ＳＳＳレア・スライムに転生した魚屋さん ～戦うつもりはないけど、どんどん強くなる～

1章

ヒジカタ

「いいだろう」

　魚を卸すのは、もっとも得意な仕事だよ。
　元魚屋さんだからね。

「で……、その前に、出刃包丁はないのか？」

　訊くのは野暮だったか、店主が「でばぼうちょう？」と聞き返してきたので、この世界には存在しないのだろう。
　砥石に言い変えたよ。

　流石に砥石はあった。
　かなり大きいな。
　ああ、そうか、これは刀を研ぐための砥石なんだろう。
　贅沢は言うまい、研げれば同じだね。

　俺はまずこの小刀のサビを落とし研いでゆく。
　西洋風の小刀なので両刃になっているね。

　片面になるまで研ぎたいところだけど、時間がかかるからいいや。
　高速で研げば済むことだけど、化物だと思われそうだから、ある程度刃先に反りが出たところで切り上げたよ。
　
　ちなみに、日本の包丁が片面なのは、微妙なコントロールができやすいからという理由。

　小刀の切れ味に満足した俺は、鯛の鱗を包丁の背で丁寧に取り除き、頭と内蔵を取り除く。
　水洗い後、鯛の背から刃を入れ切っ先が中骨に当たるところで、刃全体を使って尻尾まで切る。
　そのまま腹側まで刃を入れ、同様に尻尾まで落とす。

　身を離すと綺麗な骨の形状が現れたね。
　いわゆる二枚卸しにしたわけだ。

　見ていたお客さんが「すてき……」と声を漏らし、店主が唸った。
　続いてもう片面を同じ工程で外し、これで３枚卸し。
　さらに、腹骨をすき取り、中骨を毛抜きで一本づつ抜いてゆく。

「できたけど、どうだ？」

　まな板の上に置かれた完全に骨が無い鯛の身が２つ。
　残った頭と腹骨、中骨、いずれも極限まで身がついていない。

　店主が見たことがない出来栄えに、真っ赤な顔をして震えている。
　感動？　それとも屈辱？
　プライドが傷つけられたのかな。

「き、きさま……只者じゃねえな……」

　はい。ただのスライムです、とは言えないよね。

「いえ、通りすがりの人間です」

　言い方が変だったね。　
　奥さんが、くすっと笑ってくれた。
　　
「教えろ、その技……」

　ちょっと驚いた。
　先ほど小刀を握って俺を威嚇したように、今度も反発してくると思っていたからね。
　まあ、それならそれで、お客さんはひとりだけだし、店主が襲ってくるなら高速で返り討ちしてもいいかな、と思っていたわけ。

　それが、どうだろう、店主が俺に頭を下げてるけど。
　お客さんも、「まあっ！」と驚いてるよ。
　店主に魚屋魂が宿ったかな。

「どうだ。お前のテクニックを伝授してくれねえか」

　本気みたい。
　日本の技を、魚屋の技術を認めてくれる人に悪い人はいないね、絶対に。
　　
「いいけど、住み込みで働かせてくれたら嬉しいな」

　行くあてがないんだよね。

「……名前はなんと言う？」

「名前……」

　あーそうか。
　決めてなかったな。

「ヒジカタと言います」

「いいだろうヒジカタ。よろしく頼むぜ」