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3章
家出
しおりを挟むこの世界のモンスターを大別すると、人間を助けるモンスターと、人間を襲うモンスターに分かれるよ。
製氷猫はエサを食べさせると、お腹の袋から氷を出す。
首のダイヤルを半回転すれば、氷の代わりに冷たい空気をそよそよ流すね。
精米猫は、玄米をお米にしてくれる。
製紙猫は、木材を食べさせると紙にしてくれる。
キキンの人たちにとって、魚屋を営む俺たちスライムの位置づけはなんだろうね。
俺だって製氷猫たちに負けないくらい、人間に貢献していると思うんだけどなあ。
今、俺たちは、漁師連中から侮蔑の視線を注がれている。
まあ、理由は分かるよ。
俺が触手を出し、うねうね動かし、先端をヒジカタの顔にしたし。
軽い冗談、キモいなあ~、程度のつもりだったんだけど、漁師たちにはホラーだったみたい。
昔観た映画『遊星からの物体X』で、人間の頭部がカニになるシーンがあったけど、あれ以上の衝撃なんだろうなあ。
「そ、そうなんですよ~。
スライムは身体を変化させることが出来まして、この紐みたいなのを――、
あ、これは触手と言いまして、人間で言うところの手や脚や眼ですね。
イメージすれば、こんな感じで顔だって造形できますね」
人間ヒジカタ体型から、左手を触手にし、楽しそうに微笑みながら実演してみたよ。
俺たちスライムのことを知って欲しい。
理解して欲しい。
慣れて欲しい。
「先日、SSレアエインシェントを倒したときも、この触手を武器にしましたよ」
右腕を一瞬で100センチのロングソードに変化させる。キラリと太陽光を反射したね。
漁師たちが「おお!」と感嘆の声をあげ、数名が小さく頷く。
「こんな事もできますよ」
新しく触手を作り海に突っ込み、3秒後、引き上げる。
漁師たちの前、針金のように細い触手には、真鯛が3匹巻き付いていたね。
ざわつく漁師たち。
信じられないって顔だね。
魚に詳しいからこそ、触手の凄さが分かる。
「真鯛はキキン港近辺には生息しません」
少なくとも1キロメートル沖の海域まで触手が進み、真鯛を捕まえた事になる。
捕まえたと言っても、人間が素手で泳ぐ魚は掴めないよ。銛で突ければ上出来だね。
でも、この真鯛3匹に傷はない、ピチピチ元気だね。
つまり、触手を銛状にして突いたわけじゃなく、巻きつけて獲ったことになる。
しかも、たった3秒間で。
海中を探すだけでも早くて数分だろうか。
「はい。ご察しの通り、この触手は1キロまで伸びます。
そのぶん、俺の身体が小さくなるし、触手も細くなりますけどね。
では、せっかくの真鯛ですし――」
更に新たな触手5つで、空中の真鯛3匹を手早く刺し身に造ったよ。
1つの触手がまな板。
1つが包丁。
1つが真鯛を押さえる手。
1つが水を汲んだバケツ。
1つが、出来上がった刺し身を盛り付けるお皿。
手早くと言ったけど、人間に見てもらわないと意味がないので、人間感覚で手際良いスピードだね。
10分後。
「どうぞ、よろしかったら、食べてみてください」
近くにいる3人は返事がないよ。
驚いてしまって、食べるどころじゃないみたい。
後の漁師たちは、感心しているみたい。
最後尾の、ラミア・キングに襲われ瀕死だった男は、隣の兄らしき漁師の話に耳を傾けている。
自分がどうやって海から上がり、誰が助けてくれたのか、何故生きているのか、そんな話しみたい。
やがて漁師たちは刺し身に触れもせず背中を見せ、市場に戻ってゆく。
ただ1人、襲われた男だけが怖い顔で近寄ってくる。
大量出血時に浴びた血が衣服に染み込んでいる。
誰にも聞こえないような小さな声で、
「ありがとう、ヒジカタさん……」
と口を緩めてくれたよ。
「……あ、……いや……」
面食らったね。
何か気の利いた返事をしようと思ったんだけど、男は直ぐに顔を強張らせ、市場に戻る漁師たちの後を追った。
俺の側にはジンとポラリスくんだけ。
「せっかくヒジカタさまが刺し身をお造りになったのに、1口でも食べろよ人間!」
珍しくポラリスくんがご立腹。
ジンが、人間たちの背中を睨んでいるよ。
「まあ、いいじゃないジン。
あれでも人間たちは感謝しているみたいだしね。
初日にしては手応えはあったと思う」
「初日って……?
まさか、お父さん」
「もちろん、明日も市場に顔を出すつもり。早朝が良いかな」
「やめたほうがいいかと、ヒジカタさま」
ポラリスくんも反対みたい。
分かってないなあ。
「キキン国民20万人の胃袋を満たすキキン市場には、每日大量の魚貝類が水揚げされるよ。
だけど、それらが全部さばける(完売する)わけじゃない。
水揚げ量は天候や潮に大きく左右され、多かったり少なかったり、いつも一定じゃない。
だから市場の連中が買い付けた金額より安くしないと売れ残る場合もあるね。
売れ残ると当然、翌日にまわり、客(俺たち魚屋さん)に買い叩かれる。
台風などで魚の水揚げがゼロだと、逆に高く売れちゃうけど、まあ例外だね」
「なるほど」
「そこでだ。
俺が明日から毎日市場に行き、売れ残った魚を言い値(言い値 = 市場の人の売りたい値段)で買ちゃう」
「え――――っ!!
そ、そんなもったいないッ」
「落ち着いて考えてジン。俺たちに売ってくれると思う?」
「あ、そうか。
でも、……どうなんだろう。う~ん」
「市場の人は売ってくれるか、それともモンスターだからって売らないのか」
「う~ん、分からない……」
「俺も分からないよ。
分からないから、交渉してみたいね。
ダメでも毎日通い、言い値で買う姿勢を続けていれば、いつかは売ってくれると思う。
市場の誰かが、俺に魚を売ると噂になり、『困った時はヒジカタが買い取ってくれる』そう思ってもらっても良いよ」
「なるほど。
でも鮮度が良い魚を買えないと思いますけど」
「初めはね。
最初だけだよ。
俺と取引があたり前になれば、俺に売りたい人は多いはず。
以前のように魚を買えるようになると思う」
それよりも――、
ラミアキングが気になる。
さっき、触手で真鯛を探したけど、海中でラミアキングは一体も見かけなかった。
俺の予想どおり、残モンスターならいいけど。
◆
ジンとポラリスくんと共に『スライムの魚屋さん』に戻る。
店の前に大量のトロ箱を突き出し、威勢良く魚を売っていた以前を思うと、今は悲しいくらい何もない。
店内に申し訳程度の魚が並べられいるだけ。
魚を仕入れられないから当然。
「……エースが戻らないって、どういうこと?!」
駆け寄ってきたランちゃんが言ったよ。
慌ててるから分からない。
エースから、俺へ渡して欲しいと預かった手紙を読むと。
最愛なるお父様へ
僕はやっぱり人間にはなれません
なれそうにありません
人間は、お父様や、僕たちスライムを認めません
そんな人間のために、何かをするのが辛くて、馬鹿らしくて
だから、僕はスライムとして生きてゆきます
捜さないで下さい
エース
「エースの直筆だね」
「どうするのよ、ヒジカタ」
「エースの行き先は北山だろうね」
以前からエースは俺の誕生した北山に、入っていたし……、
いま、経験値が俺に流れてきた。
SSSレアスライム(俺)は、分裂個体のSSレアスライムといくら離れていても、SSたちがモンスターを倒し獲得した経験値と同じ値がプラスされる。
簡単に言えば、俺が何もしなくても、SSたちが経験値を得ると、同じ数だけ俺にも加算されちゃう。
いま、エースが北山のモンスターを倒したんだろうね、わずかだけど入ってきたから。
エースは、スライムとして、本能のままに生きていく道を選んだのかな。
そういやアンフィニ大司教さんが言っていたなあ。
SSたちは、難易度SSのメソドラゴ遺跡のボス級だって。
エースが北山で生きてゆくとすれば、
100年、いや1000年後には、北山はエースをボスとした魔境になるんだろうか。
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