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2章
呪縛の法術
しおりを挟むキキン国王の席についた姉妹たちは、ほろほろと涙をこぼしている。
「……う……うぅ……」
「大丈夫ですか、お客さま?」
「……う……うぅ……」
姉妹の様子がおかしい。
嬉し泣きだと思っていたが、苦しそうだ。
「どこか、お身体の具合でも?」
「……う……うぅ……」
「大将大将! 呪縛の法術にかかると痛くて喋れないんだよ。
泣き声でも喉が裂けるように痛い。無理に喋ると吐血するって話しだ」
「そ、そうだったのか」
姉が紙にペンを走らせたよ。
(親切にしてくれて、ありがとうございます)
そう書かれていた。
喋れないわけじゃなく、痛いから喋らないのか。
今苦しいのは、泣き声すらも苦しいみたい。
「いや、もう、俺のほうこそ、事情が分かんなくて、ほんとうに申し訳ありません」
「……う……うぅ……」
いかん。
また泣きそうに、あわわわ。
苦しそうだよ。
こりゃ俺がいたら、迷惑だな。
◆
翌日。
寿司屋のトビラが開くやいなや、武具に身を包んだ自衛軍3名が踏み込んできたよ。
「いらっちゃい……ませ……、でいいの?」
接客に向かったSSが顔だけ俺に向ける。
そうなんだよ。
どう見ても寿司を食べに来たって感じじゃないんだよね~。
真ん中の自衛軍が俺を睨みつける。
「キキン国王がお呼びだッ! ヒジカタ!」
「国王?」
「大将に何の用だ?」
「なにか悪いことでもしたんじゃ……」
お客さんがざわついている。
たぶん……、いや、間違いなく、俺が国王限定席にあの姉妹を座らせたからだな。
あっちゃ~。
今日もカウンターの1番端っこで巻き寿司を少しづつ食べている姉妹が、心配そうに俺を見たよ。
あららら、瞳をうるうるさせはじめたぞ。
あーなんか、責任を感じちゃってるみたい。
「そうだそうだキキン王と約束してたの、すっかり忘れてたー。
いやーまいったまいった、俺としたことがあー」
誤魔化したつもりだったんだけど――。
「みえみえですよ」
「大将、ウソが下手くそですねー」
「不器用だな、大将」
お客さんにはバレバレだから。
「お出かけ、お出かけ♪」
「お着替えしなくちゃ」
「「「ねーっ」」」
3匹のSSたちがキャピキャピしながら、一列になって3階へ上がっていったぞ。
付いて来る気かよ。
◆
国王の間。
豪華な椅子に座る国王が、難しい顔をしているよ。
「うーむ。それはいかんのお。いかんいかん」
国王の席に姉妹を座らせた事情を、分かりやすく説明してはみたんだけど、納得できないのかなあ。
所詮、国王もそこまでの人間だったってこと?
「そうでございましょう。そうでございましょう」
そばに立つビンソンが、めっちゃ嬉しそうなのが、腹が立つんだけど。
「ヒジカタよ。こちらのキキン国王にどう言い訳するつもりだぁ?
奴隷をだな――。貴様は王専用の席に薄汚い奴隷を座らせたのだからな! 奴隷だぞ!」
奴隷奴隷、うるさいなあ。
だけど――。
「約束を守れず、申し訳ありません」
一応は謝罪する。
だって、国王と約束したのは事実だし、事情はあったにせよ、破ったのは俺だからね。
「申し訳ないでは済まないだろう。
奴隷を王の席に座らせるという事はだな、つまり貴様は奴隷とキキン王を同等に捉えていると言うことだ。
薄汚い奴隷と頂点に君臨する我らがキキン国王が同じ。
王を侮辱し、いや、このキキン国すべてを見下している。そうに違いあるまい!」
なんだこいつ?
勝手に尾ひれをつけて、言いたい放題じゃないかよ。
「あー、いや、ビンソンよ。
余はかまわん、かまわん。
余がいかんと申したのはだな、ヒジカタの店に座席が12しかないのがいかん、という意味だ」
「……へ?」
ビンソンの勝ち誇ったような顔が、ヌケ顔に変わったよ。
「つまり、ヒジカタの寿司屋が繁盛し過ぎて困っとる。
客に迷惑をかけておる。そういうことであろう、ビンソンよ」
「いや、まあ、そうです……はい。
王のおっしゃる通りで御座います」
ビンソンが渋々合わせているのが、面白いね。
「うむ。ようは、座席を増やせばよい」
よいって……。
「余も一度行ってみたが、ヒジカタの店は狭すぎるわい。
2階に上がるのも不便よのう。もっと大きな店で営業すればよいではないか!
席がたくさんあれば、余の特等席を貸すこともなかったであろう。のうビンソンよ」
「ははーっ! 見事な推察と解決策。
流石はキキン国王。お見事で御座います!」
観点がずいぶん違うけど、あながち間違いとはいえないね。
しかし、ビンソンのやつ、王のご機嫌取りばっかしやがって、気に入らないな。
「ではヒジカタよ。早々に現在の店を大型店にするよう命令する」
簡単に言うなあ。
それが出来ないから、苦労してるんだけど。
「まあ、そうですけど国王。なかなか商売に向く出店場所が無くて」
「ほう。店を開く場所とな……」
「はい」
キキンの外区域に商店街が東西に2つあるけど、どちらも空きはないんだよね。
「おお、そうじゃ! 一昨日の火事で焼け落ちたあそこはどうじゃ?
西商店街からも離れておらんし、アゼン国やロアロク国からの荷馬車が通る角地じゃ。
キキン国の表玄関みたいな場所じゃ」
一昨日の火事?
知らないぞ。
「こ、国王っ! あそこはアシダダムが出店を希望しておりまして、ほぼ決定でございますっ!」
急にビンソンが割って入ったぞ。
いらいらしているし、慌てている。
怪しい。裏がありそう。
「そうなのか? 正式な決議を終えたわけなのか」
「いえ、決議は明日の予定でしたが……」
ビンソンが口ごもる。俺に目線を向けたが直ぐに王へ戻したよ。
「アシダダム以外に希望者が不在だったので……」
希望者不在?
火事で跡地が(競売か何かは知らないけど)一般に開放されていた事自体知らないから。
「書面決議か」
「その通りでございます。
アシタダムに本決まりだと連絡しておりまして。
アシダダム自身も、すでに焼け跡の整地を始めております」
「そうか」
「そうでございます、国王」
「うむ。ならば、まだヒジカタにもチャンスはあるな!」
「え? え?
いや、しかし国王。
アシダダムはあの地で刺し身屋の開業を決めておりまして、工事も着工しており――」
「かまわんだろう。決議はまだなのだから。
よし、余は決めたぞ。
アシダダムの店。ヒジカタの店。
どちらの店が、キキン国の看板場所に相応しいか。
刺し身をそれぞれが造り、余が食べ比べてみて美味い方の店を建てる。
どうじゃ、ビンソン。名案ではないか」
「……、み、見事なアイデアでございます……」
ビンソンさんの困った顔が、おもしろいんだけど。
しかし、また、料理対決なのか?
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