夢みたいに綺麗な女の子になったのだ!
胸を高鳴らせる僕と違って、彼女はすごく冷静みたいだった。小さな手で深緑色の上品なドレスを摘まんで、頭を下げて見せてくれる。
「はじめておめにかかりましゅ……っ」
噛んだ。
完璧に見えた女の子は、見事に言葉を噛んでいた。
それはもう、お手本みたいな噛み方をして見せてくれた。
2歳年下の小さな女の子なんだから、気にしなくたって良いのに。白くて柔らかいふかふかの頬っぺたが、真っ赤になっていく。
この瞬間から、ちょっと気後れしていた僕の心は一気に解放された。
─────なんて可愛い子なの!!
僕は背の高すぎる椅子から飛び降りると、女の子の側まで歩み寄る。視線を合わせたくてしゃがみ込むと、僕は頬を緩めて話し掛けた。
「名前、かわいいね。ユーノってよんでいい?」
「はい!よろこんでー!!!」
─────居酒屋かよ!!!
今度は凄い元気の良い声で挨拶をされてしまった。というか、さっきから僕の心と被るように、よく分からない声が聞こえてくる。
生まれた時から聞こえてくる声だから、慣れてしまっているけれど、それでも今日は何時にもまして声が大きい。
僕は一瞬戸惑って、真顔で沈黙してしまったのだけれども。そのせいで怒ったと勘違いしてしまったのか、婚約者は今にも泣きそうになっている。
僕は彼女を慰めたくて両手を取ると、指先にちゅっ、と唇を押し付け。大丈夫だよ、と言おうと思って顔を上げた先には、活火山があった。
いや、正確には婚約者の顔なんだけれども。
彼女は雪白の肌を真っ赤にして、柔らかい頬をプルプル震わせていた。
「…ユーノ?」
「ひゃぁあああ!!!」
心配になって名前を呼んだ瞬間、ユーノは噴火した。爆発音は裏返った奇声だったが、まさにどっかーん!!といった感じだ。
そしてそのまま、後ろにそっくり返っていく。
「えええええ!!」
僕は叫び思わず叫びながら、ユーノを力一杯引き寄せた。
勢いに負けて思わず尻餅をついてしまったけども、彼女を地面に落とさないで抱き締められたのは、騎士として及第点なんじゃないだろうか。
「ご、ごめんなさい!!じゃなくて、もうしわけございません、皇子さま!!」
抱き締めたユーノの顔は、今度は極寒の地に投げ出されたみたいに顔面蒼白になっていく。
慌てて立ち上がろうとする彼女を、僕は反射的に引き留めた。
その身体は僕より少し小さいぐらいなのに、ドレスの分だけとても重く感じた。
侯爵令嬢。
皇子の婚約者。
将来の皇妃。
きっとそんな肩書きと期待が、小さな彼女を飾っているんだろう。僕も一緒だから分かる。
でも、震えなくても、緊張感しなくても、怖がらなくても大丈夫。
だって僕らは結婚するんだから!!
─────…ユーノたん可愛いかよ、マジ萌えるわぁぁあ!!
よく分からない声が猛り狂う。
訳わかんないよ、黙ってて。と思いながら、胸の中で子猫みたいに僕を見上げる婚約者を見下ろすと、みんなから天使みたいだって褒められる顔で、力一杯微笑んでみせた。
どうか、ユーノが少しでも僕を好きになってくれますように。
そんな願いを込めて。
「僕、きみのことが好きになったみたい。だから、これからよろしくね。ユーノ」
「ひゃいっ」
裏返った返事に、今度こそ僕は声を上げて笑ってしまった。下品だって怒られるかもしれないけど、それでも構わなかった。こんなに自然に笑えたのは、何年ぶりだっただろうか。
この可愛い婚約者…ユーノを、僕は生涯大切にし続けようと心に誓った。
それは不思議な気分だった。
将来は父上や母上みたいに結婚して、皇国を一緒に支えていくらしいのだけど。
僕にはどこか他人事みたいだった。
見たこともない婚約者なんて、寝ておきたら忘れちゃう夢みたいに掴みどころがない。
だけど、そんなふわふわした形の相手は、僕が8歳になった時に現実の女の子になって会いに来たのだった。
僕の婚約者が父親に連れられて、王宮に遊びに来た。
その知らせを受けたのは、ちょうど僕が中庭で休憩している時だ。
皇位継承者として学習を始めていた僕には、中庭の東屋でお菓子とお茶を味わう時間が数少ない息抜きになっていた。
正直、誰にも邪魔はされたくなかったのだけど……女の子の誘いを無下にするなんて、男がやることじゃない。
最近読んだ騎士道物語にそう書かれていたから、僕は教えを守ることにした。
「いいよ、来てもらって」
お伺いを立てる従者に伝えてから、僕は椅子に座ってぶらぶらと両足を揺らし、待つ間の落ち着かない気分を和らげる。
行儀が悪い、って顔で僕を見る乳母の視線を無視して庭に目を向けると、四季折々の花が咲き誇る庭園の小道を、従女に案内されながら歩く一人の女の子の姿が映り込んだ。
「アステリオス皇子様、ご婚約者のユーナ・アルカソック侯爵令嬢をお連れいたしました」
そう告げた従女が横へと引くと、小さな姿が目に飛び込んだ。
豊かな波を描く黒髪は、夜空のよう。艶々した光沢は、星が散りばめられているみたいだった。
子猫みたいにつん、と目尻が跳ね上がった潤んだ瞳は青く透き通った湖面みたいに綺麗だ。
─────この子が婚約者。
ふわふわとして、よく分からなかった輪郭が、夢みたいに綺麗な女の子になったのだ!
胸を高鳴らせる僕と違って、彼女はすごく冷静みたいだった。小さな手で深緑色の上品なドレスを摘まんで、頭を下げて見せてくれる。
「はじめておめにかかりましゅ……っ」
噛んだ。
完璧に見えた女の子は、見事に言葉を噛んでいた。
それはもう、お手本みたいな噛み方をして見せてくれた。
2歳年下の小さな女の子なんだから、気にしなくたって良いのに。白くて柔らかいふかふかの頬っぺたが、真っ赤になっていく。
この瞬間から、ちょっと気後れしていた僕の心は一気に解放された。
─────なんて可愛い子なの!!
僕は背の高すぎる椅子から飛び降りると、女の子の側まで歩み寄る。視線を合わせたくてしゃがみ込むと、僕は頬を緩めて話し掛けた。
「名前、かわいいね。ユーノってよんでいい?」
「はい!よろこんでー!!!」
─────居酒屋かよ!!!
今度は凄い元気の良い声で挨拶をされてしまった。というか、さっきから僕の心と被るように、よく分からない声が聞こえてくる。
生まれた時から聞こえてくる声だから、慣れてしまっているけれど、それでも今日は何時にもまして声が大きい。
僕は一瞬戸惑って、真顔で沈黙してしまったのだけれども。そのせいで怒ったと勘違いしてしまったのか、婚約者は今にも泣きそうになっている。
僕は彼女を慰めたくて両手を取ると、指先にちゅっ、と唇を押し付け。大丈夫だよ、と言おうと思って顔を上げた先には、活火山があった。
いや、正確には婚約者の顔なんだけれども。
彼女は雪白の肌を真っ赤にして、柔らかい頬をプルプル震わせていた。
「…ユーノ?」
「ひゃぁあああ!!!」
心配になって名前を呼んだ瞬間、ユーノは噴火した。爆発音は裏返った奇声だったが、まさにどっかーん!!といった感じだ。
そしてそのまま、後ろにそっくり返っていく。
「えええええ!!」
僕は叫び思わず叫びながら、ユーノを力一杯引き寄せた。
勢いに負けて思わず尻餅をついてしまったけども、彼女を地面に落とさないで抱き締められたのは、騎士として及第点なんじゃないだろうか。
「ご、ごめんなさい!!じゃなくて、もうしわけございません、皇子さま!!」
抱き締めたユーノの顔は、今度は極寒の地に投げ出されたみたいに顔面蒼白になっていく。
慌てて立ち上がろうとする彼女を、僕は反射的に引き留めた。
その身体は僕より少し小さいぐらいなのに、ドレスの分だけとても重く感じた。
侯爵令嬢。
皇子の婚約者。
将来の皇妃。
きっとそんな肩書きと期待が、小さな彼女を飾っているんだろう。僕も一緒だから分かる。
でも、震えなくても、緊張感しなくても、怖がらなくても大丈夫。
だって僕らは結婚するんだから!!
─────…ユーノたん可愛いかよ、マジ萌えるわぁぁあ!!
よく分からない声が猛り狂う。
訳わかんないよ、黙ってて。と思いながら、胸の中で子猫みたいに僕を見上げる婚約者を見下ろすと、みんなから天使みたいだって褒められる顔で、力一杯微笑んでみせた。
どうか、ユーノが少しでも僕を好きになってくれますように。
そんな願いを込めて。
「僕、きみのことが好きになったみたい。だから、これからよろしくね。ユーノ」
「ひゃいっ」
裏返った返事に、今度こそ僕は声を上げて笑ってしまった。下品だって怒られるかもしれないけど、それでも構わなかった。こんなに自然に笑えたのは、何年ぶりだっただろうか。
この可愛い婚約者…ユーノを、僕は生涯大切にし続けようと心に誓った。
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