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3章
エース
しおりを挟む夕方、18:00。
1階、魚屋《 ヒジカタ 》の店先で、蒲焼きをせっせと焼いていたら、エースが戻ってきたよ。
エースが着ているシーグリーン色の上着には、城内勤務者特有の2羽の鳥が左右に飛ぶワッペンが付いているよ。
SSのエースとハヤテ、それからヒトミさんとコウくんは、アハート秘書を続けてもらっているからね。
アハートさんは、関税管理、ギルド管理と、広大なキキン外区を丸ごと壁で覆う重大なプロジェクトのリーダー。
ビンソンの件から2ヶ月経つけど、アハートさんが安全とは思えないからね。
就任早々アハートさんは、内政業務の古い体質をバッサリ変えているみたいだし、
ビンソンとつるんで美味しい汁を飲んでいた連中は、新しい公人( アハートさんのことね )の行動は気に入らないだろう。
中にはヤバい考えを、行動に起こす者もいるかもしれない。
そんな予見もあってか、1ヶ月前、国王からアハートチーム全員にキキン城内の住居を与えられたよ。
それも、国王の住居5階の直ぐ下の4階。セキュリティは完璧だ。
家も家族も何もかも亡くしたアハートさんは、嬉しかったと思うよ。
国王さんも、なかなか粋な真似をするよね。
「……いや、お父さま。それもあるかもしれませんが、どちらかと言えば……」
エースが言うには、外壁建築予定地の確保――、
アハートさんのプロジェクトで1番肝心な、土地の買い取りが難航中らしい。
「『私を仕事に専念させる為よ』とアハート先生はよく冗談ぽく笑います」
「アハートさんは仕事で缶詰状態ってわけ?」
「はい国王の命令です。
外壁計画の目処が立つまで休日はありません。城から出るのは仕事だけで、主に地主との交渉。
食事も執事が決めた献立で、お風呂も――」
ストレス溜まりそうだなあ~。
「まさか、ヒトミさんとコウくんも強制缶詰?」
「いえ、2人は自由にできます」
ちなみにヒトミさんとコウくんも城内で生活していて、もう2週間も顔を見ていないよ。
進んでアハートさんのお手伝いしているんだろうけど、せっかく俺の店がオープンしたんだから、一度くらいは見に来て欲しいよね。
目の前のエースとハヤテだけは毎夜必ず戻って来る。
アハートさんの近況報告だとか、外区の壁を建てる進捗状況だとか、いろいろ言っているけど、本当は俺と離れて寂しいんだと思う。
少し前まで、ずっと一緒に寝てたんだもんね。
俺の顔を見たいんだと思うよ。
「それだけ、土地確保が難しいわけか……」
「はい、相手が国民なので深刻です」
そうだよね。
実はモンスターだったとか、犯罪者だったとか、
明らかに相手が悪だったら、簡単なんだけど、普通の国民だからなあ。
国王だって、自分が役人に抜擢したアハートさんが、ビンソンより出来が悪いと面目が立たないよなあ。
汚い手口だろうが、何だろうが指示通りの結果(仕事)を出してくれれば、良いわけだし。
「なんだい兄ちゃん。あんた、噂の美人役人さんの知り合いかい?」
蒲焼きの列に並ぶ、頭にねじり鉢巻をした仕事帰りのおっさんがニヤッと笑ったよ。
「はい、秘書ですが」
「へえ~、若いねえ。若いもん同士でね」
「ビンソンが買い取っていたら、4年後には完了してたぜ!」
「まちがいねえ」
隣の仕事仲間のおっさんが口をはさんできた。
「さ~て、美人のツンデレ役人さんは、どうだろうねえ~」
「枕商売してたりして」
「あのデカイ胸で、地主の爺さんをぱふぱふ?」
「いっひっひひ」
「下も使ったりして、がはははは」
「意外と期待してたりか?」
「ツンデレたまらんなあ」
ぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど、我慢我慢。
でも、ハヤテがやっちゃったね。
やれやれ、若いなあ。
「お客さん……困りますねえ。ちゃんと結んでくれないとっ!」
「結ぶぅ……?」
ハヤテに言われても、何のことだか分からないおっさんたち。
それだけエースの動きが早いわけだ。
レベルアップして素早さ値が伸びたおかげだね。
俺が知らないと思っているんだろうけど、2ヶ月前からエースは俺が生まれた北山へ修行に行っている。
1人でスライムに戻り、
1人で野生を感じ、
1人で戦う。
俺の本性( スライム )本来の生き方だよ。
否定はしない。エースがいつかそうしたいと言って来たら、思うようにさせようと思っているから。
「キャ――――――ッ!」
突然女性客が叫んで顔を手で覆った。
他のお客さんも驚いておっさんたちを見ている。
「……、……あれ? あ、あわあああああ」
「なにやってんだお前? あ――――」
やっと気付いたおっさん2人の足首には、ズボンと一緒にピンク色のパンツまで落ちていた。
エースの見事な仕業ね。
大慌てで引き上げようとするけど、できない。
「ううう――――んっ!!」
「ど、どうなってんだ!?」
力いっぱい、真っ赤な顔で引っ張るが、2人のズボンとパンツは地面にぴったりくっついて離れない。
そりゃそうだろう、エースが人間には見えない動きで邪魔してるんだから。
「アハート先生のエロシーンでも想像してたんですか、おじさんたち? 店先でやめてくださいよ」
下半身すっぽんぽんのまま屈みこみ、両手で局部を隠すだけのおっさんたちは、若い主婦や、ちびっ子たちにゲラゲラ笑われ、耳まで真っ赤になった。
『ちょっとやり過ぎじゃない?』
エースは真面目てコツコツタイプだけど、直ぐ頭に血が上る。
カッとなったら突っ走るタイプなんだよね。
心話でエースをたしなめ、3階に上がらせたよ。
途端にズボンが自由になる。
ヒーヒー言いながら無我夢中で穿き終えたおっさんたち。
嘲笑の視線を向ける周囲のお客さんを睨み返し威嚇したね。
「おらっ! なに見てんだよぉ……おおっ!!」
「まあまあ、お客さん。大変だったね」
「……ま、まあな」
「俺の気持ちだ。
たいしたことは出来ないが、2人が注文してくれた蒲串――、2本余分にサービスしとくから、元気だしてね」
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